0.9 V以下の電解電圧で水から水素を製造する手法を実証
光触媒を用いた経済合理性のあるグリーン水素製造技術の実現に向けて
ポイント
・ 高性能を維持できる光触媒のシート化手法を開発
・ 本手法に用いた可視光応答性光触媒が10000時間以上の疑似太陽光照射でも劣化しないことを確認
・ 光触媒と電解を組み合わせた、水素と酸素を分離製造可能な水分解用小型流通型装置の屋外実証に成功
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター 人工光合成研究チーム 三石雄悟 主任研究員、佐山和弘 首席研究員は、グリーン水素を安価に製造できる可能性を秘めた光触媒-電解ハイブリッドシステムの流通型装置を開発し、水分解の理論電解電圧(1.23 V)よりも小さい0.9 V以下の電解電圧で水素と酸素を分離製造できることを実証しました。さらに、本装置に用いた酸化タングステン(WO3)系光触媒の性能が10000時間以上の光照射実験後にもほぼ維持されていることも確認できました。
なお、本成果は2024年10月25日に「ACS Applied Materials & Interfaces」にオンライン掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241105/pr20241105.html)をご覧ください。
開発の社会的背景
燃やしてもCO2が排出されない水素は、カーボンニュートラルのキーテクノロジーとして、幅広い分野での活用が期待されています。水素はその製造法に応じて色分けされますが、太陽光や風力などの再生可能エネルギーから製造されるグリーン水素は、脱炭素化への大きな貢献が期待されています。しかしながら、電力コストが高いために、主に電解で製造されるグリーン水素は他の手法より製造コストが高くなります。
研究の経緯
産総研は、グリーン水素の製造コストを削減するための候補技術として、“光触媒-電解ハイブリッドシステムによる水分解法”を研究しています。この手法では、水を酸素へ酸化しながらFe3+イオンをFe2+イオンへ還元する光触媒反応と、Fe2+イオンをFe3+イオンへ酸化しながら水を水素へ還元する電解反応とを組み合わせることで、全体反応として水素と酸素を別々に製造できる水分解が進行します。前段の光触媒反応では、光エネルギーが鉄塩水溶液中に化学エネルギーとして貯蔵されます。後段の電解では、その貯蔵された化学エネルギーを水素製造のためのエネルギーとして利用できるため、必要となる電解電圧が、通常の水分解で必要となる値(1.23 V)と比較して小さくなります。その結果、水素製造に必要な電力消費量を削減できる特徴があります。産総研は以前に、可視光応答性のWO3光触媒の反応速度を向上できる表面処理手法を開発し、前段の光触媒反応の効率を10倍以上に向上させました(2010年3月11日 産総研プレス発表)。しかしながら、光触媒反応は光触媒粉末を懸濁させた反応溶液へ光を照射することで評価しており、実際に後段の電解と組み合わせ、光触媒で製造したFe2+イオンを効率よく消費しながら水素を低電圧で製造する全体システムのイメージがありませんでした。今回は、光触媒-電解ハイブリッドシステムによる水分解法の長所を生かせる流通型の全体システムを開発することで、光触媒の反応効率に対応した量の水素を少ない電力消費量で効率よく製造できることを実証しました。
なお、本研究は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(P16002「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発」(2020~2024年度))の成果です。
研究の内容
光触媒―電解ハイブリッドによる水分解に用いる電解セルには、通常の水分解によく利用されるPEMセルを選定しました。また、光触媒反応に多くの太陽光を取り込むためには、簡単に大面積化できる反応槽を使うことが効果的です。さらに、光触媒反応で溶液中に生成するFe2+イオンを効率よく電解槽へ送り込む必要があるため、光触媒粉末をシート上に固定し、溶液のみを循環させる流通型の反応装置を開発しました。図1に今回開発した光触媒シートを内包した光触媒反応槽の(A)外観写真と詳細構成、(B)PEMセルと組み合わせた流通型反応装置図、および(C)それらを用いた水分解の試験結果を示します。この小型流通装置のPEMセルに0.9 Vの印加電圧をかけながら光触媒反応槽へ光照射を開始すると、水素生成に由来する電流が観測されました。
次に、先ほどの光触媒シートを13倍程度に大型化(25 cm2 ⇒ 330 cm2)し、水素および酸素ガスを水上置換で捕集しました。ここではまず、光触媒シートに光照射のみを行い、光触媒反応の速度をFe2+イオンの生成速度で評価しました。その結果、図2左側に示されたグラフの通りFe2+イオンが効率よく生成し、それに対応する化学量論量の酸素ガスが発生しました。この時の光エネルギーの化学エネルギーへの変換効率は0.31%と従来の懸濁状態での評価に匹敵する効率が得られました。続いて光照射を停止し、200 mAの定電流モードで電解反応を実施した結果、0.9 Vよりも低い印加電圧で電流が流れ始め(図2右側)、消費された電気量に対応して化学量論量の水素が捕集できました。このように、光触媒反応と電解反応を別々に駆動させた場合であっても、高い光触媒性能が保たれ、かつ電力消費量を削減して水素を製造できました。光触媒反応で鉄塩水溶液中に貯蔵された化学エネルギーは2カ月程度大気下で放置しても減少しないことが確認されています。そのため、需要に合わせた水素発生のタイムシフトにも対応できます。
