モータータンパク質ミオシンによる栄養輸送タンパク質の極性局在メカニズムを解明

植物のストレス耐性強化技術開発への応用が期待

早稲田大学

2025年5月12日

早稲田大学

大阪公立大学

モータータンパク質ミオシンによる

栄養輸送タンパク質の極性局在メカニズムを解明 植物のストレス耐性強化技術開発への応用が期待

 

詳細は早稲田大学HPをご覧ください。

 

【発表のポイント】

 〇 植物特異的なミオシンXIの機能欠損によりホウ素の輸送が乱れ、植物が低ホウ素環境に弱くなることを見出しました。作物のストレス耐性強化技術開発への応用が期待されます。

 〇 ホウ素輸送タンパク質の細胞膜上の適切な配置に、細胞内のモータータンパク質「ミオシンXI」が重要な役割を担っていることを初めて明らかにしました。植物が栄養を効率的に運ぶメカニズムの理解が大きく前進しました。

 〇 これまで着目されていなかった「ミオシンXI」と「栄養輸送」の関係が判明したことで、植物科学だけでなく、バイオテクノロジー分野にも波及効果が見込まれます。

 

早稲田大学教育・総合科学学術院の富永基樹(とみながもとき)教授と、大阪公立大学大学院農学研究科の髙野順平(たかのじゅんぺい)教授の研究グループは、細胞内輸送を駆動しているモータータンパク質ミオシンXI※1に依存したホウ素の輸送メカニズムをシロイヌナズナ※2を用いて研究しました。

 

ホウ素は植物の微量必須元素のひとつですが、植物にとって過剰でも欠乏でも好ましくありません。植物のホウ素輸送に関わるチャネルタンパク質であるNIP5;1は、根の細胞膜の外側(土壌側)に分布(極性局在※3)し、ホウ素の効率的な吸収に関与しています。しかしながら、NIP5;1の極性局在のメカニズムに関しては未解明な部分が多く残されていました。

 

本研究では、ミオシンXIの機能を欠損させたシロイヌナズナにおいて、細胞膜におけるNIP5;1の極性局在が失われ、低ホウ素環境に対する耐性が弱まることを確認しました。NIP5;1は、エンドサイトーシス※4と呼ばれる経路によって細胞膜から細胞内に運ばれ、また細胞膜へリサイクリングされますが、ミオシンXIは、NIP5;1のエンドサイトーシスにおいて重要な役割を果たすことが明らかになりました。

図 本研究の概要 ミオシンXI欠損によるエンドサイトーシス経路の輸送阻害がNIP5;1の極性局在を喪失させ、
低ホウ素に対する耐性が低下。

 

本研究は、ミオシンXIが栄養輸送タンパク質の適切な細胞内輸送に関わっていることを初めて見出した重要な成果です。これにより、栄養吸収を伴う植物成長におけるミオシンXIの重要性が明らかとなり、今後の植物研究に貢献することが期待されます。

 

本研究成果は国際学術誌「Plant Physiology and Biochemistry」に2025年4月17日(木)に掲載されました。論文名:Myosin XI is required for boron transport under boron limitation via maintenance of endocytosis and polar localization of the boric acid channel AtNIP5;1

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと

シロイヌナズナには13種類のミオシンXIが存在し、原形質流動※5の駆動力として広く研究されてきました。このうち主な駆動力とされている3種類のミオシンXIの多重変異体では、原形質流動がほぼ停止し、植物の成長が著しく阻害されることが知られています(図1)。

 

一方、NIP5;1は、ホウ酸チャネルタンパク質です。NIP5;1は、根端の表皮細胞や皮層細胞に多く存在し、細胞膜の外側(土壌側)に極性局在することで土壌側からのホウ素の主な取り込み口となっています。特に低ホウ素条件下ではその発現量が顕著に上昇します。逆に内側に局在するホウ酸トランスポーターであるBOR1タンパク質と協調して、土壌から根へのホウ素の取り込みや適切な濃度の調整に不可欠な役割を担っていることが知られています(図2)。

図1ミオシンXIの機能欠損が原形質流動の停止を引き起こし、植物の生長発育に阻害的影響をもたらす

 

図2 根におけるホウ素輸送タンパク質の細胞膜局在とホウ素の吸収経路

 

(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

土壌から細胞膜を介して栄養を取り込む機能は、植物の成長にとって不可欠であることは古くから知られています。一方で、近年の研究から、ミオシンXIが植物の細胞内輸送を司る原形質流動の主要な駆動力として働き、その機能が植物の成長に重要であることが分かってきました。しかしながら、両者の関係性に着目した研究は全く行われていませんでした。本研究では、ミオシンXIの機能欠損が、植物細胞内のエンドサイトーシス経路に影響を及ぼすことを初めて見出しました。そして、この変化によってホウ素を輸送するタンパク質NIP5;1の極性分布を乱し、結果としてホウ素の正常な吸収に障害が生じることを解明しました。

 

本研究では、NIP5;1タンパク質の細胞内局在を、蛍光タンパク質GFPによって可視化しました(図3A)。さらにエンドサイトーシス経路は親油性色素FM4-64を用い可視化し、野生型とミオシンXI多重変異体に輸送阻害剤BFA処理を施すなどして違いを比較しました(図3B)。

