一次元らせん構造のペロブスカイト結晶で巨大な光起電力を実証

~三次元ペロブスカイトの10倍以上の電圧を発生する次世代光デバイスへ~

早稲田大学

2025年3月7日

早稲田大学

 

一次元らせん構造のペロブスカイト結晶で巨大な光起電力を実証 ~三次元ペロブスカイトの10倍以上の電圧を発生する次世代光デバイスへ~

発表のポイント

●キラル構造を持つ有機分子を利用し、ハロゲン化鉛ペロブスカイトの一次元構造にらせん性と極性を誘起

●らせん性と極性を有する一次元構造のペロブスカイト結晶において、巨大な光起電力を発現

●太陽光照射下で既存のペロブスカイト太陽電池の10倍以上の電圧を発生

●新しい太陽光発電デバイスや光センシングデバイス、スピントロニクスデバイスとしての応用が期待

早稲田大学理工学術院の石井あゆみ(いしいあゆみ)准教授、東京大学生産技術研究所の石井和之(いしいかずゆき)教授、筑波大学数理物質系の二瓶雅之(にへいまさゆき)教授らの共同研究グループは、ハロゲン化鉛ペロブスカイトの一次元らせん構造および配列を有機キラル分子と結晶成長法により制御する手法を見出し、15 Vを超える巨大な光起電力を発現させることに成功しました。

対称性の崩れた低次元構造の無機結晶において、Siなどの高次元半導体では観測されない特異的な物理現象が報告され、近年高い注目を集めています。特に、重い原子を含む系では、バルク光起電力効果など特異的な物理現象を示すことから、次世代半導体材料としてその応用が期待されています。一方で、無機物質のみを用いた材料・デバイスの作製手法は、物質設計の自由度と制御性が有機物質に比べ著しく低いことから、特異的な電子物性を促す構造をナノスケールで制御するには限界がありました。有機分子と無機半導体のハイブリッドにより実現した本成果は、低次元半導体材料を開発するうえで新たな指針となり、次世代光デバイス(光センサー、光発電デバイス、スピントロニクスデバイスなど)への応用に向けた新たな道を拓くものです。

 本研究成果は、ドイツ化学会発行の学術雑誌『Angewandte Chemie International Edition』に2025年3月3日(月)(現地時間)に掲載されました。

図:有機キラル分子と結晶成長法を用いる革新的制御法により形成されたハロゲン化鉛ペロブスカイトの一次元らせん構造。その配列に極性を持たせることで15Vの光起電力の発現に成功した。

キーワード:

一次元らせんペロブスカイト、バルク光起電力、太陽光発電、ハロゲン化鉛ペロブスカイト、結晶構造制御、次世代光デバイス、極性結晶、空間反転対称性の破れ、有機無機ハイブリッド

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと

空間反転対称性の破れ(※1)と異方性を有する低次元構造の無機結晶において、Siなどの三次元半導体では観測されない特異的な物理現象が報告され、近年高い注目を集めています。特に、強いスピン軌道相互作用(※2)を持つ重原子系では、スピン偏極(※3)や電流誘起磁性(※4)、バルク光起電力効果(※5)など特異的な物理現象を示すことから、次世代半導体材料としてその応用が期待されています。バルク光起電力効果は、空間反転対称性の破れた極性構造を持つバルク結晶において、光照射下で生じるシフト電流(※6)により、バンドギャップに依存しない起電力が発生する現象です。通常の太陽電池の光起電力は、p-n接合におけるバンドギャップで規定され、1~1.5V程度に出力が制限され、そのエネルギー変換効率は、Shockley-Queisser限界(※7)を適応すると約32%が限界となります。実用化されているSi太陽電池の効率は、既に理論限界に近いレベルまで到達しており、近年活発に研究開発がなされているペロブスカイト太陽電池に至っても、その特性はほぼ飽和状態にあることから、現在の研究開発では、主にコストや耐久性、素子の集積化に重点が置かれています。室内用途やIoT用電源など、太陽電池利用を広げていくためには、発電メカニズムを根本的に見直す必要があります。たとえば、バンドギャップにとらわれず光起電力を生成可能であれば、理論限界を超える発電効率の大幅な向上が期待できます。バンドギャップで制限されている出力電圧については、バルク光起電力効果の利用が期待されており、強誘電体のバルク結晶などについて研究が古くからおこなわれています。一方、空間反転対称性の破れた無機結晶の例は少なく、物質設計の自由度と制御性も有機物質に比べ著しく低いことから、特異的な電子物性を促す構造をナノスケールで制御するには限界があり、バルク光起電力などの物理特性を操作するための明確な材料設計指針は確立されていないのが現状です。

