西之島の大規模噴火により絶滅した植物個体群の起源を解明
1.概要
東京都立大学大学院理学研究科の髙山浩司教授、京都大学フィールド科学教育研究センター中野智之准教授、同大学院理学研究科野田博士特定助教らの研究チームは、小笠原諸島の西之島にかつて生育していたスベリヒユ(Portulaca oleracea)の遺伝的特徴を解析し、同島の個体群が小笠原諸島の他の島から由来していたことを明らかにしました。さらに、西之島の個体群は独自の遺伝的組成を持つことから、定着過程における創始者効果*1や遺伝的浮動*2の影響を強く受けた可能性が示唆されました。本研究は、激しい火山活動により植生が完全に消失した西之島にかつて生育していた植物群落の成立過程を遺伝子情報に基づき解明したもので、海洋島における生態系形成のメカニズムに関する重要な知見を提供します。
2.ポイント
・火山活動によって植生が完全に消失する前の2019年に西之島でスベリヒユを採集し、日本列島各地およびグアムの個体群との遺伝的比較を実施した。
・西之島のスベリヒユは父島の個体群と最も遺伝的に近縁であることが判明した。
・一方で、西之島の個体群には固有の遺伝的特徴も見られ、ごく少数の種子による定着や自然撹乱の影響を受けた結果、遺伝的構成が偏り、独自の進化が進行していた可能性が示唆された。
・創始者効果や遺伝的浮動の痕跡を捉えることで、島しょにおける初期生態系の構築メカニズムを解明する手がかりが得られた。
3.研究の背景
西之島は、小笠原諸島・父島の西北西約130kmに位置する海洋島で、2013年以降の火山活動により地形が大きく変化し、現在では島内の植生がすべて消失しています。この島は周囲に他の陸地がほとんど存在しない極めて孤立した環境にあり、植物の定着から群集の成立に至る一連のプロセスを、自然の実験場として観察できる貴重な場となっています。本研究では、噴火によって完全に植生が失われる前の2019年に採集されたスベリヒユの標本をもとに、西之島における植生の起源や成立過程を、分子遺伝学的手法を用いて明らかにしました。
図1. 2019年に撮影された西之島の海岸付近の様子
火山活動によって広範囲が溶岩に覆われる中、溶岩縁部のわずかな土地に残存した植生が確認される。
4.研究の詳細
本研究では、2019年に火山活動の合間を縫って採集された西之島のスベリヒユを含め、日本列島およびグアムの計51集団254個体を対象に、葉緑体ゲノムの塩基配列と核ゲノム全体の一塩基多型解析を実施しました。解析の結果、西之島の個体群は父島の個体と同一の葉緑体ゲノム塩基配列を有し、他地域の個体とは異なる系統であることが明らかとなりました。また、核ゲノムにおいても西之島は父島と最も近縁である一方、独自の遺伝的組成を示しており、西之島の集団が遺伝的分化を遂げていたことが示されました。このような遺伝的な独立性は、ごく限られた種子の定着による創始者効果や、火山活動や台風などによる個体数の著しい変動による遺伝的浮動の影響を受けた結果であると考えられます。一方、小笠原諸島の父島および母島には2つの異なる系統のスベリヒユが定着していることが示唆されており、小笠原諸島全体としてみたときには2回以上の種子の移入が起こった可能性が示されました。
図2. 葉緑体ゲノムの系統の分布(a)と核ゲノム全体の一塩基多型に基づく遺伝構造(b)
西之島には父島と同じ系統が分布している(a)。また、西之島の個体群は独自の遺伝的組成を持っている(b)。
5.研究の意義と波及効果
本研究は、近年の火山活動によって完全に植生が消失した西之島において、かつて生育していた植物(スベリヒユ)の遺伝的特徴を初めて明らかにしたものです。2019年の調査で得られた貴重な試料を用い、葉緑体および核ゲノムの解析を通じて、個体群の起源が父島にあること、さらに西之島集団が独自の遺伝的組成を持っていたことが示されました。これにより、植物の定着初期における遺伝的多様性の形成過程や、創始者効果・遺伝的浮動の影響が具体的に捉えられました。
現在の西之島にはいかなる植物も存在していませんが、過去に一時的に成立した植生がどのような過程で形成されたのかを遺伝学的に復元した本研究は、海洋島における初期生態系形成メカニズムの解明に大きく貢献するものです。西之島が火山活動によって繰り返しリセットされる動的環境であることを考えると、今後の再定着や植生回復過程を長期的にモニタリングするための基礎資料としても重要な意味を持ちます。
6.論文情報
タイトル:Origin of populations of Portulaca oleracea on Nishinoshima, an active volcanic oceanic island
著者:Hiroshi Noda*, Tomoyuki Nakano*, Kazuto Kawakami, Takashi Kamijo, Mari Marutani, Michael Angelo Paragas Fernandez, Koji Takayama**
*Equally contributed, **Corresponding author.
掲載誌、巻、頁:Plant Systematics and Evolution (2025)
DOI:10.1007/s00606-025-01957-y
7.注釈
*1 創始者効果:ごく少数の個体が新しい場所に移動して、新たな集団をつくるとき、その少数個体の遺伝子がもとの集団全体の遺伝的特徴を正確に反映していないために、新しい集団の遺伝的性質が偏る現象。
*2 遺伝的浮動:集団内の遺伝子頻度が自然選択ではなく、偶然によって変化する現象。特に島の生物群のように小さな集団で顕著に起こりやすい。
8.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費(JP23K23945、JP23K20303、JP21KK0131)、環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20204006)、東京都-京都大学産学連携事業エコロ知カルネットワーク事業の研究助成を受けて行いました。
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