景気変動とギグワーク
銀行データで見えた新しい就業のかたち
2025年6月27日
早稲田大学
景気変動とギグワーク 銀行データで見えた新しい就業のかたち
詳細は早稲田大学HPをご覧ください。
【発表のポイント】
●みずほ銀行の匿名加工された銀行口座データ※1を用い、どのような属性をもつ個人が、どのような資金状況で、いつギグワーク(単発での仕事)※2を始めているのかを、景気の変動に着目して実証した世界でも先駆的な研究です。
注)みずほ銀行のデータのうち、「お客さまの個人情報の取り扱いに係る利用目的」に基づきご同意いただいたデータのみを、セキュリティが確保された環境にて統計情報として分析しています。
●フードデリバリー※3などのギグワークは、主に若者・男性・手元資金に余裕がない(流動性※4の低い)層が担っていることが分かりました。
●ギグワーク開始時点の預金残高が10万円未満だった人は、コロナ前では7割を超えていました。
●ギグワークは、一時的な流動性の低下を補う「短期的な所得補填※5手段」として機能していることが示唆されます。
●コロナ禍の不況期には、女性や中高年層、流動性にやや余裕のある層も新たにギグワークに就業していたことが確認されました。
新型コロナウィルス感染症による社会経済の混乱を背景に、どのような属性をもつ個人がギグワークを始めたのかを明らかにすることが求められていました。早稲田大学教育・総合科学学術院/ウェルビーイング&プロダクティビティ研究所所長の黒田 祥子(くろださちこ)教授と同学術院の大西 宏一郎(おおにしこういちろう)教授の研究チームは、みずほ銀行の匿名データを用いて、景気の変動とギグワーク就業の関係を初めて実証的に検証しました。
フードデリバリーのギグワーカーは主に若者・男性・低流動性層である一方、コロナ禍には女性や中高年層、流動性に比較的余裕のある層も新たに就業していたことが判明しました。ギグワーク開始の前には預金残高が徐々に減少しており、一時的な所得補填手段としての役割を果たしている実態が可視化されました。
本研究成果は、早稲田大学データ科学センターとみずほ銀行デジタルマーケティング部の間で締結している「共同研究に関する基本契約書」に基づく共同研究として、みずほ銀行が保有する銀行データを活用したものです。
2025年6月4日にElsevier社が発行する国際学術誌「Journal of The Japanese and International Economies」にオンライン公開されました。論文名: Digital labor platform under the boom and bust: Bank account data insights
図 稼働中の個人口座総数(名寄せ済み)に占めるギグ口座の割合。
図は、(日本全体のギグワーカーの割合を示したものではなく)経年的な推移を観察することを目的としている。シャドウは緊急事態宣言期間を示している。図中の「food delivery gig」「nondelivery gig」はそれぞれ、「フードデリバリー・ギグワーカー」「デリバリー系以外のギグワーカー」を指している。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
近年、プラットフォームを通じたギグワークが世界的に拡大しており、日本でもフードデリバリーを中心に急速な広がりを見せてきました。従来の研究では、ギグワーカーの属性や参入動機について、アンケートや税務データに基づく分析が進められてきましたが、景気変動や資金状況との関係を、時系列で詳細に追うことは困難でした。特に、日本におけるギグワークの実態や社会的役割については、全体像がつかめていないという課題が残されていました。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのための手法
本研究では、日本のメガバンクの匿名加工された銀行口座データを用い、2016年から2021年にかけての個人の預金残高や収入の動きを時系列で分析しました。具体的には、フードデリバリーサービスなどのギグプラットフォームからの入金履歴によりギグワーカーを識別し、就業前後の資金状況や労働継続の動向を可視化しました。
分析の結果、フードデリバリー型ギグワーカーの多くは、若年・男性であり、就業前には数か月にわたって預金残高が徐々に減少している傾向が見られました。ギグワークを始める直前の残高が10万円未満であった人は、コロナ以前では全体の7割を超えていました。
さらに、コロナ禍を契機にギグワークに参入する人々の属性に変化が見られました。景気が悪化した2020年以降は、これまでギグワークに就いてこなかった中高年層や女性、比較的流動性に余裕のある層も新たに就業しており、従来とは異なる背景を持つ人々の参加が確認されました。
また、ギグ就業の継続率は低く、開始から1か月後には約3〜4割が離脱していることも分かりました。これにより、ギグワークは、“短期的な所得補填手段”としての性格が強いことが示唆されました。
