天然メタンハイドレートのマクロとミクロの構造可視化に成功
メタンハイドレートを高密度分解能・高空間分解能で三次元非破壊測定
・ 位相コントラストX線CTとマイクロX線CTを使って天然メタンハイドレートのマクロな分布の様子とミクロな構造を観察
・ マイクロX線CTでメタンハイドレートの分解過程のその場観察に成功
・ メタンハイドレートが天然に存在する状態の特性の解明に貢献
概 要
産業技術総合研究所(以下「産総研」という)エネルギープロセス研究部門 竹谷敏 上級主任研究員らは、北見工業大学 八久保晶弘 教授ら、高エネルギー加速器研究機構(以下「KEK」という)物質構造科学研究所 平野馨一 教授ら、九州シンクロトロン光研究センター(以下「SAGA LS」という) 米山明男 主任研究員らと共同で、十勝沖の海底から採取した天然のメタンハイドレートを非破壊構造観察し、海水と共存する様子をとらえ、また、メタンハイドレートの分解過程をその場観察することに成功しました。
メタンハイドレートは新たな国産エネルギー資源として期待されており、産総研は表層型メタンハイドレートのエネルギー資源化に向け、メタン回収・生産技術開発や海域調査、および環境影響評価を実施しています。この回収・生産技術開発のためには、天然のメタンハイドレートの物性の理解が必要です。しかし、既存の観察・分析手法では、メタンハイドレートと周囲の海水や氷との区別ができません。そこで、ミリメートルないしセンチメートルスケールの試料中の天然メタンハイドレートの分布(マクロスケール)を調べ、マイクロメートルスケールの内部構造(ミクロスケール)を可視化するため、位相コントラストX線CTとマイクロX線CTによる観察を行いました。その結果、天然のメタンハイドレートは、メタンガス気泡の周囲に膜状に分布し、その際に形成されたと思われる擬似球状構造が維持されていることが明らかになりました。また、メタンハイドレート分解時の経時変化を三次元観察することにも成功しました。
本研究で提案する観察手法を用いることにより、メタンハイドレートの生成・分解の挙動や堆積物の物性などの理解に寄与します。
なお、この成果の詳細は、2025年1月20日に「CrystEngComm」にオンライン掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
メタンハイドレートは「燃える氷」と呼ばれ、低温度・高圧力の環境下で水分子が作るカゴ状の構造中に、メタン分子を含む氷状の結晶です。結晶中に多量のメタンを包接するため、新たな国産エネルギー資源として期待されています。日本周辺では日本海の沿岸域やオホーツク海などで、海底付近の泥層中に塊状で分布する表層型メタンハイドレートの存在が確認され、主に太平洋岸に分布する砂層型メタンハイドレートとともに開発研究が続けられています。天然の表層型メタンハイドレート堆積物からメタンを回収・生産する技術の開発促進のためには、その物性や成長・分解過程の理解が必要です。
しかし、物性を調べるための天然のメタンハイドレートの観察は容易ではありません。現状では天然のメタンハイドレート堆積物の無人潜水艇からの表面観察、採取後に凍結保存された試料の電子顕微鏡や医療用X線CTを使った観察のいずれかの手法がありますが、前者は分解能が足りないため細部まで観察することはできず、後者は感度が足りないため海水や氷とメタンハイドレートを区別できません。
研究の経緯
産総研はKEK、SAGA LSと共同で、低温条件での位相コントラストX線CTの開発に取り組んできました。この手法は、吸収コントラストX線CTと比較して感度が高いため、氷(および海水)と共存するメタンハイドレートを可視化できる世界で唯一の非破壊分析手法です。また、産総研とSAGA LSは共同で、低温条件でのマイクロX線CT計測の開発に取り組んできました。この手法は、マイナス150 ℃程度までの低温下で数マイクロメートルの空間分解能で可視化できる非破壊分析手法です。
今回、北海道十勝沖の海底で採取された天然のメタンハイドレート試料(2020年11月24日北見工大プレス発表)の三次元非破壊構造観察に、低温型位相コントラストX線CTおよび低温型マイクロX線CT技術を応用し、従来のX線CT技術と併せたマルチスケール観察を実施しました。
なお、本研究開発は、JSPS科研費20K05440と17H03300による助成を受けました。
研究の内容
表層型メタンハイドレートは、海水中でさまざまな形態で成長・凝集し、堆積物と交じり合うことにより形成され、主に海底付近の泥層中に塊状で存在します(図1)。メタンハイドレートを含む堆積物は、堆積物中のメタンガスの流動に起因するメタンハイドレートのマクロ構造や、メタンで飽和した海水の移動に起因するメタンハイドレート結晶の凝集状態など、場所ごとに異なる構造や物性を有することが多くなります。
本研究では、メタンハイドレート堆積物中の構造に起因する力学特性など物性の理解のため、放射光X線を用いた低温型位相コントラストX線CT、低温型マイクロX線CTによる観察を実施しました。前者は、物質内をX線が透過する際に生じる位相の変化をコントラストとして三次元画像にする観察技術です。水素、炭素、窒素、酸素など軽元素で構成されている試料に対して、1立方センチメートルあたり数ミリグラムという非常に高い密度分解能で可視化が可能です。後者は、X線が物質を透過する際の透過率(吸収率)の変化をコントラストとした観察技術で、マイクロメートルスケールという高空間分解能で三次元内部構造を透視することができます。