 

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、ハロゲン化鉛ペロブスカイトの一次元らせん構造および配列を有機キラル分子と結晶成長法により制御する手法を見出し、15 Vを超えるバルク光起電力を発現させることに成功しました。

 ハロゲン化鉛のような重原子を含む無機物質に対し、有機分子のキラル構造を利用することで、一次元らせん構造の形成を促すことができます(図1)。この無機化合物からなる一次元らせん鎖は、有機キラル分子を介し、その配列を制御することにより、スピンと光が関わる特異な物理特性、たとえば、キラリティによる円偏光検出、極性によるバルク光起電力、スピンの偏極による電流誘起磁性などを示す可能性があります。これまでに、一次元らせん構造を有するペロブスカイト系薄膜デバイスを作製し、円偏光検出など特異的な光電磁物性の発現に成功しています(A. Ishii, T. Miyasaka, Science Adv., 2020, 6, eabd3274)。たとえば、PbI₂は、R-(+)およびS-(‒)-(1-ナフチル)エチルアミン(R (S)-1-NEA⁺)とのヨウ素を介した水素結合により、[PbI₆]⁴⁻からなる八面体構造が面を共有し連結した一次元らせん構造((R (S)-1-NEA)PbI₃)を形成します(図1)。この結晶の空間群(※8)は、反転対称性の破れたキラルなP2₁2₁2₁であり、RとSでらせん軸の回転方向が異なるため、左右円偏光を選択的に検出可能です。一方で、P2₁2₁2₁結晶構造のらせん鎖は反平行に配列しているため、らせん鎖に沿った電気双極子モーメントは相殺されてしまいます。ここで、一次元らせん型ハロゲン化鉛ペロブスカイトの結晶学的対称性をP2₁またはC2に下げると、バルク光起電力などの極性に由来する物性の発現が期待できます。本研究では、結晶対称性の制御に焦点をあて、熱的制御を用いた結晶化法により、極性キラル空間群C2に属する一次元らせん構造のハロゲン化鉛ペロブスカイトの結晶を得ることに成功しました(図2)。一次元らせん方向に大きな極性を有するペロブスカイト結晶は、15Vの巨大な光起電力を示すことが明らかとなりました(図3)。

図1 有機キラル分子を用いたヨウ化鉛の一次元らせん構造の形成メカニズム

  図2 一次元らせんペロブスカイトの空間反転対称性の制御。熱的制御による結晶化法によりキラルのみであった一次元らせん鎖の配列をキラルかつ極性を有する配列とすることに成功した。 図3 一次元らせんペロブスカイト結晶の光電変換特性(電流電圧曲線)。 太陽光(紫外領域)照射によりゼロバイアスにおける光電流と15Vの光起電力を示す。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究で得られたハロゲン化鉛ペロブスカイトの一次元らせん構造は、円偏光検出やバルク光起電力特性を示す特異な光電磁物性を備えています。この特性は、高感度の円偏光センサーや高出力な光起電力デバイス(太陽電池)、スピントロニクスデバイスの開発において極めて有用であり、次世代半導体としての新しい市場の創出が期待されます。たとえば、バルク光起電力効果を応用した高電圧出力特性は、太陽電池や光検出素子の効率を飛躍的に向上させる可能性があるだけでなく、室内用途やIoT用電源として太陽電池利用の拡大に貢献すると考えられます。センサーや次世代太陽電池分野での応用が進むことで、再生可能エネルギーや半導体分野における大きな経済的インパクトが見込まれます。

