硬水は噴霧化によって軟化できることを発見
2023年7月27日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
硬水は噴霧化によって軟化できることを発見
【本研究のポイント】
・硬水を大気に噴霧すると、収集された水の中に白い沈殿物と微細な泡が生成され、水のpHが上昇し、Ca2+濃度と電気伝導度が減少した。
・硬水の硬度が高いほど、また、噴霧化処理時間が長いほど、さらに、4℃に比べて20℃の方が、Ca2+濃度の変化が顕著だった。
・噴霧化処理後、収集された水を静置させておくと、時間の経過とともに白色沈殿物が増加し、逆に、Ca2+濃度は減少して最終的にEU加盟国のガイドラインの推奨範囲内にほぼ収まった。
・噴霧化処理に伴い大量のファインバブル(FBs)が生じた。
・本現象は、噴霧化に伴う気液界面積の拡大とFBsの発生に起因すると考えられた。
【研究概要】
世界には多くの硬水注1)地域があります。日常の硬水使用は、カルシウム過剰摂取による前立腺癌の発症リスク増加や、配管内での無機塩類(主に炭酸カルシウム(CaCO3))の析出量増加などさまざまな問題を引き起こします。東海国立大学機構 岐阜大学教育学部家政教育講座 久保和弘 教授は、株式会社TKS(岐阜県岐阜市)との共同研究で、硬水を噴霧化処理することにより、硬水中のカルシウムイオン(Ca2+)濃度と電気伝導度が減少することを発見しました。本技術は、硬水を容易に適度な硬度注2)に軟化することができるので、高い汎用性が期待されます。
本研究成果は、2023年7月27日に食品科学工学の国際誌であるFood Science and Technology Research誌のオンライン版で早期公開されました。本公開は、Vol.29, No.6、2023年11月20日の予定です。
【研究背景】
日常生活の硬水使用はさまざまな問題を引き起こします。例えば、2g/日以上のカルシウム摂取による転移前立腺癌の発症リスクは、0.5g未満と比較して、ほぼ5倍上昇することが報告されています。また、硬水が加熱されると、CaCO3の沈殿物が生じ、硬度が200 mg/L CaCO3を超える場合には、pHやアルカリ度などの要因の相互作用により、配管内での無機沈殿物の量が増加し、また、石鹸の消費量が増えます。一方、硬度が100 mg/L CaCO3未満の場合には、緩衝能力が低いため、配管の腐食が起こります。硬水地域は世界中に存在し、特にヨーロッパ、北アメリカ、そしてアジアに多く、このような地域ではしばしば水の軟化処理が行われています。しかし、既存の軟化技術は下記1-5に示すような課題を有しています。
1.晶化法や凝固沈殿法は、強アルカリ剤の利用による後処理として、pH調整を必要とします。
2.逆浸透膜(RO膜)法は、硬度成分の析出を防止するために、浸透された水量より2-3倍多い高濃度水を同時に排出することが必要です。
3.膜濾過法で使用されるナノ濾過や電気透析は、比較的規模の大きな装置と電子機器を使用し、かつ、膜の専門的保守を必要とします。
4.イオン交換法は、樹脂再生のために高濃度塩化ナトリウム溶液を必要とするため、生成される排水が問題となっています。
5.電気再生式脱塩装置(EDI)は、超硬水の処理に不適当であるため、しばしばRO膜と併用されます。
我々は、硬水の気液界面積を極大化することで、硬水中の過飽和二酸化炭素(CO2)を揮発させ、CaCO3の沈殿を促進できるならば、水の軟化が実現できるという仮説を立て実験を行いました。その結果、噴霧化を利用した非常にシンプルな軟化技術を開発しました。
【研究方法】
図1は硬水の噴霧化処理の模式図です。実験には、3つの濃度の合成硬水と、天然水として商業的な硬水「Evian」(フランス)を用いました。ビーカーに硬水200mLを入れ、ビーカーと噴霧化ノズルをチューブで接続し、チューブの中央に加圧ポンプ、および、圧力計を取り付けました。温度条件は4℃、または、20℃としました。吸引された硬水は、チューブ中を流れ、圧力1 MPa(約10気圧)で噴霧化ノズルからビーカー内に霧として噴霧されました。ビーカーに集められた噴霧化水は、順次再循環されるか、測定のためのサンプルとして保存されました。噴霧化時間(At)は以下のように設定しました。吸引から噴霧まで200 mLあたりの通過時間は47秒。1回通過(47秒)、At 15分、At 30分、At 60分、およびAt 120分。噴霧化処理後、各硬水サンプルは4℃、または、20℃で72時間静置されました。
