ヒト常在菌の個別解析、新時代へ
3万個の細菌ゲノム解読、抗生物質耐性遺伝子を追跡
2024年10月3日
早稲田大学
bitBiome株式会社
ヒト常在菌の個別解析、新時代へ 3万個の細菌ゲノム解読、抗生物質耐性遺伝子を追跡
詳細は早稲田大学HPをご覧ください。
発表のポイント
● がん・炎症性腸疾患などの患者と健常者を含む日本人被検者51名から、世界最大規模3万個のヒト常在菌※1のシングルセルゲノム解析※2を実施。
● 1.7万個の口腔内細菌・腸内細菌の高精度ゲノム情報を含むデータセットbbsag20を公開。
● 従来の手法(メタゲノム解析※3)では見落とされていた300種以上の腸内細菌のゲノムを取得。
● 遺伝子の「運び屋」可動性遺伝因子※4を介した抗生物質耐性遺伝子※5の広がりを個々の細菌レベルで解明。
● 細菌の抗生物質耐性の広がり方をより深く理解する手がかりを提供し、将来的な医療や公衆衛生への応用に期待。
図:本研究で用いた新しいシングルセルゲノム解析手法
私たちの健康に重要な役割を果たすヒト常在菌。しかし、その全容解明には個々の細菌を詳しく調べる必要があり、これまでの技術では困難でした。早稲田大学理工学術院の細川正人(ほそかわまさひと)准教授と早稲田大学発スタートアップbitBiome社の研究グループは、革新的なシングルセルゲノム解析技術を用いて、この課題に挑戦し、世界最大規模の3万個の口腔内細菌および腸内細菌の個別ゲノム解析を行いました。構築したbbsag20データセットからは、従来法では見落とされていた数百種の細菌のゲノム・遺伝子が発見されました。また、抗生物質耐性遺伝子やその「運び屋」の存在が個々の細菌単位で明らかになり、細菌間での遺伝子のやり取りを詳細に調査することが可能になりました。この成果は、常在菌を対象とした個別化医療や新たな抗生物質耐性対策の開発に貢献する可能性があります。
本研究成果は、2024年10月2日(水)(現地時間)にSpringer NatureグループのBioMed Central社が発刊するオープンアクセス科学誌「Microbiome」で公開されました。
論文名:A Single Amplified Genome Catalog Reveals the Dynamics of Mobilome and Resistome in the Human Microbiome
(1)これまでの研究で分かっていたこと
ヒト常在菌は人間の健康に重要な役割を果たしています。これまでの研究で、以下のことが分かっていました:
1.口腔内や腸内には多数の細菌が存在し、複雑な生態系を形成しています。
2.ヒト常在菌の構成は個人によって異なり、健康状態や疾病と関連があります。
3.メタゲノム解析は、常在菌の全体的な構成を調べることができます。
4.抗生物質の使用が常在菌叢に影響を与え、薬剤耐性菌の出現につながる可能性があります。
しかし、これまで常在菌研究に使われてきたメタゲノム解析では全ての細菌をひとまとまりにDNAを分析するため、個々の細菌が持つ遺伝子の構成などを詳細に調べることが困難でした。そのため、可動性遺伝因子を介した細菌間での遺伝子のやり取りや、それによる抗生物質耐性の細菌種を超えた広がり方など、重要な詳細が不明のままでした。
(2)今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では、革新的なシングルセルゲノム解析技術を用いて、がん・炎症性腸疾患などの患者と健常者からなる日本人51名の被験者を対象に、ヒト常在菌の個別解析を大規模に行いました。主な成果は以下の通りです:
1.世界最大規模のシングルセルゲノムデータセットの構築:3万個の口腔内・腸内細菌の個別ゲノム解析を実施し、高品質なゲノム情報を整理して公開しました。
2.従来の手法と組み合わせて常在菌叢を解明:シングルセルゲノム解析では従来のメタゲノム解析では得られなかった種が多数獲得されました。両者の解析法を組み合わせることが常在菌叢の解明に効果的であることが分かりました。
3.抗生物質耐性遺伝子の伝播状況の解明:個々の細菌レベルで抗生物質耐性遺伝子の分布を解析しました。プラスミド※6やファージ※7といった可動性遺伝因子が伝播を担っている可能性を調査しました。
これらの成果を可能にしたのは、SAG-gel技術※8と呼ばれる新しいシングルセルゲノム解析手法です。SAG-gelは責任著者の細川が2018年に創業した早稲田大学発スタートアップであるbitBiome社にてbit-MAP®として商用化されており、現在、国内外の微生物研究者に広く利用されています。
この技術の特徴は以下の通りです:
● 個々の細菌をゲル中に封入し、個別にゲノムを増幅・解析します。
● 高い精度で多数の細菌ゲノムを同時に分析できます。
● 従来の手法では困難だった、希少な細菌種の検出も可能です。
