金属など地殻資源利用の新たなプラネタリー・バウンダリー
水資源の持続可能性に応じて制限されうる地殻資源の生産許容量を推定
ポイント
・ 水資源不足による金属などの供給途絶を予見
・ 脱炭素技術で需要の増加が予測される銅は、現在の生産量の37%がすでに生産許容量を超過
・ 世界の地殻資源生産に伴う水消費と水資源の利用可能性から見た生産許容量の超過
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)安全科学研究部門 Islam Kamrul 主任研究員、前野 啓太郎 研究員、横井 崚佑 主任研究員、本下 晶晴 研究グループ長は、シドニー工科大学 Damien Giurco 教授、九州大学 加河 茂美 主幹教授、東京大学 村上 進亮 教授らと、水資源を持続的に利用できる条件下で、金属などの地殻資源の生産許容量を推定する手法を開発しました。
これまで金属などの生産許容量は地殻中に存在する埋蔵量に左右されると考えられていました。本手法では金属などの生産に不可欠な水資源の利用可能量を制約とした生産許容量を推定でき、対象とした32種の資源のうち25種の資源において現在の生産量はすでに生産許容量を超えていることを明らかにしました。特に銅は、脱炭素化に向けて再生可能エネルギー・蓄エネルギー(再エネ・蓄エネ)などの技術の普及が進むことで需要が増加すると予想される中、2010年時点で生産量の37%がすでに生産許容量を超えており、銅を必要とする製品は早急な対策が必要となります。本成果は、再エネ・蓄エネといった技術の普及の阻害要因となる金属などの供給途絶を予見し、資源利用効率とリサイクル性の向上、代替資源の事前の探索などを支援します。
なお、この技術の詳細は、2025年3月14日(日本時間)に「Science」にオンライン掲載されます。
開発の社会的背景
脱炭素社会の実現に向けて再エネや蓄エネといった技術の普及に欠かせない金属などの地殻資源は、地殻中の埋蔵量がその利用可能性を左右すると考えられてきました。一方、金属などの資源は採掘、選鉱や精錬などのさまざまな生産プロセスに多くのエネルギーや水資源を必要とします。気候変動や水資源枯渇などの環境問題への関心が高まる中、水資源の持続可能な利用限界(プラネタリー・バウンダリー)の範囲内で、金属などの資源の生産を継続、あるいは今後の需要の増加に対応して増産できるのかという懸念があります。
特に、水資源の利用可能量は、地域によって異なりますが、世界全体の全需要量の24%がすでに限界量を超過しています。持続的な水消費の限界量を超えた地域で金属などの資源が生産されている場合、その生産が制限され、資源の供給が途絶することが懸念されます。ところが、水資源の利用可能量によって資源生産がどれだけ制限されるのかは、これまで科学的に明らかにされていません。
研究の経緯
産総研は、水や金属などの自然資源利用の持続可能性を評価する手法の研究開発において、資源の生産可能な限界量の推定に取り組んでいます。これまでに水資源の持続可能な利用限界量を世界の流域単位で推定する手法を開発し、現在の水資源消費の24%が限界量を超過していることを明らかにしました※1。この成果を基に、シドニー工科大学、九州大学、東京大学と共同して、世界の鉱山において金属などの地殻資源の生産に必要な水資源量を推定しました。さらに、鉱山周辺の流域における水資源の持続可能な利用限界量から各鉱山における地殻資源の生産許容量を推定する手法を開発しました。
本研究開発は、日本学術振興会の科学研究費助成事業18KK0303、21H04944、23K28302、24K20966による支援を受けた成果の一部を利用して実施されています。
研究の内容
水資源の持続的な利用限界量という制限の下で、金属などの地殻資源がどれだけ生産できるのかという生産許容量を世界の7-8割にあたる約3,300の鉱山を対象に推定しました。生産される地殻資源やその生産量の情報を鉱山ごとに集めて、2010年における各資源の生産に必要な水消費量を推定しました(図1a)。水資源の消費量は、図1bに示すように世界全体の総量として見ると鉄が最も多く、続く石炭、リン、銅、金、ニッケルを含めて全体の94%を占めています。この鉱山別の水消費量を基に、図2aに示す世界の流域における水資源の持続可能な利用限界超過率を乗じて、各鉱山における持続可能な利用限界を超えた水消費量を推定しました。今回分析対象とした主要な地殻資源32種のうち25種の地殻資源の生産に伴う水消費が水資源の持続可能な利用限界を超過しており、図2bには水資源の利用限界の超過割合が高い上位10種の地殻資源について、資源生産に必要な水消費量とそのうち水資源の利用限界量を超えている割合を示しました。鉄の水消費量は多いものの利用限界量を超えた資源生産の割合は生産量の9%で、一方、銅の水消費量は鉄に比べて小さいものの、利用限界を超えた資源生産の割合は生産量の37%にも達しています。このことからも資源生産のための水消費量の多少だけでなく、生産地域によって水資源の持続的な利用限界量により資源生産が制限されることが分かります。
