磁性元素を含む新しい超伝導体を発見! ~学生実験の自由テーマの中で発見された超伝導体~
概要
東京都立大学大学院理学研究科の島田竜之介(大学院生、以下島田大学院生)、山下愛智助教、水口佳一准教授、北海道大学大学院工学研究院の三浦章准教授、広島大学先進理工系科学研究科の森吉千佳子教授、ローマ大学サピエンツァ校Naurang L. Saini准教授らの研究グループは、遷移金属ジルコナイドFe1-xNixZr2を新たに合成し、超伝導体であることを見出しました。超伝導は低温で生じる量子現象であり、電気抵抗の消失などの性質を示し、超伝導磁石や超伝導ケーブル、超伝導デバイスなど様々な場面で応用されています。本研究では、どちらも超伝導体でないFeZr2とNiZr2に着目し、その Fe1-xNixZr2 固溶系[1]を作製することで、超伝導が発現することを見出しました。また、 Fe1-xNixZr2 固溶系は、本研究で初めて合成されたものです。島田大学院生が学部3年次の学生実験(物理学実験第四(2022年次開講))で、山下助教の指導のもと行った自由テーマ実験での発見を出発点とし、ローマ大サピエンツァ校での実験留学を経て、修士論文の研究テーマに発展させました。
本研究成果は、11月7日(現地時間)付けでElsevierが発行する英文誌Journal of Alloys and Compoundsに発表されました。本研究の一部は、東京都立大学とローマ大サピエンツァ校の協定、科研費・海外連携研究(研究代表:水口佳一、課題番号:23KK0088)、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」 (研究総括 : 内田健一、課題番号 : JPMJER2201)、東京都立大学創発未来社会研究プロジェクトおよび東京都高度研究(研究代表:水口佳一、課題番号:H31-1)の支援を受けて行われました。
ポイント
・磁性元素である鉄(Fe)とニッケル(Ni)を含む新しい超伝導体Fe1-xNixZr2を発見。
・超伝導体でないFeZr2とNiZr2を固溶させることで超伝導が発現する。
・NiZr2の磁気秩序近傍での非従来型超伝導の可能性がある。
研究の背景
超伝導[2]は低温で生じる量子現象であり、電気抵抗の消失などの性質を示し、超伝導磁石や超伝導ケーブル、超伝導デバイスなど様々な場面で応用されています。現在の超伝導応用では、4 K(ケルビン)[3]以下の低温で動作するものが主流ですが、液体窒素温度(77 K)で超伝導状態になる高温超伝導体[4]を利用した超伝導応用の研究開発も進んでいます。高温超伝導のメカニズムは物質の磁気秩序[5]と関連があり、磁性元素を含んだ物質や磁気秩序を示す物質の周辺での高温超伝導探索が進められてきました。2008年には鉄系高温超伝導体[6]が発見され、さらにごく最近の研究で、ニッケル系酸化物[7]での高温超伝導が発見され、新物質探索が活気を帯びています。
本研究では、古くから知られるCuAl2型構造を有する遷移金属ジルコナイド(TrZr2:Trは遷移金属元素、Zrはジルコニウム)に着目しました。TrZr2は様々な遷移金属がTrサイトを占有でき、その超伝導転移温度はRhZr2の11 KやCoZr2の6 Kなど比較的高いことが知られていました。一方、FeZr2やNiZr2など磁性元素を含む物質では超伝導が観測されておらず、その物性も十分に解明されていませんでした。
研究の詳細
本研究では、超伝導体を示さないFeZr2とNiZr2を固溶させたFe1-xNixZr2を新たに合成し、その結晶構造と物性を評価しました。多結晶試料をアーク溶解炉[8]で合成し、X線回折[9]によって結晶構造が連続的に変化することを確認しました。図1(a)にFe1-xNixZr2の結晶構造図を示します。FeとNiはTrサイトで固溶しており、ZrサイトにはZrのみが占有しています。図1(b)にX線回折パターンを示すとおり、ピークシフトが観測され、Ni置換によって格子定数が変化していることがわかります。図1(c)に格子定数aおよびcのNi置換量依存性を示します。Fe1-xNixZr2ではNi置換によってa軸が長くなり、c軸が短くなることがわかります。Niが系統的に置換されていることは、電子顕微鏡や光電子分光を用いた元素分析からも確認できました。
超伝導特性は磁化率測定、電気抵抗率測定、比熱測定から評価しました。図2(a)の磁化率の温度依存性が示すとおり、Ni置換によって、大きな反磁性シグナルが観測され、超伝導が発現することが確認できました。Ni置換によって、大きな反磁性シグナルが観測され、超伝導が発現することが確認できました。x = 0.6において、本系最高の転移温度(2.8 K)が観測され、図2(b)に示すとおりドーム型の超伝導相図が得られました。ドーム型の超伝導相図は、銅酸化物系や鉄系、ニッケル酸化物系の高温超伝導体においてもみられており、元素置換によって超伝導発現機構に関連する物理量が最適化されている可能性があります。
