下水汚泥焼却灰からリン化成品を製造
リン酸を直接的にトリエステルへ変換できるケミカルリサイクル技術を開発
ポイント
・ ケイ素化合物であるテトラアルコキシシランを用いて、リン酸の直接的エステル化反応を開発
・ 下水汚泥焼却灰から回収した粗リン酸から、難燃剤であるリン酸トリブチルの合成に成功
・ 化学製造業に使用可能なリン化成品を合成でき、国内の未利用リン資源の有効活用可能に
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター 永縄 友規 主任研究員、吉田 勝 研究センター長、材料・化学領域 佐藤 一彦 領域長補佐、地圏資源環境研究部門 森本 和也 上級主任研究員は、東京科学大学 中島 裕美子 教授、北海道大学 長谷川 淳也 教授(共に触媒化学融合研究センター 特定フェロー)と共に、安定なリン酸を直接的にエステル化する技術を開発しました。さらに、不純物を多く含む下水汚泥焼却灰から回収した粗リン酸のケミカルリサイクルに対してこの技術を適用し、難燃剤用途として有用なリン化成品であるリン酸トリブチルの合成に成功しました。
リンは、肥料や食品、医薬品など私たちを取り巻くさまざまな物質に含まれている元素ですが、日本ではリン化成品の原料となる黄リンが製造されておらず、現在ほぼ100%輸入に依存しています。近年、リン資源の経済安全保障上の重要性が高まっており、下水汚泥焼却灰や製鋼スラグに代表される国内の未利用リン資源の回収と有効活用が注目されています。
今回、ケイ素化合物であるテトラアルコキシシラン(TROS)を用いて、リン酸を直接的にエステル化させる技術を開発しました。これまで、リン酸の直接的エステル化反応はほとんど例がなく、既存の報告もリン酸モノエステルやジエステルの合成に関するものでした。一方、今回の開発技術では、リン酸から一気に難燃剤や可塑剤として利用可能なリン酸トリエステルへと変換することが可能です。本技術を下水汚泥焼却灰から回収した粗リン酸に適用し、リン酸トリエステルの一種であり難燃剤として知られるリン酸トリブチルをグラムスケールで合成することに成功しました。
なお、この技術の詳細は、2024年12月3日(中央ヨーロッパ時間)に「Angewandte Chemie International Edition」に掲載されます。この論文は当該雑誌編集者によってHot Paperに選出されています。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241204/pr20241204.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
リンは植物や動物の成長に必要な元素として肥料や食品に含まれているだけでなく、医薬品、工業製品などさまざまな用途に使われる重要な資源です。それらの製品の中でも付加価値の高いリン化成品は黄リンを原料としていますが、黄リンは国内での生産は行われておらず、その全てを輸入に依存しています。近年、リン製品の価格上昇などの影響でリン資源の経済安全保障上の重要性が高まっています。そこで、リン資源の有効活用の観点から国内にある下水汚泥焼却灰や製鋼スラグなどの未利用リン資源が注目されています。
しかし、未利用リン資源から回収された粗リン酸のリサイクル先は用途が限られており、ほとんどが肥料でした。これは主に、リン酸が熱力学的かつ化学的に安定であり、有効な分子変換技術が開発されていなかったからです。粗リン酸が黄リンを原料とするプロセスを代替し、付加価値の高いリン化成品へとケミカルリサイクルする技術が開発できれば、国内にある未利用リン資源の製造業への用途拡大が可能となります。
研究の経緯
産総研は、2020年度に設置された領域融合プロジェクト「資源循環利用技術研究ラボ」において、国内に存在する未利用資源からリン酸を回収する技術、ならびにリン酸の直接的分子変換による高付加価値化技術を開発してきました。今回、この技術を融合し、代表的な未利用リン資源である下水汚泥焼却灰から粗リン酸を回収し、難燃剤や可塑剤として利用されるリン化成品であるリン酸エステル類へと一気通貫で合成できる技術を開発しました。
なお、本研究開発は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「地球環境と調和しうる物質変換の基盤科学の創成」(2022~2025年度、JPMJPR2277)、JST 創発的研究支援事業「ケイ素およびリン資源循環に向けた新規ライフサイクルの構築」(2022~2029年度、JPMJFR221Z)、住友財団基礎科学研究助成(採択番号200092)、触媒科学計測共同研究拠点共同利用・共同研究(採択番号23DS0334)、自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センター(23-IMS-C002)、北海道大学 フォトエキサイトニクス研究拠点の支援を受けています。
研究の内容