 

その結果、ミオシン多重変異体では以下の特徴が明らかになりました:

・エンドサイトーシス速度の60%以上遅延。

・NIP5;1タンパク質の極性局在の消失。

図3 GFP-NIP5;1を発現する植物の根を輪切りにしたもの(A)と、BFA※6処理によるホウ素輸送体NIP5;1のエンドサイトーシスの可視化(B) 野生型では土壌側への極性局在がみられるのに対し、ミオシンXI変異体ではそれが失われています(A)。ミオシン変異体ではNIP5;1とFM4-64の細胞内への取り込みが低下したことから、エンドサイトーシスが阻害されていることがわかりました(B)。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究成果は、ミオシンXIが植物の栄養輸送に果たす役割を明らかにした点で大きな意義があり、ホウ素のみならず貧栄養地域における作物の改良に新たな視点を提供することが期待できます。また、細胞膜で極性局在を示すタンパク質の多くは、栄養の吸収やホルモンの輸送など、植物の成長や環境応答に重要な機能を担っています。したがって、極性局在維持におけるミオシンXIの機能解明は、タンパク質の極性維持の研究に新たな展開をもたらす可能性があります。今回の知見は、植物の環境適応機構の理解を深めるだけでなく、持続可能な農業の発展に向けた基盤技術の開発に寄与することが期待されます。

 

(4)課題、今後の展望

本研究では、ミオシンXIがエンドサイトーシスに貢献することを明らかにしましたが、具体的にどのプロセスに作用しているのかについては未解明の部分が残されています。また、エンドサイトーシス経路において、ミオシンXIがNIP5;1を含む小胞を直接運搬しているかどうかは現段階では結論づけられません。これらの課題を解決するため、今後は、エンドサイトーシスの過程を可視化できる複数のマーカータンパク質を組み合わせた解析により、ミオシンXIの作用する過程を特定するとともに、ミオシンXIとNIP5;1の同時可視化などによってNIP5;1輸送への特異的関与を検証していきます。

 

(5)研究者のコメント

本研究は、「細胞内で繰り広げられる目に見えない挑戦」——過酷な環境下でも栄養を届け続ける仕組み——に光を当てました。ミオシンXIが栄養輸送の“指揮者”として働くことを解明したことで、作物が痩せた土地や気候変動下でも力を発揮する可能性が拓けます。

 

(6)用語解説

※1 ミオシン

細胞骨格であるアクチンフィラメント上を運動するモータータンパク質の一種。動物、植物を含めて約80クラスが見つかっており、植物には植物特異的なミオシンVIII(クラス8)とミオシンXI(クラス11)の2クラスが存在します。原形質流動は、ミオシンXIの運動により発生していることが知られています。

 

※2 シロイヌナズナ

アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草。学名はArabidopsis thaliana。育てるのに場所を取らない、発芽から種を付けるまでの期間が短い、ゲノムサイズが小さいなど、遺伝学的な研究を進める点での利点が多く、2000年に植物の中で最初に全ゲノム配列が解読され、モデル植物として広く使われています。

 

※3 極性局在

細胞や組織内で特定の分子(タンパク質やRNAなど)が方向性を持って非対称に分布する現象を指します。このパターン形成は、細胞の機能的な分化や形態形成、物質輸送の制御において極めて重要な役割を果たします。

 

※4 エンドサイトーシス

細胞が細胞膜の一部を変形させて外部の物質や分子を包み込み、細胞内に取り込むプロセスの総称です。具体的には、細胞膜がくぼみを作って対象物質を囲い込み、その部分が切り離されて「小胞」として細胞内に運ばれる現象を指します。この仕組みは、栄養分の吸収やシグナル伝達、細胞膜の成分調節など、生命活動に不可欠な機能を担っています。

 

※5 原形質流動

細胞の内部で、原形質(細胞質)が流れるように動く現象。植物では、細胞内に張り巡らされたアクチン繊維上を、細胞小器官に結合した植物特異的なミオシンが運動することにより発生します。

 

※6 BFA

一般的に使用される可逆的な小胞輸送阻害剤。真菌の代謝産物であるこの化合物は、シロイヌナズナではTGN(初期エンドソーム)から細胞膜への小胞輸送を阻害するとともに、TGN(初期エンドソーム)の凝集を引き起こします。

 

(7)論文情報

雑誌名:Plant Physiology and Biochemistry

論文名:Myosin XI is required for boron transport under boron limitation via maintenance of endocytosis and polar localization of the boric acid channel AtNIP5;1

執筆者名(所属機関名):Haiyang Liu(a, Keita Muro(b, Riku Chishima(a , Junpei Takano(b, Motoki Tominaga(a(c

a: Graduate School of Science and Engineering, Waseda University

b: Graduate School of Agriculture, Osaka Metropolitan University

c: Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences, Waseda University

掲載日時(現地時間):2025年4月17日(木)

DOI: https://doi.org/10.1016/j.plaphy.2025.109938

 

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