 

(4)課題、今後の展望

 バルク光起電力を示す材料は電流が既存の太陽電池と比べ桁違いに小さく、既存の太陽電池の代替とはなりえていないのが現状です。高電圧を必要とするセンサーなど新たな用途開拓に加え、電流が出ない原因(低い光伝導性、大きなバンドギャップ、など)の解明や効率向上に向けた素子構造の最適化が必要と考えます。

 

(5)研究者のコメント

導電性だけでなく極性、キラリティ(らせん性)、構造の柔軟性を兼ね備えた一次元らせん構造のペロブスカイト化合物は、既存の半導体におけるデバイス機能の限界を突破する高いポテンシャルを持っています。一次元らせん構造と空間反転対称性の破れた配列により引き出される電子状態と光機能(キラリティによる円偏光直接検出、極性構造による高い光起電力など)を利用し、近未来の光半導体デバイス(超高感度・多機能な光イメージングシステム、超高出力な太陽電池、超省エネルギーな情報処理デバイス)として展開が見込まれます。

 

(6)用語解説

※1 空間反転対称性

原子配列などの空間座標の符号を反転する操作(原点に関して点対称な点に移す操作)を行っても状態が不変であるとき、空間反転対称性を持つという。バルク起電力効果の発現には空間反転対称性が破れていることが必要となる。

 

※2 スピン軌道相互作用

電子の持つスピンと電子が原子核の周りを回ることで生じる軌道角運動量が互いの向きを固定しようとする相互作用。

 

※3 スピン偏極

電子などのスピンが、ある特定の方向に偏ること。発生した光電流のスピンが揃っている場合はスピン偏極光電流と呼ばれる。

 

※4 電流誘起磁性

空間反転対称性の破れと大きいスピン軌道相互作用を持つ物質において、電流を流すことで電子の運動方向に伴いスピンの向きにも偏りができ、非磁性物質が磁化する現象。

 

※5 バルク光起電力効果

反転対称性が破れたバルク結晶において、光を照射した際に生じる自発的な光起電力効果のこと。

 

※6 シフト電流

反転対称性の破れた物質中で電子のバンド間光学遷移にともなって発生する分極電流。物質が光励起される際、電子雲の重心が実空間シフトすることにより発生する。

 

※7 Shockley-Queisser限界

太陽電池の光電変換効率は、半導体のバンドギャップ、熱による散逸、電荷再結合などの因子により制約される。これらの因子を考慮した理論的な限界がShockleyとQueisserにより1961年に示された。

 

※8 空間群

結晶内の原子配列の対称性を記述するための概念。すべての結晶が230種類ある空間群のいずれかに属している。

 

(7)論文情報

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition

論文名:Giant Bulk Photovoltaic Effect in a Chiral Polar Crystal based on Helical One-dimensional Lead Halide Perovskites

執筆者名(所属機関名): Ayumi Ishii,*[a] Ryohei Sone,[b] Tomohide Yamada,[a] Mizuki Noto,[b] Hikari Suzuki,[a] Daiki Nakamura,[a] Kei Murata,[c] Takuya Shiga,[d] Kazuyuki Ishii,[c] and Masayuki Nihei [d]

[a] Department of Chemistry and Biochemistry, School of Advanced Science and Engineering, Waseda University

[b] Faculty of Life & Environmental Sciences, Teikyo University of Science

[c] Institute of Industrial Science, The University of Tokyo

[d] Department of Chemistry, Faculty of Pure and Applied Sciences, University of Tsukuba

1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan

掲載日:2025年3月3日(月)

掲載URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202424391

DOI:10.1002/anie.202424391

 

(8)研究助成

研究費名:JST さきがけ(JPMJPR17P2)CREST (JPMJCR23A1)

研究課題名:一次元有機無機ハイブリッドらせんナノ物質による近未来光デバイス技術の創出

研究代表者名(所属機関名):石井あゆみ(早稲田大学)

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