図3には、光触媒の長期耐久性試験の結果について示します。図3(A)のように、ウォーターバスを用いて液温を35℃に制御した環境下で、10000 µmolのFe3+イオンが含まれる鉄塩水溶液中に沈降させた光触媒へ疑似太陽光を照射しました。その結果、240時間の光照射後に、Fe3+イオンの約8割が光触媒反応によりFe2+イオンへ変換されました。このFe2+イオンの生成量を基準とし、触媒を再利用して、再度同様の光触媒反応を評価し続けました。42サイクル繰り返した際のFe2+イオンの生成量を比較した結果が図3(B)ですが、計10080時間の光照射実験の間、Fe2+イオン生成量が保たれており、劣化は見られませんでした。この総照射光量は日本の屋外太陽光照射の約7年分に相当します。
図4には、実際の太陽光を利用した野外実験の評価結果を示します。今回の野外試験では、電解と光触媒反応を同時駆動させました。その結果、試験当日の日射量の推移 (図4(A)) に応じて水素生成の電流値が観測されました (図4(B))。生成した水素量は、通電量から見積もられる理論量と良い相関が確認され (図4(C))、投入電力はほぼ全て水素生成のために利用されていました。このように光量が変動する実際の太陽光を利用した場合にも、照射された光量に応じて理論量の水素が生成することを確認できました。
今後の予定
今後は、光触媒の性能改善を目指し、長波長の光を有効利用できる光触媒反応の開発を進めます。また、本手法の大型実証や詳細な水素製造コスト試算を行い、経済合理性のあるグリーン水素製造技術の実現に向けた取組を実施していきます。
論文情報
掲載誌:ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル:Demonstration of Scalable Water Splitting into H2 and O2 by a Flow-Type Photocatalysis-Electrolysis Hybrid System Using a Highly Stable Photocatalyst
著者:Yugo Miseki, Michiko Tamano, Kenta Watanabe, and Kazuhiro Sayama
DOI:https://doi.org/10.1021/acsami.4c12781
用語解説
光触媒
光触媒は光吸収により励起され、酸化反応および還元反応を引き起こす触媒物質である。不均一系の半導体光触媒や均一系の色素光触媒などがあるが、本発表は前者。半導体触媒は伝導帯と価電子帯が禁制帯で隔てられた電子バンド構造を持つ。バンドギャップ以上のエネルギーを持つ光により、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、伝導帯に電子が、価電子帯にその抜け殻の正孔が生成する。伝導帯に励起された電子は、価電子帯の電子よりも還元力が非常に強く、さまざまな還元反応を起こすことができる。同様に、正孔も強力な酸化反応を起こす。今回の反応の場合、正孔により水が酸化されて、酸素が生成される。一方、伝導帯に励起された電子はFe3+を還元し、Fe2+が生成する。
酸化タングステン(WO3)系光触媒
酸化タングステン(WO3)は黄緑色の可視光応答性の半導体。調製法により異なるが、480 nmよりも短い波長の光を吸収できる。環境浄化利用分野でも銅やパラジウム助触媒を表面に担持することで高い有機物分解性能を示す。ここでのWO3系光触媒は、WO3粉末に塩化セシウムと硫酸、そして鉄イオンを用いた表面改質を施した光触媒を指す。この表面修飾を施したWO3系光触媒の性能は、未修飾のWO3と比較して10倍以上改善する。
PEMセル(PEM型の電解セル)
PEMはPolymer Electrolyte Membraneの略で、主にカチオン交換性の固体高分子膜を用いた水電解反応を進行させる用途で使用される電解セルのことを一般的にPEMセルという。抵抗損失が小さく高電流密度を実現でき、起動停止を繰り返しても耐久性が高いなど、さまざまな利点を有する。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241105/pr20241105.html
本プレスリリースは発表元が入力した原稿をそのまま掲載しております。また、プレスリリースへのお問い合わせは発表元に直接お願いいたします。
このプレスリリースには、報道機関向けの情報があります。
プレス会員登録を行うと、広報担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など、報道機関だけに公開する情報が閲覧できるようになります。
このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
- 所在地 茨城県
- 業種 政府・官公庁
- URL https://www.aist.go.jp/
過去に配信したプレスリリース
波として伝わる磁気振動の回転方向の制御と検出に成功
11/20 19:00
エポキシ樹脂のケミカルリサイクルに新たな道筋
11/18 14:00
磁気嵐起源の「下から上」へ伝わった地球大気最上部の変動を発見
11/15 16:00
「吊るさない点滴」が医療機器に
11/13 14:00
タンデム型太陽電池のトップセルとして有望な光吸収層を開発
11/13 14:00
高温高圧水環境で二酸化炭素の電気分解効率を向上
11/8 11:00
トンボの複眼から金型を作製
11/7 14:00
0.9 V以下の電解電圧で水から水素を製造する手法を実証
11/5 14:00
温暖期なのに昔の東京湾は冷たかった?
11/2 00:30
ネイチャーポジティブな循環型社会を創る!発電型のバイオ炭生産技術
10/31 14:00
極微量の放射性ヨウ素を測定する技術を開発
10/29 14:00