河川合流周辺の農地は高い水害抑制機能を持つ -防災と生物多様性保全の両立に貢献-
1.概要
気候変動の影響等によって甚大化する水災害に対応するために、農地や都市緑地をはじめとする生態系を活用した防災・減災(Ecosystem based Disaster Risk Reduction :Eco-DRR)という考え方が注目されています。Eco-DRRは、防災・減災機能にとどまらず、生物多様性の保全をはじめ、人間社会に様々な利益をもたらすことも期待されています。
東京都立大学大学院 都市環境科学研究科の大澤剛士准教授は、日本全国の市区町村を対象に分析を行った結果、河川合流の周辺に存在する農地が洪水の発生抑制に大きく貢献している可能性を示しました。河川合流の周辺は良好な自然環境が維持されていることが多いことも知られており、この場所に存在する農地を積極的に保全することで、高い防災効果と生物多様性の保全が両立できる可能性があります。この結果は、水害に強く、人間の居住域と良好な自然環境が両立できる土地利用を考える上で重要な指針になると期待できます。
本研究成果は、11月18日付けで、ELSEVIERが発行する英文誌『Environmental and Sustainability Indicators』に発表されました。本研究は、環境研究総合推進費2G-2201「適応の効果と限界を考慮した地域別気候変動適応策立案支援システムの開発」および水源地生態研究会の助成を受けて実施されたものです。
2.ポイント
■ Eco-DRRは、水災害への対策と環境保全の両立を実現するためのアイディアです。
■ 農地は食料生産の場であると同時に副次的に防災機能を持つことが知られていますが、その機能には場所依存性があり、高い機能を持つ場所を簡単に見つける方法が求められていました。
■ 日本全国を対象に分析を行った結果、河川合流の周辺に立地する農地は高い防災効果を持つ可能性が示されました。
■ 本研究の結果は、合流の周辺という立地条件が、高い防災効果を持つ農地を見出す指標として活用できることを示唆します。
3.研究の背景
気候変動の影響もあり、台風や豪雨、それに伴う洪水や土砂災害といった大規模な自然災害が世界的に増加しています。これら増大、甚大化する自然災害に対し、ダムや堤防等の人工工作物のみでは対応しきれないことが指摘されています。この状況に対し、農地や都市緑地をはじめとする既存の生態系を活用した防災・減災(Ecosystem based Disaster Risk Reduction :Eco-DRR)という考え方が注目されています。Eco-DRRは、防災・減災機能にとどまらず、生物多様性の保全をはじめ、人間社会に様々な利益をもたらすことも期待されています。
Eco-DRRの実現方法として、全国に存在する農地の活用がしばしば挙げられます。農地はその本来的な役割である食料生産だけでなく、雨水の貯留や浸透、氾濫水を一時的に受け止めること等を通して防災・減災にも貢献すると考えられており、実証研究も蓄積されつつあります。実際、大澤准教授による既往研究において、地表面を流れる水を貯めやすい地形条件下に存在する農地は、水田や乾燥畑という利用形態に関わらず水災害の発生を抑制する機能が高いことが明らかになっています(注1。
しかし、急峻な地形条件にあり、利用可能な土地が限られた日本において、まとまった面積の農地を維持することは容易ではありません。さらに農地が放棄され、市街地等に転換される事例も少なからず発生しています。防災効果が高く、それ以外の利益も期待できる場所に存在する農地を明らかにし、そこを優先的に保全するような方策を講じることは、効率的かつ多くの利益をもたらす土地利用の実現につながると期待できます。
4.研究の詳細
そこで本研究は、防災効果が高い農地を見出す指標を明らかにすることを目的に実施しました。指標として、自然河川であれば必ず存在する合流という地形条件に注目しました。河川の合流は急激に水量が増える等の特性から洪水が起こりやすいことが指摘されており、実際に2019年に発生した令和元年東日本台風において甚大な被害があった那珂川において発生した洪水は、大部分が合流周辺1km以内で発生したことが明らかになっています(注2。これらのことから、合流の周辺に水を貯めやすい農地(注3が多く存在することで、洪水の発生を効果的に抑制するのではないかという仮説を設定し、統計情報等を用いて広域的な検証を行いました。
全国1,917の市区町村を対象に、洪水発生頻度と河川合流周辺の農地との関係を統計モデルによって検討しました。まず国土交通省が実施している統計調査「水害統計調査」を利用し、2010年から2018年の間における全国1,917の市区町村ごとの水害の発生回数を求めました(図1a)。続いて、市区町村内における水が溜まりやすい場所に立地する農地の総量と水害発生頻度の関係を統計モデルによって検討したところ、既往研究と同様、この条件にあてはまる農地を多く持つ市区町村では洪水の発生頻度が低いことが示されました。
図1.(a) 2010年から2018年の間における水害の発生頻度、 (b)市区町村内における合流点の数。いずれも色が濃いほど多いことを意味する。
次に、国土交通省が公開している河川ラインのGIS(注4データを利用し、全国の河川における合流点を抽出しました(図2)。洪水が発生しやすいと考えられる合流の周辺1kmに立地する農地の総量を市区町村ごとで集計し、これと水害発生頻度の関係を統計モデルによって検討したところ、上記同様、合流周辺に水が溜まりやすい農地を多く持つ市区町村では洪水の発生頻度が低いという結果が得られました。そしてこの効果は、水が溜まりやすい農地全体を用いた場合よりも強いことが示されました。
図2.合流点の抽出イメージ。河川ラインが複数集まる点を合流と定義している。なお、河川ラインはしばしば市区町村の境界に位置するため、合流周辺の農地の一部はダブルカウントになっている
5.研究の意義と波及効果
河川の合流は自然河川であれば必ず存在する地形で、全国どこにでも存在しています(図1b)。この周辺に存在する農地を優先的に保全することで、食料生産と防災の両立が図れることが期待できます。この結果は、国レベルはもちろん、基礎自治体における土地利用計画においても有用な指針になると考えられます。これに加え、河川合流の周辺は、洪水を好む生物にとって良好な生息場が形成されやすいことも明らかになっています(注2。すなわち、合流周辺の農地を保持することは、食料生産、防災効果に加え、地域の生物多様性を保全することにも貢献する可能性があります。河川合流の周辺に存在する農地を賢く活用することは、水害に強い土地利用と同時に、ネイチャーポジティブの実現にも貢献すると期待できます。
注釈
注1) Osawa T (2022) Evaluating the effectiveness of basin management using agricultural land for ecosystem-based disaster risk reduction. International Journal of Disaster Risk Reduction 103445. (日本語訳:農地を活用した流域における防災効果の有効性評価)
注2) 大澤 剛士, 瀧 健太郎, 三橋 弘宗(2022)河川合流の特性を活かした防災・減災(Eco-DRR)の可能性:那珂川周辺に存在する水田の利活用アイディア. 保全生態学研究 27: 31-41
注3) 既往研究により、累積流量(Flow Accumulation)地形パラメータを利用することで地形的に水を溜めやすい場所が推定できることが明らかになっており、本研究でもこの値を使っている。
注4) Geographic Information System(地理情報システム)の略で、コンピュータ上で位置情報を扱うしくみ。国交省をはじめ各省庁等がGISで扱う地図等のデータを公開している。
論文情報
掲載誌:Environment and Sustainability Indicators
タイトル:Agricultural land around river confluences could strongly suppress floods occurrences
著者:Takeshi Osawa
DOI:https://doi.org/10.1016/j.indic.2024.100533
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2665972724002010?via%3Dihub
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