ハイエントロピー超伝導体の乱れと原子振動、電子状態を解明

~高圧下で発現する特異な超伝導状態の起源に迫る~

1.概要

 東京都立大学大学院理学研究科の水口佳一准教授、栗田玲教授、島根大学総合理工学部の臼井秀知助教、東京大学生産技術研究所の高江恭平特任講師、北海道大学大学院工学研究院の三浦章准教授、広島大学先進理工系科学研究科の森吉千佳子教授らの研究グループは、超伝導体や熱電材料として注目されているハイエントロピー型金属テルライドの局所構造乱れ、原子振動特性、電子状態を解明しました。ハイエントロピー型金属テルライドは高い熱電性能を示すことや、高圧下で特異な超伝導特性が発現する新機能性材料です。ハイエントロピー化合物では、原子サイトに異なる元素が多数固溶するため、局所的な構造乱れの導入が想定されますが、乱れによる原子振動や電子状態の変調は明らかになっていませんでした。同グループは、放射光X線回折によってハイエントロピー金属テルライドにおける局所構造乱れを実験的に確認し、またMDシミュレーションと第一原理計算から、ガラスに近い原子振動特性とぼやけた電子状態が発現していることを明らかにしました。本研究成果は、ハイエントロピー超伝導体の新物質開発や特性の理解を促進し、また熱電材料を含めた様々なハイエントロピー機能性材料の開発に有用な指針を与えるものです。

 本成果はElsevierの英語論文誌「Materials Today Physics」に2023年2月15日に掲載されました。本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(21H00151, 20H01874, 20H05619)、東京都高度研究(H31-1)などの支援を受けて実施しました。

 

2.ポイント

・ハイエントロピー金属テルライドは高圧下で超伝導転移温度が変化しない特異な性質を示す。

・放射光X線回折によってハイエントロピー金属テルライドの局所構造乱れを実験的に確認。

・MDシミュレーションおよび第一原理計算から、ハイエントロピー金属テルライドにおけるガラスで見られるような原子振動特性とぼやけた電子状態の発現を解明。

 

3.研究の背景

  2000年代から、多元素が固溶したハイエントロピー合金[1]の開発と材料特性に関する研究が世界中で進められてきました。2014年には、ハイエントロピー合金における超伝導[2]が発見され、興味深いことにハイエントロピー合金超伝導体の超伝導転移温度(Tc)[3]は高圧下でほとんど変化せず、200万気圧まで超伝導状態を維持し注目を集めました。2018年には、水口准教授らによって、ハイエントロピー型化合物超伝導体が開発され、ハイエントロピー型の物質バリエーションが拡張され、今回の研究対象物質であるハイエントロピー金属テルライド(Ag,In,Sn,Pb,Bi)Teにおける超伝導が見出されました。金属テルライドは常圧下ではNaCl型構造を取りますが、高圧印加によってCsCl型構造に変化し、Tcが上昇します。この高圧領域において、PbTeや(Sn,Pb)Teなどは加圧によるTcの低下を示しますが、金属サイトに多元素固溶をしたハイエントロピー組成(Ag,In,Sn,Pb,Bi)TeではTcが変化せず、高い圧力領域では(Ag,In,Sn,Pb,Bi)TeのTcがPbTeのTcを大きく超えます。この圧力下Tc不変現象は、シンプルなハイエントロピー合金だけでなく、より複雑なハイエントロピー金属テルライドで観測されているため、高い配置エントロピー(ΔSmix)によって生じた局所構造乱れや、それに起因した特異な原子振動特性や電子状態が影響している可能性が想定されます。一方で、局所乱れの評価や原子振動特性や電子状態に関する研究はこれまでにされておらず、圧力下Tc不変現象の起源は不明でした。また、ハイエントロピー金属テルライドは、超伝導のみならず熱電材料[4]としても高性能が報告されており、局所乱れの評価と原子振動特性および電子状態の解明は重要な課題でした。 

 

4.研究の詳細

 本研究では、NaCl型構造(図1)を持つ金属テルライドMTeにおいて、MサイトをAg、In、Sn、Pb、Biで固溶した物質を対象としました。固溶元素数と組成の制御で、ΔSmixが0~1.6Rとなる一連の試料を設計し、固相反応法と高圧合成法[5]を組み合わせて多結晶試料を合成しました。得られた試料は放射光粉末X線回折[6]により結晶構造および局所乱れの大きさを評価し、ΔSmixの上昇により局所的に構造乱れが導入されていることを見出しました。

 

図1.PbTeとハイエントロピー型(Ag,In,Sn,Pb,Bi)Teの結晶構造図。どちらも高圧の印加でNaCl型からCsCl型構造に相転移する。

 

 図1に示すとおり、MTeは高圧の印加でNaCl型からCsCl型構造に相転移し、CsCl型構造において高いTcが発現します。今回、ダイヤモンドアンビルセルを用いた電気抵抗測定の結果から、図2(a)に示すようなTcの圧力依存性を観測しました。図2(b)では圧力に対するTcの変化率を評価することで、ΔSmixが0.5R~1.0R近傍でdTc/dPが小さくなり、Tc不変現象が発現することがわかります。この急激な変化率の変化が生じるΔSmixは、Mサイト元素を2から3元素に増加することで生じます。すなわち、Mサイトが3元素以上を含む場合にTc不変現象が発現します。

 

 

 