位相コントラストX線CTによる高密度分解能観察の結果、メタンガス気泡の周囲に膜状メタンハイドレートが生成し、その際に形成されたと思われる擬似球状構造が維持されていることが明らかになりました(図2)。地層内部におけるメタンハイドレートの不均質性や特異な形状の空間的な評価を初めて可能にしました。同天然試料に対して、粉末X線回折を実施したところ、位相コントラストX線CT観察から推定されるものと同じく、白色部分の65%がメタンハイドレート、35%が氷(凍結した海水)であることが示され、観察結果が正しいことが裏付けられました。
低温型マイクロX線CTによる高空間分解能観察の結果(図2)、膜状メタンハイドレートの隙間の層には海水に含まれていた塩の凝集が確認されました。これはメタンハイドレートが成長する際に排出された塩が濃縮されたものと考えられます。メタンハイドレート成長時に、海水中の塩が排出されることは以前から知られていましたが、今回の研究では排出された塩の分布を初めて三次元的に可視化することができました。一方、海底からの試料回収時における膜状メタンハイドレート外表面の分解により発生したと思われる数マイクロメートルサイズの微気泡も可視化することができました。
さらに、低温型マイクロX線CTによるその場観察を実施し、大気圧においてマイナス10℃まで昇温した際のメタンハイドレートの分解時の時間変化を観察することに成功しました(図3)。分解はメタンハイドレート内部の粒界から優先的に進行し、微細気泡を含む氷近傍のメタンハイドレートは分解されずに保持されることが明らかになりました。この現象は、メタンハイドレート成長時に析出した塩が粒界内に取り込まれたことが原因と考えられます。これまで、このように天然メタンハイドレートの分解が局所的に進行することや、分解過程における微視的構造の特徴の観察に成功した例はありません。本研究から明らかにされた分解時の素過程は、メタンハイドレートの分解特性や安定性の理解向上に貢献します。
今後の予定
メタンハイドレートのマルチスケール観察で得られる情報をもとに、メタンハイドレートの生成・分解挙動、堆積物の物性に関する理解を進めます。表層型メタンハイドレートは、十勝沖だけではなく、日本近海や世界各地のメタンハイドレート分布域に見られます。他の海域のサンプルについても測定することで、海底におけるメタンの分布や生成・分解をより詳細に理解できると考えられます。表層型メタンハイドレートが分布する海域において、資源量の把握や環境影響評価に対して、本研究の測定方法により得られたデータが活用できると期待されます。
論文情報
掲載誌:CrystEngComm
論文タイトル:Microscopic kinetic model of gas hydrate and the effect of brine: Case study of natural gas hydrate from the seabed off the Tokachi coast
著者:Satoshi Takeya, Kiyofumi Suzuki, Akihiro Hachikubo, Hirotoshi Sakagami, Hirotsugu Minami, Satoshi Yamashita, Keiichi Hirano, Kazuyuki Hyodo, Masahide Kawamoto, and Akio Yoneyama
DOI:10.1039/D4CE00999A
用語解説
メタンハイドレート
水分子が作るかご状構造の中にメタン分子が閉じ込められた白い氷状の物質。「燃える氷」とも呼ばれる。低温・高圧の条件でのみ安定で、0 ℃付近の海底下では3 MPa程度以上の高圧力下でのみメタンハイドレートは安定に存在するが、氷点下80 ℃以下の低温環境下では大気圧下でも分解しない。この点を考慮して、天然試料は、海底から採取後にはすぐに液体窒素中で急冷保存し、X線CT測定は氷点下80 ℃以下の低温環境下での測定を実施した。
X線CT
物体を透過してくるX線の変化により物体の内部の三次元構造を非破壊で観察する技術で、X線コンピュータ断層撮影(Computed Tomography:CT)の略称。
放射光
光速近くまで加速された電子の軌道が磁場で曲げられるときに生じる赤外から硬X線に至る強力な電磁波。X線を用いた材料分析の強力な光源として利用される。
粉末X線回折
X線が結晶格子で回折を示す現象を利用して、粉末や結晶の集合体によるX線の回折パターンから物質の結晶構造を調べる技術。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250203_2/pr20250203_2.html
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
- 所在地 茨城県
- 業種 政府・官公庁
- URL https://www.aist.go.jp/
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