また、気候変動目標の議論にも用いられている共通社会経済経路(Shared Socioeconomic Pathways: SSP)という将来の社会・経済変化に関するシナリオに基づいて、金属などの地殻資源の需要が将来にわたり変化することで資源生産に伴う水消費量がどれだけ変化するかを予測しました。この将来予測では、世界の人口や経済成長、資源のリサイクル量の変化に伴い、銅の需要とその生産量も変化します。図3は、銅生産の変化に伴う必要な水消費量を変動しうる幅とともに示しており、シナリオによって結果は異なりますが、持続可能なシナリオであるSSP1のケースで2010年時点と比べて最大で203%の水消費が必要となる結果となりました。銅の生産は、2010年時点で生産量の37%がすでに生産許容量を超過しており、将来に増加が見込まれる銅の需要を満たすためには、銅の生産に必要な水消費効率の改善に加えて、銅を必要とする技術の資源利用効率やリサイクル性の向上、代替資源の探索など、早急な対策が必要であることが明らかとなりました。
これらの成果により、再エネ・蓄エネ技術など今後普及が加速すると考えられている技術に必要となる、金属などの地殻資源の供給途絶の懸念が明らかになりました。代替資源の選択や資源の調達先の鉱山や国の変更の検討、資源利用効率向上の目標やリサイクル目標の設定など、本手法は再エネ・蓄エネ技術などの開発とその普及を支援し、これらの政策立案に役立ちます。
今後の予定
今回は水不足という一つの環境問題を対象として分析を行いました。今後は気候変動や土地利用といった地殻資源の生産と深い関わりのある環境問題へと対象を広げて分析し、地殻資源の生産許容量のより詳細な推定へと進めます。これにより、今後、再エネ・蓄エネ技術など地殻資源を必要とする技術の普及の妨げとならないように、資源の供給途絶を回避する対策を見出すことに貢献します。
論文情報
掲載誌:Science
論文タイトル:Geological resource production constrained by regional water availability
著者:Kamrul Islam, Keitaro Maeno, Ryosuke Yokoi, Damien Giurco, Shigemi Kagawa, Shinsuke Murakami, Masaharu Motoshita
DOI:10.1126/science.adk5318
参考文献
※1 Regional Carrying Capacities of Freshwater Consumption-Current Pressure and Its Sources. Environmental Science & Technology. (2020) DOI: 10.1021/acs.est.0c01544
用語解説
地殻資源
地球の地殻中に存在する金属などの鉱物、岩石、石炭などの堆積物。
(地殻資源の)生産許容量
地殻資源の生産に必要な水資源の利用可能量の中での、地殻資源の最大の生産量。
プラネタリー・バウンダリー
地球上の生物が持続的に生存していくために、人間活動による地球環境への影響として受容できる限界点。
持続的な水消費の限界量
ある流域における水資源の存在量から水域生態系保全のために必要とされる水資源量(環境用水量)を差し引いた、人間が利用可能な水資源量。
共通社会経済経路(Shared Socioeconomic Pathways: SSP)
将来の社会像として今後世界が取りうる五つの経路をシナリオとしてまとめたもの。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書の中で社会の変化によって温室効果ガス排出量がどのように変化するのかを予測するためのシナリオとして利用されているものを、今回は地殻資源の生産量の変化の予測に援用。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250314/pr20250314.html
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このプレスリリースを配信した企業・団体

- 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
- 所在地 茨城県
- 業種 政府・官公庁
- URL https://www.aist.go.jp/
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