結晶構造対称性の変化による超伝導発現機構スイッチング現象を観測 ~非従来型超伝導体の機構解明に前進~

1. 概要

 東京都立大学 理学研究科物理学専攻の山下愛智特任助教、水口佳一准教授、島根大学 自然科学研究科理工学専攻の臼井秀知助教、大阪大学 大学院理学研究科物理学専攻の黒木和彦教授らの研究グループは、層状ビスマス硫化物系超伝導体の同位体効果を研究し、結晶構造対称性の変化により超伝導発現機構が従来型から非従来型にスイッチングすることを示唆する現象を観測しました。本研究は、新たな非従来型超伝導体の開発および機構解明に重要な指針を与えます。今後、高温超伝導機構へのさらなる解明が期待されます。

 

2. 研究成果のポイント

■ビスマス硫化物系超伝導体の高圧相(単斜晶構造)の同位体効果を検証

■単斜晶相の超伝導発現機構が従来型であり、先行研究で示された正方晶相の発現機構である非従来型と異なることを解明

■層状超伝導体において、結晶構造の対称性の変化により超伝導発現機構がスイッチングしている現象を発見

 

3. 研究の背景と経緯

 超伝導(1)は1911年に発見された量子現象であり、反発しあう電子と電子の間に何らかの引力が生じ、電子同士が相互作用して対を形成することによって実現します。この電子対形成を駆動する相互作用の正体を解明することが超伝導機構解明につながります。より高い温度での超伝導を実現するには、超伝導の発現機構を理解することが重要と考えられています。一般的な超伝導体においては、格子振動(結晶中の原子の振動)を媒介として電子対が形成され、BCS理論(2)により従来型発現機構は記述されます。格子振動が超伝導電子対形成に重要であることを示した実験として、同じ原子番号で原子核の質量の異なる同位体元素を用いた同位体効果(3)の観測があります。

 2012年に水口准教授らはビスマス硫化物系(BiS2 系)(4)層状化合物(5)超伝導体を発見しました。その典型物質であるLa(O,F)BiS2 は、伝導層である BiS2層とブロック層である La(O,F)層が交互積層しており、銅酸化物系や鉄系などの高温超伝導体(6)と非常によく似ており、非従来型超伝導機構の可能性が提案されています。そのため、超伝導発現機構の解明にむけた研究が精力的に行われています。最近の理論研究および実験研究では、常圧相(正方晶構造)のBiS2系超伝導体における非従来型機構(7)の可能性が示されています。一方で、BiS2系において最も高いTcを示す高圧相(単斜晶構造)の超伝導機構は未解明であり、その発現機構の解明が求められています。

 本研究は、層状ビスマス硫化物系超伝導体の機構解明を目的としました。硫黄同位体(32Sおよび34S)試薬を用い(Sr,La)FBiS2の多結晶試料を合成しました。高圧下での磁化測定から、同位体の違いによる転移温度の変化を精密に検証しました。なお、この研究開発は、東京都都市人材外交高度研究(H31-1・代表:水口佳一)および科研費・国際共同研究強化(B)(18KK0076・代表:横谷尚睦(岡山大))の助成を受けて行いました。

 

4. 研究の内容

 本研究では、硫黄同位体試薬を用いて(Sr,La)FBiS2多結晶試料を合成し、高圧相(単斜晶構造)の同位体効果の検証を行いました。高圧下磁化測定用の圧力セルを利用して、圧力下の磁化を測定し、Tcの精密な見積もりを行いました。組成分析と粉末X線構造回折の結果から、キャリア濃度が同程度と見積もられる試料間でTcを比較したところ、同位体の違いにより転移温度が変化することを明らかにしました。図1に32Sおよび34Sを用いて合成した(Sr,La)FBiS2多結晶試料の磁化率の温度依存性を示します。この図では高圧相(単斜晶構造)でのデータを示しています。32Sを含む試料のTcが34Sを含む試料のTcより高いことがわかります。同位体の質量とTcとの関係から見積もったαは約0.54とBCS理論から見積もられる値(α = 0.5)と近い結果が得られました。この結果から、高圧相(単斜晶構造)の超伝導発現には格子振動が強く影響していることが示唆され、従来型の超伝導発現機構である可能性を示しました。一方で、常圧相(正方晶構造)では非従来型機構の可能性が示されていることから、本研究の結果は、結晶構造対称性の変化により超伝導発現機構がスイッチングしていることを示唆しています。結晶構造と同位体効果の違いを図2にまとめました。今回の結果に基づいて、新たな非従来型超伝導体の開発および超伝導機構の解明に重要な指針が見出されることが期待できます。

 

 

図1. 32Sと34S同位体を使用した試料の高圧下磁化率の温度依存性

 

 

 

図2. 同位体効果により解明された超伝導発現機構と、結晶構造との相関関係

 

5. 今後の展開

 BiS2系層状超伝導体は物質の種類(結晶構造および構成元素など)が多様であるため、ブロック層や伝導層が異なる物質群の超伝導機構の解明を行い、今回観測した現象がBiS2系超伝導に普遍的な性質であるかを明らかにしていきます。結晶構造対称性の変化がどのように超伝導発現機構をスイッチングさせるかの詳細が解明できれば、新たな非従来型超伝導体の開発が可能となります。また、様々な非従来型超伝導体を開発することは、新たな高温超伝導体の発見につながると期待しています。

 

【用語解説】

(1) 超伝導

 特定の金属を低温に冷却するとある温度(超伝導転移温度:Tc)以下で電気抵抗が消失します。この現象を超伝導と呼び、超伝導転移を示す物質を超伝導体と呼びます。

(2) BCS理論

 1957年にバーディーン、クーパー、シュリーファー博士らによって提唱された超伝導の微視的理論。電子の間に格子振動を媒介とする引力が働き、電子対が形成されることで超伝導状態が実現することを示しました。

(3) 同位体効果

 原子の質量(M)の1/2乗に半比例して超伝導転移温度(Tc)が低下する現象を指し、Tc ∝ M-αの関係があります。従来型機構では、αが0.5に近い値になります。

(4) BiS2系超伝導体

 層状超伝導体(以下参照)の一種で、水口准教授らが2012年に発見しました。超伝導機構が未だ解明されていないため、機構解明研究が続けられています。

(5) 層状化合物

 一般的に金属間化合物より複雑な構造を持ち、シート状の化合物層が積層した結晶構造を持つ化合物を層状化合物と呼びます。超伝導を示す層状化合物を層状超伝導体と呼びます。

(6) 高温超伝導体

 超伝導は一般的に低温(数ケルビン程度)で起こる現象ですが、銅酸化物系のように液体窒素温度以上で超伝導転移を示すような物質も一部存在し、高温超伝導体と呼ばれています。明確な基準はありませんが、30ケルビン以上の超伝導体を高温超伝導と呼ぶことが多いです。

(7) 非従来型機構

 多くの超伝導体では、格子振動を媒介として電子が対を形成することで超伝導状態が発現します。格子振動を媒介とした機構を従来型機構と呼びます。一方、磁気揺らぎや電子相関など、格子振動以外を媒介として電子対を形成する場合を非従来型機構と呼びます。

 

【論文情報】

令和3年1月19日10時(英国時間)

Springer Nature刊行の英文誌「Scientific Reports」(オンライン版)に掲載。

“Possible pairing mechanism switching driven by structural symmetry breaking in BiS2-based layered superconductors”

A. Yamashita, H. Usui, K. Hoshi, Y. Goto, K. Kuroki, Y. Mizuguchi

Sci. Rep..

Manuscript DOI:10.1038/s41598-020-80544-2

 

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