アモルファス材料における力の伝播メカニズムを解明 〜高強度・高耐性粉体材料の新規開発に期待〜
1 概要
砂場の砂のように、ランダムに配置された乾燥した粉粒体に力を加えた時、鎖状に伝播することが知られています。これはフォースチェーン(注1)と呼ばれ、力が大きくかかる領域では破壊が起こりやすいため、どのような場所に力がかかりやすいかを知ることは重要でした。しかしながら、フォースチェーンの存在は知られているものの、どこに発現するかはわかっていませんでした。また、フォースチェーンがない状態に比べ、材料の物性がどう変化しているのかについてもわかっていませんでした。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の栗田玲教授、田村優斗氏(研究当時:大学院生)、谷茉莉氏 (研究当時:助教、現在:京都大学大学院理学研究科 助教)らの研究グループは、数個の粒子の配置や相互作用を1つの粒子の弾性率に組み込み、弾性率の異なる粒子を並べ、アモルファス(注2)材料を表現し、粗視化粒子シミュレーションを行いました。フォースチェーンは弾性率の空間分布だけでは説明がつかず、高い弾性率に挟まれた部分での密度変化を考慮すると、高い相関があることを見出しました。このことから、局所的に弾性率の高い場所とそれに挟まれた領域にフォースチェーンが形成されることがわかりました。
また、フォースチェーンが形成されない均一系に比べて、フォースチェーンが形成される系ではポテンシ ャルエネルギーが小さくなることがわかりました。これは体積弾性率(注3)が小さくなっていることに対応します。このことから、できるだけ均一なアモルファス材料であるほど、力の伝播分布が小さく、体積弾性率が高くなることがわかりました。
■本研究成果は、4月17日(現地時間)付けで Nature Publishing Group が発行する英文誌 Scientific Reports に発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(基盤 B No.20H01874)の支援を受けて行われました。
2 ポイント
1 アモルファス材料において、力の伝播機構の解明が望まれていました。
2 配置や内部の相互作用を弾性率に組み込んだ粗視化粒子シミュレーションを行いました。
3 局所的に弾性率の高い場所とそれに挟まれた領域にフォースチェーンが形成されることがわかりました。
4 フォースチェーンが形成される系ではポテンシャルエネルギーが小さくなることがわかりました。
3 研究の背景
コンクリートやセメントなどの粉粒体材料は、建築物や道路など様々な場所で利用されています。このような材料は重い物質を支えるため、高強度であることが必須となっています。一方、地震などの大きな振動において、単に強度が大きいだけでは、ひび割れが生じ、一気に崩壊してしまいます。砂場の砂のように、ランダムに配置された乾燥した粉粒体に力を加えた時、鎖状に伝播することが知られています。力が大きくかかる領域では破壊が起こりやすいため、フォースチェーンがどこに発現するかを知り、その場所を補強することで、壊れにくい材料を開発することができます。しかしながら、フォースチェーンの存在は知られているものの、どこに発現するかはわかっていませんでした。また、フォースチェーンがない状態に比べ、材料の物性がどう変化しているのかについてもわかっていませんでした。
4 研究の詳細
・配置や内部の相互作用を弾性率に組み込んだ粗視化粒子シミュレーション
アモルファス材料の場合、原子や粒子の配置がランダムであり、局所的な配置によって硬さが異なります。 また、粉体のような粒子同士に摩擦が働いたり、特定の相互作用をする場合、その相互作用によっても局所的な硬さが変化します。これらを1粒子レベルで扱うと扱う粒子が膨大となり、計算することは困難です。 そこで、数個の粒子の配置や相互作用を1つの粒子の弾性率に組み込み、弾性率の異なる粒子を並べ、アモルファス材料を表現しました。この手法は、高分子や膜などソフトマターではよく用いられている粗視化とよばれるもので、マクロな物性を知ることができます。
図 1 粉体と高分子系における粗視化の例。今回は soft particle モデルを用いてシミュレーションした。
・フォースチェーンの形成
図2は、弾性率の高い領域の空間分布(a)と、力が大きくかかっている領域の分布(b)を示しています。 弾性率の高い領域に力がかかっている様子が見られますが、弾性率の高い領域は点在しているのに対して、力の分布はネットワーク状になっています。両者には相関があるが、完全に一致しているわけではありません。