磁化の温度依存性を室温まで測定したところ、図3に示すとおり30 K付近で磁化の異常が観測されました。磁場中冷却(FC)およびゼロ磁場中冷却(ZFC)のどちらのデータにおいても磁化の異常が確認されており、磁気秩序が生じている可能性があります。現時点では磁性の詳細は解明できていませんが、NiZr2が磁性体であり、Fe/Ni固溶によってその磁性が弱められることで超伝導が発現し、ドーム型の超伝導相図になっている可能性があります。このことは,磁性近傍で発現する非従来型超伝導[10]の可能性を示唆しています。今後は、NiZr2の磁性やFe1-xNixZr2の超伝導特性を詳細に研究することで、TrZr2系の転移温度のさらなる上昇を目指します。
図1.(a) Fe1-xNixZr2の結晶構造図 (b) X線回折パターン (c) 格子定数aおよびcのNi置換量依存性
図2.(a) 磁化率の温度依存性(常伝導状態の磁化率をゼロに規格化し比較)。ZFCはゼロ磁場中冷却を意味する。(b) 超伝導転移温度のNi置換量依存性
図3.NiZr2の磁化の温度依存性。磁気秩序と思われる異常が30 K付近で観測された。FCは磁場中冷却を意味する。
研究の意義と波及効果
本研究では、磁性元素である鉄とニッケルを含む超伝導体を発見し、磁気秩序近傍での超伝導の研究対象候補として新たな物質系を提案しました。現時点での転移温度は低いですが、今後の超伝導機構解明研究から新たな非従来型機構が見出され、超伝導転移温度が上昇する可能性が期待できます。また、超伝導体でない2つの物質を固溶させることで超伝導が発現したことや、本物質が学生実験の中で発見されたことは、世の中には知られていない超伝導体が多く存在していることを示しています。
(用語解説)
[1]固溶系
異なる元素を物質中の原子サイトに混在させ、合金のような状態にした物質系を固溶系と呼ぶ。
[2]超伝導(超伝導転移温度)
低温で生じる量子現象であり、電気抵抗の消失、完全反磁性など特徴的な性質を示す。物質が超伝導状態に転移する温度を超伝導転移温度と呼ぶ。超伝導状態では、電子がクーパー対(電子対)を形成する。
[3]K(ケルビン)
絶対温度の単位。0℃は約273 Kである。
[4]高温超伝導体
比較的高い超伝導転移温度を有する超伝導体の総称。39 Kの転移温度を持つMgB2や、50 Kを超える転移温度を持つ鉄系超伝導体、さらに液体窒素温度(77 K)をはるかに超える転移温度を有する銅酸化物系がある。最近の研究では、水素を含む超伝導体において、超高圧下ではあるが200 Kを超える超伝導転移温度が見出されている。
[5]磁気秩序
物質の持つスピンの性質を磁性と呼び、スピンが秩序化して整列する現象を磁気秩序と呼ぶ。スピンが同じ向きに配列した強磁性秩序や、上向きと下向きスピンが交互に整列した反強磁性秩序などが典型例である。
[6]鉄系超伝導体
2008年に日本で発見された高温超伝導体であり、FeAs層やFeSe層などを含む層状化合物である。バルク物質の最高転移温度は58 Kであり、薄膜試料では100 Kの転移温度が観測された報告もある。
[7]ニッケル系酸化物
銅酸化物系高温超伝導体と類似の層状構造を持つ酸化物の総称であり、高圧下ではあるが80 K級の高温超伝導がごく最近報告された。
[8]アーク溶解炉
アーク放電を生じさせ、金属試料を溶解し反応させる炉。実験は不活性ガスであるアルゴン雰囲気中で行う。
[9] X線回折
物質中の結晶構造をX線によって分析する手法。原子配列の周期を表す格子定数(aやc)を評価することができる。本研究ではX線が入射角 θ で試料に入射し、試料面に対して2 θ 方向の検出器で分析する θ -2 θ 法を用いた。
[10]非従来型超伝導機構
多くの超伝導体は格子振動を媒介に電子対を形成し、超伝導状態を発現する。この格子振動による機構を従来型超伝導機構とよぶ。一方、銅酸化物系や鉄系の高温超伝導体では、磁性(スピン)の揺らぎを媒介とした機構が知られており、非従来型超伝導機構と呼ぶ。
(論文情報)
タイトル:Superconducting properties and electronic structure of CuAl2-Type transition-metal zirconide Fe1-xNixZr2
著者:Ryunosuke Shimada, Yuto Watanabe, Lorenzo Tortora, Giovanni Tomassucci, Muammer Yasin Hacisalihoglu, Hiroto Arima, Aichi Yamashita, Akira Miura, Chikako Moriyoshi, Naurang L. Saini, Yoshikazu Mizuguchi(責任著者)
掲載誌、巻、頁:Journal of Alloys and Compounds、1010、177442 (2025)
DOI: 10.1016/j.jallcom.2024.177442
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