図2.(a) Tcの圧力依存性。図中のHEAはハイエントロピー組成の試料を示す。(b) Tcの圧力に対する変化をΔSmixの依存性としてプロットした図。

 

 この現象の起源を探るため、MDシミュレーション(分子動力学シュミレーション)[7]により原子振動特性を評価しました。図3にMサイトの固溶元素数を変化させた(ΔSmixを変化させた)場合の原子振動特性(振動の状態密度)の変化を示します。通常の結晶であれば、対応する振動数にピーク構造を持つため、PbTeなどではピーク構造が観測されます。一方、Mサイトが3元素以上のMTeにおいてはピークが消失し、ブロードな構造のみが観測されます。このことから、MサイトのΔSmix上昇によって導入された局所構造乱れが、原子振動特性を大きく変調することがわかりました。また、観測されたブロードな構造はガラスなどで観測される状態密度と似ています。

 

図3.NaCl型構造における原子振動の状態密度(Vibrational DOS)の振動数依存性。ここで、振動数は規格化されている。

 

 次に、第一原理計算[8]によって、Tc不変現象が発現するCsCl型構造での電子状態を評価しました。図4(a)に示すPbTeの結果と、Mサイトを図4(b)の3元素および図4(c)の5元素で固溶した場合の結果を比較するとバンドがぼやけていることがわかります。このことは、Mサイトの多元素固溶が電子バンドを大きく変調することを示しています。一方、Teサイトは固溶していないため、Te原子の軌道に起因するバンドの変調は少ないこともわかりました。以上のことから、Mサイトを3元素以上で多元素固溶することで、原子振動特性や電子状態が大きな変調を受け、ガラスのような状態になることを見出しました。

 

 

 

図4.CsCl型構造における電子状態。

 

 高圧下で観測されるTc不変現象は、従来型超伝導機構では単純に理解できないため、通常の結晶では現れない特異な原子振動と電子状態が本現象を生じさせている可能性があります。今後、単結晶試料を用いた測定や、超伝導機構に関する理論研究が進むことで、本現象のさらなる解明が期待されます。

 

5.研究の意義と波及効果

 ハイエントロピー化合物は2000年代以降に研究が始まった新規分野です。これまでの研究では、多元素固溶が原子振動特性や電子状態にどのような影響を及ぼすかが未解明でした。本研究では、ハイエントロピー化による局所乱れの導入が実際に生じていることを確認し、また、乱れによって特異な超伝導状態が発現することを見出しました。MDシミュレーションおよび第一原理計算によって、ハイエントロピー化合物が特異な原子振動特性と電子状態を持つことを理論的に示しました。本研究の成果は、超伝導体のみならず熱電材料をはじめとした様々なハイエントロピー機能性材料の設計および理解に重要な知見であり、今後の新物質開発に指針を与えるものです。

 

≪用語解説≫

[1] ハイエントロピー合金

 5元素以上が固溶した合金の総称で、それぞれの元素の占有率が5~35%のものを呼ぶ。元素固溶によって配置エントロピー(ΔSmix)が上昇し、ハイエントロピー合金は一般的にΔSmix>1.5R(Rは気体定数)を持つ。本研究の対象物質である金属テルライドのように、複数サイトからなる化合物をハイエントロピー化する際には、1つまたは複数のサイトの元素固溶によってΔSmix>1.5Rが達成される。

 

[2] 超伝導

 特定の金属を低温に冷却するとある温度(超伝導転移温度)以下で電気抵抗が消失する。これを超伝導転移と呼び、超伝導転移を示す物質を超伝導体という。

 

[3] 超伝導転移温度(Tc)

 超伝導体は温度の上昇によって、超伝導状態から金属状態に転移する。その温度のことを超伝導転移温度と呼ぶ。

 

[4] 熱電材料

 物質に温度差を付けると起電力が生じるゼーベック効果を利用した発電材料で、廃熱を電力に直接変換することが可能な機能性材料。ハイエントロピー金属テルライドにおいて最高クラスの熱電性能が最近報告された。

 

[5] 固相反応法と高圧合成法

 固相反応法では、原料試薬を高温で反応させ、目的組成を得る。今回研究したハイエントロピー金属テルライドは、固相反応法で得た粉末を、3万気圧の圧力下でアニールを行うことで単一相の試料を合成(高圧合成法)。

 

[6] 放射光粉末X線回折

 粉末試料に放射光X線を入射し、回折パターンを取得する。得られたパターンをリートベルト解析することで、原子座標や原子変位(乱れ)を評価することが可能となる。今回はSPring-8のBL02B2ビームラインにて実験を行った。

 

[7]  MDシミュレーション(分子動力学シミュレーション)

 原子や分子の物理的な動きをコンピューターシミュレーションによって評価する手法。

 

[8] 第一原理計算

 量子力学のシュレディンガー方程式を用いて、物質の中の電子の運動を理論的に計算する手法。

 

【論文情報】

論文タイトル:Glassy atomic vibrations and blurry electronic structures created by local structural disorders in high-entropy metal telluride superconductors

著作:Yoshikazu Mizuguchi, Hidetomo Usui, Rei Kurita, Kyohei Takae, Md. Riad Kasem, Ryo Matsumoto, Kazuki Yamane, Yoshihiko Takano, Yuki Nakahira, Aichi Yamashita, Yosuke Goto, Akira Miura, Chikako Moriyoshi

DOI:10.1016/j.mtphys.2023.101019

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