白金超え次世代合金のメソポーラス単結晶化で高性能触媒
メタノール分解効率が従来の2.9倍に
2025年6月10日
早稲田大学
名古屋大学
白金超え次世代合金のメソポーラス単結晶化で高性能触媒 メタノール分解効率が従来の2.9倍に
【発表のポイント】
● 白金など5種の金属からなりメソポーラス構造※1を有する単結晶※2の高エントロピー合金※3を、ナノレベルで多孔質に合成することに初めて成功しました。
● 従来の白金触媒より2.9倍高い活性を持つメタノール燃料電池※4用材料を実現しました。
● 充放電サイクル耐性が非常に優れ、約2,500回の充放電後においても最大値に対して93%の性能を保持しました。
● 白金材料節減による環境負荷の低減や、電気自動車・ポータブル発電機など次世代エネルギー機器への応用が期待されます。
電池や燃料電池などで使われる白金触媒は高価であり、より安価かつ高性能な代替材料の開発が求められています。こうした中、名古屋大学、早稲田大学、物質・材料研究機構の研究グループは、最大93%の性能維持を実現する、メソポーラス構造を有する単結晶高エントロピー合金の開発に成功しました。従来困難だった五元素以上の合金の単結晶化と高比表面積化を両立し、白金触媒の2.9倍の性能を示しました。
本研究は、JST-ERATO「山内物質空間テクトニクスプロジェクト」による成果で、研究にはプロジェクト研究総括の名古屋大学大学院工学研究科の山内悠輔(やまうちゆうすけ)卓越教授の下、早稲田大学理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授がプロジェクトマネージャー、同大学ナノ・ライフ創新研究機構の奈良洋希(ならひろき) 研究院准教授がグループ統括として、物質・材料研究機構 主任研究員 Ravi Nandan氏、Joel Henzie氏らが携わりました。
本研究成果は、アメリカ化学会により発行される「Journal of the American Chemical Society」に2025年5月27日にオンライン公開されました。
論文名: Mesoporous Single-Crystal High-Entropy Alloy
図1 メソポーラス単結晶高エントロピー合金(HEA)の電子顕微鏡像とHEA構成元素マッピング
(1)これまでの研究で分かっていたこと
高エントロピー合金(HEA)は、5種類以上の金属元素を混合した合金であり、多様な活性点※5を持つことから、触媒材料として注目されてきました。また、単結晶構造は電気化学反応において高い性能と安定性を持つことが知られていました。しかし、複数元素からなる単結晶のHEAを、ナノサイズかつ均一な多孔質構造で合成することは、これまで極めて困難とされていました。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では、「単結晶×多孔質×高エントロピー合金」という3つの難題を同時に解決する新たな合成技術を開発しました。研究チームは、界面活性剤を用いた「ソフト化学合成法※6」を活用し、白金族金属(Pt、Pd、Ru、Ir、Rh)を均一に混ぜ合わせた合金に対して、ミセル構造※7をテンプレートとしナノスケールのメソポーラス球状合金粒子を形成しました。(図1)
この手法により、粒子全体にわたって均一なメソポアが存在する単結晶HEAを合成することに成功しました。実験により、従来の白金触媒(Pt-C)と比較して、メタノール酸化反応※8における電流密度が最大2.9倍(触媒あたりで計算、高価な白金重量あたりに換算すると4.5倍)(図2)、かつ2,500回以上の繰り返しでも最大値に対して93%(市販白金触媒では60%)の性能を保持できることが確認されました。(図3)
この優れた性能は、以下の3つの効果によるものです。
1. 多孔質構造による活性面積の増加と物質移動の促進
2. 単結晶構造による電荷移動の効率化
3. 多元素合金による表面電子の最適化とCO被毒性の抑制
これにより、次世代の高性能・高耐久な電極材料として、燃料電池や水電解装置など、さまざまな電気化学デバイスへの応用が期待されます。
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図2 メソポーラス単結晶HEA、メソポーラス多結晶HEA、従来の白金触媒のメタノール酸化性能比較
図3 メソポーラス単結晶HEAの劣化サイクル試験結果
(3)研究の波及効果や社会的影響
本成果は、脱炭素社会に向けたクリーンエネルギー技術の進展に大きく貢献します。とくに、メタノール燃料電池などの次世代エネルギーデバイスにおいて、高効率で長寿命の触媒としての応用が期待されます。また、今回確立した合成手法は、他の金属系材料にも応用可能であり、触媒だけでなくセンサーや電子材料、環境浄化材料への波及効果も見込まれます。
(4)課題、今後の展望
本研究では、白金族金属をベースとした単結晶HEAを対象としましたが、今後はより安価で入手しやすい金属を含めた多元素系への展開が課題です。また、より大型のセルや実用環境での耐久性検証も必要です。将来的には、水素生成や二酸化炭素還元などの反応系にも応用し、エネルギー・環境分野のブレークスルーにつなげることを目指します。
(5)研究グループからのコメント
今回の成果は、高エントロピー合金・単結晶・多孔質という3つの材料設計要素を統合することで、新たな機能性を引き出すことに成功した点に大きな意義があります。基礎科学から応用技術への橋渡しとなる研究であり、今後も持続可能な社会の実現に貢献していきたいと考えています。
(6)キーワード
高エントロピー合金(HEA)、単結晶ナノ構造、メソポーラス構造、メタノール酸化反応、電極触媒、CO被毒耐性※9、白金代替材料、高活性・高耐久触媒、ソフト化学合成法
(7)用語解説
※1 メソポーラス構造
直径2~50ナノメートル程度の微細な孔が多数空いた構造で、反応活性面の増加や物質拡散性向上といった反応性を高めるのに役立ちます。
※2 単結晶
複数の結晶粒が寄せ集まった多結晶と異なり、単一の結晶粒のみで構成される均一な固体構造です。
※3 高エントロピー合金
5種類以上の金属を均等な割合で混ぜた新しいタイプの合金で、構造の安定性と優れた機能性を兼ね備えています。
※4 メタノール燃料電池
メタノールという液体燃料を使って電気を作る燃料電池で、軽量・コンパクトな構造から携帯機器や小型車などへの応用が期待されています。
※5 活性点
触媒の表面において、化学反応が特に起こりやすい部位のことで、反応速度や効率を大きく左右する重要な要素です。
※6 ソフト化学合成法
比較的低温・低圧の穏やかな条件下で材料を合成する化学的手法です。
※7 ミセル構造
ミセル構造とは、水となじむ部分(親水基)と油になじむ部分(疎水基)をもつ分子が自発的に集まり、球状に形成される構造です。
※8 メタノール酸化反応
メタノールを酸化させて二酸化炭素に分解し、その過程で電子を取り出して電流を得る反応です。
※9 CO被毒耐性
COが触媒の表面に吸着して本来の反応を妨げる「被毒」を抑える性質で、触媒の長寿命化に関わります。
(8)論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Mesoporous Single-Crystal High-Entropy Alloy
執筆者名:Nandan, Ravi (NIMS); Nam, Ho Ngoc (Nagoya University); Phung, Quan (Nagoya University); Nara, Hiroki (Waseda Univ.); Henzie, Joel (NIMS); Yamauchi, Yusuke (University of Queensland, Nagoya University)
掲載日時(現地時間):2025年5月27日
掲載URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.5c01260
DOI:10.1021/jacs.5c01260
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