図1:SAG-gel/bit-MAP®技術の概要 (図中NGSはNext-generation sequencer(次世代シーケンサー))
同一の試料を解析した場合、シングルセルゲノム解析とメタゲノム解析では、異なる細菌種のゲノムが獲得されます。シングルセルゲノム解析では460種、メタゲノム解析では327種のゲノムが得られ、両解析で共通するのは140種に留まります。細胞から分析を始めるシングルセルゲノム解析と、壊れた細胞から抽出したDNAから分析を始めるメタゲノム解析では、得られるデータの性質が異なることが示されています。
図2:メタゲノム解析とシングルセルゲノム解析の比較:細菌ゲノム
メタゲノム解析では、プラスミド・ファージなどの可動性遺伝子を各細菌ゲノムと紐づけて分析することが難しく、殆どが見落とされてしまいます。そのため、これらの可動性遺伝子にコードされる抗生物質耐性遺伝子がどれだけ存在するか、どの細菌が保有しているのかを知ることができません。一方、シングルセルゲノム解析では、各種抗生物質耐性遺伝子がどのプラスミド・ファージにコードされ、どの細菌種に保持されているのか、保有状況とネットワーク関係を明らかにすることができます。
図3:メタゲノム解析とシングルセルゲノム解析の比較:可動性遺伝因子・抗生物質耐性遺伝子
この研究により、シングルセルゲノム解析が口腔内・腸内細菌叢の遺伝的多様性を理解することに役立つことが示されました。特に、プラスミドやファージなどの可動性遺伝因子を介した抗生物質耐性遺伝子の広がり方について、個人単位・細菌単位で把握することができる点が画期的であり、常在菌間における遺伝子のやり取りの理解につながることが期待されます。
本研究で解析したゲノムデータセットbbsag20は、CC-BY 4.0で誰でもダウンロードおよび利用することが可能です。
https://doi.org/10.25452/figshare.plus.24473008.v2
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究の成果は、以下のような波及効果や社会的影響をもたらす可能性があります:
1.個別化医療の進展:個人のヒト常在菌叢を詳細に分析することで、特定の疾患と関連する細菌種の特定が容易になり、新たな治療ターゲットの発見に寄与します。
2.抗生物質耐性対策の向上:耐性遺伝子のプロファイルを詳細に把握し、より効果的な耐性菌対策の開発が可能になります。新たな抗生物質の開発や、既存薬の適切な使用法の確立に貢献します。
3.環境マイクロバイオーム研究への応用:本技術は環境サンプルにも適用可能で、生態系の理解や環境保全に貢献します。土壌や水中の微生物群集の解析にも応用でき、農業や水質管理にも影響を与える可能性があります。
これらの効果により、医療費の削減や国民の健康増進、さらには環境保全など、幅広い社会的影響が期待されます。
(4)今後の課題
今後の課題として、より多様なサンプルを用いたさらなるデータ収集が求められます。特に異なる地域や人種からのサンプルを追加することで、常在菌の世界的な多様性をより深く理解することが期待されます。また、長期的な観察を通じて、細菌叢の変化や疾患との関連を明らかにすることで、個別化医療の新たな道が開かれるでしょう。
具体的な展望:
1.疾患メカニズムの解明:様々な疾患と口腔内・腸内細菌の関係がより詳細に明らかになることが期待されます。
2.抗生物質耐性のサーベイランス:抗生物質耐性菌の特定や、抗生物質耐性遺伝子の運び手を特定し、耐性菌の発生や感染症の蔓延を予防することが期待されます。
3.環境マイクロバイオーム研究の発展:人間の健康と環境の関連性がより明確になることが期待されます。
これらの課題に取り組むことで、マイクロバイオーム研究はさらに発展し、人類の健康と環境の理解に大きく貢献することが期待されます。
(5)研究者のコメント
今回の研究成果は、ヒト常在菌の世界に新たな光を当てるものです。3万個もの細菌ゲノムを個別に解読したことで、これまで見えなかった微生物の多様性と相互作用が明らかになりました。独自技術であるシングルセルゲノム解析を活用することで、これまで見落とされてきた数多くの重要な情報を手にすることができることが証明されました。この知見は、個別化医療や抗生物質耐性問題など、現代社会が直面する健康課題の解決に大きく貢献すると確信しています。今後も研究を重ね、シングルセルゲノム解析がより多くの研究に活用される未来を創り、様々な生命現象の理解と活用に貢献したいと思います。
(6)キーワード
ヒト常在菌、シングルセルゲノム解析、腸内細菌、口腔内細菌、抗生物質耐性、個別化医療、可動性遺伝因子、プラスミド、ファージ
(7)用語解説
※1 ヒト常在菌:
人体に常時生息している微生物の総称です。皮膚、口腔、腸管、膣などの様々な部位に存在し、それぞれの環境に適応した細菌群が形成されています。これらの細菌は単に存在するだけでなく、人体の健康維持に重要な役割を果たしています。例えば、病原菌の侵入を防いだり、栄養素の吸収を助けたり、免疫系の発達を促したりします。
※2 シングルセルゲノム解析:
個々の細胞から遺伝情報(ゲノム)を読み取る最先端の技術です。従来の手法では、多数の細菌が混ざった状態でしか分析できませんでしたが、この技術により個別の細菌の詳細な遺伝情報を得ることが可能になりました。これにより、稀少な細菌種の発見や、細菌間での遺伝子のやりとりの詳細な観察が実現し、マイクロバイオームの理解が大きく進展しています。
※3 メタゲノム解析:
環境中(例えば腸内)の全ての微生物のゲノムを一括して解析する手法です。サンプル中の全DNAを抽出し、それを一度に解読します。個々の細菌を区別することは難しいですが、その環境に存在する微生物の種類や、それらが持つ遺伝子の全体像を効率的に把握することができます。腸内細菌叢の全体的な構成を知るのに適していますが、稀少な種の検出や細菌間の相互作用の理解には限界があります。
※4 可動性遺伝因子:
細菌間で移動可能な遺伝物質のことです。主にプラスミドやファージなどがあります。これらは細菌の主要な遺伝情報(染色体DNA)とは別に存在し、細菌間で容易に移動することができます。抗生物質耐性遺伝子などの重要な遺伝情報を運ぶ「運び屋」の役割を果たすため、細菌の進化や薬剤耐性の拡散において重要な役割を果たしています。
※5抗生物質耐性遺伝子:
細菌が抗生物質の効果を無効化するために持つ遺伝子のことです。これらの遺伝子により、細菌は抗生物質の存在下でも生存・増殖が可能になります。抗生物質の過剰使用などにより、これらの遺伝子を持つ細菌(薬剤耐性菌)が増加し、深刻な医療問題となっています。本研究では、これらの遺伝子がどのように細菌間で広がっているかを、個々の細菌レベルで初めて詳細に解析することに成功しました。
※6 プラスミド:
細菌の染色体DNAとは別に存在する小さな環状のDNA分子です。プラスミドは自己複製能力を持ち、細菌間で容易に伝達されることがあります。多くの場合、抗生物質耐性遺伝子や毒素遺伝子など、細菌の生存に有利な遺伝子を運びます。本研究では、プラスミドを介した抗生物質耐性遺伝子の伝播を個々の細菌レベルで観察することに成功し、耐性遺伝子がどのように広がっているかをより詳細に理解することができました。
※7 ファージ:
細菌に感染するウイルスの一種で、バクテリオファージとも呼ばれます。ファージは細菌に感染する際に、時として細菌のDNAの一部を別の細菌に運ぶ「運び屋」となることがあります。このプロセスを介して、抗生物質耐性遺伝子などの重要な遺伝情報が細菌間で伝達されることがあります。本研究では、ファージを介した遺伝子伝達の実態を、個々の細菌レベルで観察することができました。
※8 SAG-gel・bit-MAP:
本研究で用いられた新しいシングルセルゲノム解析手法です。SAGはSingle Amplified Genome(単一増幅ゲノム)の略です。この技術では、個々の細菌をゲル中に封入し、その中で細菌のDNAを増幅・解析します。これにより、高い精度で多数の細菌を同時に分析することが可能になりました。従来の手法では困難だった希少な細菌種の検出や、個々の細菌が持つ遺伝子の詳細な分析が実現し、マイクロバイオーム研究に革新をもたらしています。
(8)論文情報
雑誌名:Microbiome
論文名:A Single Amplified Genome Catalog Reveals the Dynamics of Mobilome and Resistome in the Human Microbiome
執筆者名:Tetsuro Kawano-Sugaya1† , Koji Arikawa1,2†, Tatsuya Saeki1, Taruho Endoh1, Kazuma Kamata1, Ayumi Matsuhashi1 and Masahito Hosokawa1,2,3,4,5*
1. bitBiome株式会社
2. 早稲田大学 先進理工学研究科
3. 産総研・早大 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ
4. 早稲田大学 ナノライフ創新研究機構
5. 早稲田大学 先進生命動態研究所
掲載日時(現地時間):2024年10月2日
DOI:https://doi.org/10.1186/s40168-024-01903-z
(9)研究助成
研究費名:(公財)東京都中小企業振興公社 新製品・新技術開発助成事業
研究課題名:AI時代に向けた疾患特有の微生物データベースの開発
研究代表者名(所属機関名)bitBiome株式会社
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