図1. 硬水の噴霧化処理の模式図
【研究成果】
図2は「合成硬水における噴霧化処理時間(At)と静置時間(St)の関係(4℃)」を示しています。
<基本的な考え方>
式1に示すように、水のpHは炭酸平衡注3)に依存します。硬水は、一般的にCO2が過剰に溶解しており、式1により炭酸水素カルシウム(Ca(HCO3)2)水溶液として炭酸水素イオン(HCO3-)とCa2+に電離しています。Ca(HCO3)2水溶液が加熱されるとき、溶解している分子状の炭酸塩(H2CO3)、および、HCO3-は熱分解されます。その時、炭酸イオン(CO3 2-)濃度が増加するので、式1で示される反応は右へ進み、そして、水素イオン(H+)濃度が低下するためpHは一時的に増加します。その後、液相中のCO2ガス濃度が上昇すると、式1は左方向に進み、溶液のpHが低下し,溶液のpHはおよそ7.4となります。対照的に、CO2ガスが気相へ移動すると、CaCO3の析出が促進されます。
Ca(HCO3)2 ⇋ Ca2+ + 2HCO3- ⇋ Ca2+ + 2CO3 2- + 2H+ ⇋ CaCO3↓ + CO2↑ + H2O・・・・・式1
<開封直後>
硬水を密栓貯蔵した瓶を開栓すると、合成水と天然水のpHは、静置24時間以内に増加し、硬度が高い合成硬水(550mg/L CaCO3(220mg/L Ca))では軽微な白色沈殿が生成されました。水中に溶解していたCO2が気相に移行することで、式1が右方向に進み、pHは上昇しCaCO3が析出したと考えられます。
<非噴霧化処理>
噴霧化処理を行わない場合(Original water)は、pHが静置24時間以降に減少して、元のレベルに戻る傾向がありました。これは、ヘンリーの法則によって定義される水相と気相の間の炭酸平衡に起因していたと考えられます。
<噴霧化処理>
噴霧化処理を行うと、白色沈殿が直ちに生じて、試験水のpHは増加しました。静置24時間以降、増加したpHは維持される傾向があり、かつ、白色沈殿はゆっくり増加しました。硬度が高いほど、そして、噴霧化処理時間が長いほど、これらの現象は顕著でした。これは、CO2の気相への移行が静置中に連続的に進行したことを示唆しています。従って、本軟化現象は二相性であると考えられます。
<二相性のメカニズム>
本軟化現象は、噴霧化処理の直後に起こる急峻な変化と、その後の時間経過とともに続く緩徐な変化に分けられると考えられます。前者は、硬水が空気中で瞬間的に霧化され、かつ、多量のマイクロバブル(MBs)が生成したことによる気液界面積の拡大に起因すると考えられ、一方、後者は、イオンや分子の蓄積による核の形成、およびその後の成長によるCaCO3結晶の形成に起因すると考えられます。噴霧化処理直後に硬水は微粒子化され、気液界面積は極大化し、同時に、1MPaから大気圧(約0.1MPa)まで大幅な減圧が瞬時に起こりました。この急転が過度に飽和したCO2ガスの脱気を促進したと考えられます。さらに、急激な減圧はキャビテーションを引き起こしました。その物理的なプロセスは沸騰に似ています。すなわち、液体流中の局所圧力が一時的に飽和蒸気圧未満に低下すると、100μm未満の極小の「気泡核」が液体中で沸騰し、非常に小さなファインバブル(FBs)が多数生成されることが知られています。噴霧化処理によって生じた大量のウルトラファインバブル(UFBs)はその証拠です(図3)。図3は「合成硬水における噴霧化処理時間(At)がUFBs生成に与える影響(4℃)」を示しています。
<ファインバブル(FBs)>
FBsは、直径が100μm未満の小さな気泡と定義され、マイクロバブル(MBs)(1-100μm)とUFBs(1μm未満)に分類されます。UFBsは無色透明であるため視覚的には確認することができませんが、MBsは溶液を濁らせるため目視で確認することができます。本研究でも、著明な白い曇りが、噴霧化処理の開始直後に観察されました。従って、UFBsだけでなくMBsも多量に生成されたと考えられます。MBsは、キャビテーションの発生時に過飽和状態のCO2ガスの一部から生成され、浮力によって表面へ運ばれて液体表面から急速に気相へと放出されたと考えられます。