本研究では、銀行口座ベースの月次パネルデータを用い、ギグワーク開始の前後における資金変動とそれに対応する労働供給行動の連動を計量経済学の手法を用いて分析しました。フードデリバリーワーカーの流動性は、ギグワークの開始によって月あたり平均3~4万円程度の所得が補填されていたことが確認されており、ギグワークが存在しなければ、より深刻な資金不足に陥っていた可能性が示唆されます。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究は、ギグワークが所得や預金の状況に応じて柔軟に活用される就業手段であることを明らかにしました。特に流動性が低下した際には、短期的な所得補填の手段として機能しており、手元資金に余裕がなくなったときの“緩衝材”としての役割を果たしていることが示唆されます。
また、銀行口座データを用いた資金状態をモニタリングすることで、これまで捉えにくかった家計の資金繰りと労働供給行動との関係を実証的に把握することが可能となりました。これは、金融脆弱層の実態把握や、景気変動下での労働供給の理解を深める上でも大きな貢献です。
今後、こうした知見は、社会保障政策や副業・兼業の在り方、就業支援策の設計に新たな視点を提供することが期待されます。
本研究は、個人の「働き方の選択」が、景気や資金状況とどのように結びついているのかを、データに基づき可視化した点で社会的な意義を持ちます。
(4)課題、今後の展望
本研究では、フードデリバリーを中心としたギグワークに焦点を当てましたが、今後は介護・家事代行・教育など他分野への展開や、地域差・季節性・就業継続性をふまえた分析が求められます。
また、日本では人口の高齢化が進むなかで、「まだ働きたい」と考える高齢者は少なくありません。そうした人々と人手不足の現場とをつなぐ手段として、ギグワークは新たな可能性を秘めています。とくに、体力面への配慮からフルタイム就業を避けたい高齢者にとって、自分のペースで、働きたいときに短時間・柔軟に働けるギグワークは魅力的な選択肢となり得ます。今後は、世代別のニーズに即したギグ市場の設計に向けた研究も求められます。
本研究が明らかにした、所得補填としてのギグワークの機能は、副業や就業支援、社会保障制度のあり方を再考するうえで、今後の政策設計にも重要な視座を提供するものといえます。
(5)研究者のコメント
コロナ禍をきっかけに、働き方が大きく変化するなかで、ギグワークという新しい就業形態がどのように広がり、誰にとってどのような役割を果たしているのかを、データで丁寧に可視化したいと思い、この研究に取り組みました。生活にゆとりがないときにも、自分の裁量で働ける選択肢があるということは、多くの人にとって大きな安心につながるはずです。今後の就業支援や社会保障制度の設計において、こうした市場型※6の柔軟な働き方をどう位置づけていくかが問われており、エビデンスに基づく議論の一助となることを願っています。
(6)用語解説
※1 銀行口座データ:
個人の収入や支出、残高などの金融取引を記録した銀行口座のデータ。研究では、みずほ銀行のデータのうち、「お客さまの個人情報の取り扱いに係る利用目的」に基づきご同意いただいた、個人が特定されない状態の匿名加工データのみを、セキュリティが確保された環境にて統計情報として分析している。
※2 ギグワーク:
インターネット上のプラットフォームを通じて、短期・単発の仕事を個人が請け負う働き方。配達や家事代行、ライドシェアなどが代表例。
※3 フードデリバリーワーカー:
食事の宅配を行う配達員。多くはギグワーカーとして働いている。
※4 流動性(資金的な):
預金残高や現金など、すぐに使えるお金のこと。ここでは「生活資金にどのくらい余裕があるか」を意味する。
※5 所得補填:
本業の収入が減ったときに、それを補うために副業などで得る収入。ギグワークはその手段の1つとなり得る。
※6 市場型の就業:
企業に雇われるのではなく、個人が市場(プラットフォームなど)を通じて直接仕事を得る働き方。ギグワークもその一種。
(7)論文情報
雑誌名:Journal of The Japanese and International Economies
論文名:Digital labor platform under the boom and bust: Bank account data insights
執筆者名(所属機関名):黒田祥子*(早稲田大学教育・総合科学学術院)、大西宏一郎(早稲田大学教育・総合科学学術院)
掲載日時(日本時間):2025年6月4日
掲載URL:https://doi.org/10.1016/j.jjie.2025.101378
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- 業種 大学
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