図2 (a)弾性率の高い領域の分布、(b)力が大きくかかっている領域の分布。両者には相関はあるが、一致しているわけではない。
・力の伝播メカニズム
弾性率と力の分布の相関が減少する理由を探るため、図3のようなモデルシステムを構築しました。上下に弾性率の高い領域を配置し、その他は弾性率の低い領域です。上下作用から圧縮を加えたところ、図3(b)のように弾性率の高い領域に挟まれている領域でも力が伝播していることがわかりました。この領域は弾性率は低いのですが、弾性率の高い領域に押し込まれることによって、密度が上昇し、実効的に弾性率が高くなっていることがわかりました。図2(b)においても、密度変化を調べてみると、力が大きい領域では密度が高くなっていることが見出されました。局所的な弾性率だけでなく、力を加えた時の密度変化が重要であり、これらによってフォースチェーンが形成されていることがわかりました。
図3 (a)紫の領域は弾性率が高く、緑の領域は弾性率が低い。(b)赤の領域は力が大きくかかっている領域。挟まれている領域にも大きな力がかかっている。
・弾性ポテンシャル
系全体の弾性ポテンシャルは、体積弾性率に関わっているため、系の硬さを決めています。そこで、弾性率の平均は同じだが、空間分布が異なる系を用意し、そこに 0.1%の歪みを与え、弾性ポテンシャル U の変化を調べました。弾性率の分布は、弾性率の揺らぎ強度Δと相関長ξの2つで特徴付けられます。U はΔとξが大きいほど小さくなることがわかりました。すなわち、系が不均一になる程、系は柔らかくなることを意味しています。 さらに、このポテンシャル変化量はΔの2乗に比例することや密度変化の2乗に比例することを理論的に導くことに成功しました。また、系は弾性率の揺らぎ強度Δと相関長ξの2つで特徴付けられるのですが、長さスケール変換を行うことで、2つのパラメータを組み込んだΔr でスケーリングできることを見出しました。これは、粗視化のスケール変換を保証するものであるため、アモルファス材料における粗視化モデルの正当性が示されました。
図4 (a)ポテンシャルの弾性率揺らぎの強度依存性。(b)ポテンシャル変化量と弾性率揺らぎの強度の相関。Logーlog プロットしており、点線はΔの2乗。(c) ポテンシャル変化量と密度分布の相関。点線はσの2乗。(d)相関距離と弾性率揺らぎを組み込んだ実効的弾性率の揺らぎ強度とポテンシャル変化量。点線はΔr の2乗。
5 研究の意義と波及効果
アモルファス材料において、力の伝播機構の解明が望まれていました。そこで、配置や内部の相互作用を弾性率に組み込んだ粗視化粒子シミュレーションを行いました。その結果、局所的に弾性率の高い場所とそれに挟まれた領域にフォースチェーンが形成されることがわかりました。これは挟まれた領域の密度変化によって起きたことがわかりました。また、フォースチェーンが形成される系ではポテンシャルエネルギーが小さくなることがわかりました。 今回の研究から、局所的な弾性率が均一であるほど、体積弾性率が高いことがわかりました。すなわち、材料が固くなることを意味しています。また、力の分布も均一になるため、応力集中による材料の破壊が起こりにくくなると期待されます。局所的な弾性率の起源がまだわかっていませんが、これが解明されることで、高強度で交代性の粉粒体材料の開発が期待されます。
【用語解説】
(注1) フォースチェーン:系に外力をかけたときに、内部に鎖状に力が伝播すること。
(注2) アモルファス:粒子や原子がランダムに配置されている状態。
(注3) 体積弾性率:構造の硬さの指標の一つで、圧縮歪みに対する反発力の大きさを決める。1次元であれば、バネ定数と同じとなる。
【発表論文】
<タイトル> “Formations of force network and softening of amorphous elastic materials from a coarsen-grained particle model”
<著者名> Rei Kurita、 Yuto Tamura and Marie Tani
<雑誌名> Scientific Reports
<DOI> https://doi.org/10.1038/s41598-024-59498-2
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