これが噴霧化に伴う硬水の気液界面積拡大と相まって、軟化現象の初期にCa2+濃度の急激な減少を引き起こしたと推察されます。一方、UFBsは、浮力に比べてブラウン運動(熱運動)の影響を強く受けるため、液体表面に浮上せず、安定して水中に存在します。UFBsの内圧は、体積に反比例して急上昇し、非常に高い圧力(10-500 MPa)および非常に高い温度(1000-10,000 K)になるとされています。これは、高度に局所化されたエネルギー密度によるもので、一部のUFBsが崩壊して瞬間に高いエネルギーを発生する現象が、液体が流れるあらゆる場所で起こり、装置の性能の劣化や材料の破壊と関連することが知られています。噴霧化処理によって生成されたUFBsは崩壊時に高いエネルギーを生み出し、沸騰と同様にCa(HCO3)2からの脱水および脱炭酸反応を誘発した可能性があり、静置24時間以降のCaCO3の緩慢な析出に関係していたと考えられます。
【今後の展開】
2018年12月にEU加盟国は、飲用水道水中のCaおよび他のミネラルの濃度に関するガイドラインを公表しました。このガイドラインによれば、軟化水に必要なCa濃度の下限は30 mg/L Ca(硬度、75 mg/L CaCO3)であり、また、健康リスク低減の観点から推奨されるCa濃度は40-80 mg/L Ca(硬度、100-200 mg/L CaCO3)です。我々が開発した軟化技術で得られる水のCa2+濃度は、上記の推奨範囲にほぼ相当します。本技術は硬水を容易に、適切な硬度に軟化できるため、高い汎用性を持つと考えられます。世界には大きな需要があることから、今後、この技術を応用した製品を開発する予定です。
【論文情報】
雑誌名:Food Science and Technology Research
論文タイトル:Hard water can be softened by atomization
著者:Kazuhiro KUBO, Mayu Kasumi, and Takatoshi Yamashita
早期公開:2023年7月27日
本公開: Vol.29, No.6、2023年11月20日
DOI: 10.3136/fstr.FSTR-D-23-00059
【用語解説】
注1) 硬水:
WHOの分類によると、CaCO3の濃度が60 mg/L未満は軟水、60-120 mg/Lは中硬水、120-180 mg/Lは硬水、180 mg/L以上は超硬水とされています。
注2)硬度:
水の硬度はカルシウムとマグネシウムの重量に依存し、リットル当たりの炭酸カルシウム(CaCO3)のミリグラムとして式2で示されます。通常、自然水ではカルシウムの濃度が高い状態にあります。
硬度 (mg/L CaCO3) = Ca (mg/L) × 2.497 + Mg (mg/L) × 4.118 ・・・・・式2
注3)炭酸平衡:
自然界では,大気中のCO2が水に溶解して水和状態となる反応と、逆に、水中の炭酸物質が大気のCO2と水に戻る反応が常に繰り返されています。この平衡反応は地球上の気候や海洋の酸性化に影響を与えています。
【研究支援】
本研究は、株式会社TKS(岐阜県岐阜市)の共同研究費による支援を受けました。
久保 和弘(くぼ かずひろ)
岐阜大学教育学部 教授
「当研究室では、地域企業との共同研究等を通じて、食品の機能性を探求し、人々の健康の保持・増進に資する食品や食生活を提案しています。同時に、これらを通じて、食育分野の課題の解決に取り組み、視野が広く専門性の高い家庭科教員の養成を目指しています。」
山下 貴敏(やました たかとし)
「株式会社TKSは、1965年に、たった1台の汎用旋盤からはじまり、『水栓バルブ発祥の地』と呼ばれる岐阜県山県郡美山町(現山県市)で、わたしたちの製造技術が育まれました。水栓バルブ発祥の地・美山で培ったモノ創りの心を大切に、シャワーヘッドのみならず、その分野の専門的知識をお持ちの大学、会社様との共同研究・開発を通じ、多くの分野でのウルトラファインバブルの活用・製品化を目指し、社会貢献に努めます。」
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
- 所在地 岐阜県
- 業種 大学
- URL https://www.gifu-u.ac.jp/
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