今回、リン酸とTROSが、極性アミド溶媒であるN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)中で反応し、リン酸シリルエステルを安定に生じることを見いだしました。また、これらのリン酸シリルエステルを200度で加熱することでリン酸トリエステルへとさらに分子変換することを発見し、結果としてTROSを鍵反応剤とするリン酸の直接的エステル化反応を開発するに至りました(図1)。リン酸エステルは工業的には黄リンから誘導化されたオキシ塩化リンとアルコールを用いて合成されています。また、リン酸とアルコールとの直接的エステル化反応の研究は、リン酸モノエステルやリン酸ジエステルを合成する報告に限られていましたが、本反応では、リン酸から難燃剤や可塑剤として利用可能な脂肪族リン酸トリエステルを製造することが可能です。脂肪族リン酸トリエステルはリン酸の水酸基を脂肪族有機基(R)に置換した構造をしています。
さらにリン酸を直接的にリン酸エステルに変換するこの技術を、下水汚泥焼却灰から回収した粗リン酸に適用することに挑戦しました。まず、国内3カ所の自治体から提供を受けた下水汚泥焼却灰を用いて、リン酸の抽出を行いました。下水汚泥焼却灰と強酸性陽イオン交換樹脂を水溶液中で混合する方法で、通常の酸を用いた抽出法では避けられないさまざまな金属イオンの溶出を抑え、リン酸を選択的に抽出しました。得られたリン酸抽出液を減圧下で濃縮して約80 質量%の粗リン酸を作製し、TROSを用いたエステル化反応に使用しました。粗リン酸とテトラブトキシシランをDMF中で反応させた結果、リン酸トリエステルの一種であり難燃剤として利用されるリン酸トリブチルをグラムスケールで合成することに成功しました(図2)。
これにより、従来はリン鉱石から製造される黄リンを原料とするリン酸エステルの合成を、国内の未利用リン資源から回収したリン酸を原料として達成しました。また、今回開発したエステル化反応は、有機ホスホン酸や有機ホスフィン酸にも適用可能であり、さまざまな有機リン化合物の合成に役立ちます。
今後の予定
今後も引き続き産総研では、未利用リン資源からのリンの回収と高付加価値化技術を社会実装すべく研究開発を実施します。リン資源のサプライチェーンへと対応し、将来的にはリン資源の国内回帰による資源循環型社会の実現に貢献します。
論文情報
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:One-Step Esterification of Phosphoric, Phosphonic and Phosphinic Acids with Organosilicates: Phosphorus Chemical Recycling of Sewage Waste
著者:Yuki Naganawa, Kei Sakamoto, Akira Fujita, Kazuya Morimoto, Manussada Ratanasak, Jun-ya Hasegawa, Masaru Yoshida, Kazuhiko Sato, Yumiko Nakajima
DOI:10.1002/anie.202416487
用語解説
リン酸
五酸化二リンP2O5が水和してできる酸、すなわちオルトリン酸H3PO4、ピロリン酸H4P2O7、メタリン酸HPO3などの総称。普通は、オルトリン酸を単にリン酸ということが多い。
下水汚泥焼却灰
下水処理過程で発生する汚泥を800℃程度の温度で焼却したもの。焼却過程で有機成分などが除去されることでリンを20~30質量%(P2O5換算)と高濃度で含む代表的な未利用リン資源。
ケミカルリサイクル
マテリアルリサイクル、サーマルリサイクルなどと並ぶリサイクル手法の一種であり、使用済みの資源を化学的に分解し、原料やその他の有価物へと分子レベルで変換する手法。
難燃剤
プラスチック、ゴム、繊維などの可燃性の素材に添加して、燃えにくくする性質(難燃性)を付与する化学物質の総称。主にハロゲン化物やリン化合物が用いられる。
黄リン
化学式P4で表されるリンの同素体の一つ。あらゆるリン化成品の原料となる化学物質であり、現在では国内では製造されておらずほぼ全てを輸入に依存している。
テトラアルコキシシラン(TROS)
ケイ素原子にアルコキシ基が四つ結合した構造のケイ素化合物の総称。高純度合成シリカや電子デバイス用の保護膜、絶縁膜の原料などとして使用される。
可塑剤
プラスチックやゴムなどの材料に柔軟性や弾性を付与するために添加される化学物質の総称。主にエステル系化合物が用いられる。
リン酸エステル
リン酸より得られるエステルの総称。リン酸は三塩基酸なので、対応するモノエステル、ジエステル、トリエステルの3種類が存在する。このうちトリエステルは難燃剤や可塑剤などの用途で利用されている。
脂肪族有機基
有機基の一種であり、炭素原子が鎖状(直鎖または分岐鎖)に連なった骨格構造を持つ有機基を指す。このような基は一般に「アルキル基」とも呼ばれる。
ホスホン酸・ホスフィン酸
リンのオキソ酸の一種。オルトリン酸の3つの水酸基が一つ水素に置き換わったものをホスホン酸、2つ水素に置き換わったものをホスフィン酸という。このうち、特にリンが直接有機基と結合したものを有機ホスホン酸・有機ホスフィン酸と呼ぶ。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241204/pr20241204.html
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
- 所在地 茨城県
- 業種 政府・官公庁
- URL https://www.aist.go.jp/
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