世界初、科学的なエビデンス「認知症高齢者の介護者の介護負担感を日本発のアザラシ型ロボット「パロ」が軽減」

複数グループ・ホームでのクラスター・ランダム化比較試験

1.概要

 東京都立大学大学院人間科学研究科の井上薫教授を中心とする、金城大学、兵庫医科大学、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)、マサチューセッツ工科大学(MIT)、東京慈恵会医科大学による国際共同研究チームは、産総研が開発したアザラシ型ロボット「パロ(PARO)」を用いた介入の臨床試験を実施しました。認知症を有する方々が共同生活する6か所の「グループ・ホーム」において、認知症高齢者85名を対象に、1施設を単位として「専門職による積極的な介入を伴わない、パロと利用者の自発的なふれあい活動」を「週3回行う群」と「週1回行う群」に分け、1ヶ月間の「クラスター・ランダム化比較試験」を行いました。

その結果、「週3回行う群」が、「週1回行う群」に比べて、介護者の「介護負担感」が統計的に有意に低減したことを科学的に確認し、認知症研究分野で最高峰の「Alzheimer’s and Dementia」(アルツハイマー病協会(本部:米国シカゴ)の電子ジャーナル)に、2026年2月17日付で掲載されました。

(UMIN-CTR 臨床試験登録情報・ID番号:UMIN000037374)

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研究体制)

研究責任者:井上 薫(東京都立大学)

共同研究者:河野 光伸(金城大学)、小林 隆司(兵庫医科大学)、谷津智代瑞(東京都立大学)、ダリル・パトリック・ガンボア・ヤオ(東京都立大学)、柴田崇徳(産業技術総合研究所)、ジョセフ・コフリン(マサチューセッツ工科大学)、繁田 雅弘(東京慈恵会医科大学)

 

(研究費)

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(16H03212、19H04504)の助成を受けて実施されました。

2.ポイント

・介護負担感の有意な低減:パロとのふれあい活動(1回1時間)が「週3回の群」は、「週1回の群」と比較して、介護者の介護負担感が統計的に有意に改善(低減)(LS平均変化量 -3.29、p=0.030)。

・自律的ケアとしての実証:専門職の常時介入なし(self-directed)での効果を実証。現場の負担を増やさない導入モデルの確立につなげる。

・BPSD(行動・心理症状)の重症度において改善傾向:「週3回の群」と「週1回の群」の比較では、BPSD(行動・心理症状)の重症度において、統計的有意差には至らないものの(p=0.068)、臨床的に意味のある改善傾向(LS平均変化量 -1.98)を確認。

・副次アウトカムとしてBPSDの重症度の1ヶ月間の前後比較で、「週3回の群」は、統計的に有意(p=0.041)に改善し、「週1回の群」は有意差が無し。

・施設職員介護負担軽減のために介護事業者向けに公的補助金を活用可能:厚生労働省の「介護テクノロジー導入支援事業」により各都道府県が運営する公的補助金制度(最大3/4補助(上限30万円)、定員約10名当り1体を目安に複数体可能)を活用して、低コストでパロの導入が可能。パロは「介護テクノロジー」の2025年度からの新重点分野「認知症生活支援・認知症ケア支援」の「選定機器」第1号。

 

図1 認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数の将来推計[1]

 

図2 介護が必要になった主な原因[1]

 

3.研究の背景

 世界保健機構(WHO)によれば、世界の認知症患者数は、2021年には約5,700万人で2030年には約7,800万人になり、その医療・介護のコストは2019年には約1兆3千億ドル(約200兆円)であり、2030年には約2兆8千億ドル(約400兆円)になると予測されています[2, 3]。

 日本では2025年に認知症者数が約472万人と軽度認知障害者数が約564万人で合計約1,036万人と推計され、2030年には約523万人と約593万人で合計約1,105万人、2040年には約584万人と約613万人で合計約1,197万人と漸増することが推計されています。また、高齢者に介護が必要となる原因の1位は「認知症」であり、超高齢社会において、「認知症対策」が強く求められています[1]。

 しかし、認知症の根治薬はないため、認知症対策として、「認知症ケア」が非常に重要です。認知症者のBPSD(行動・心理症状)が高まると、介護者の心理的負担が大きくなります。施設介護では、介護職員の離職や休職の一因に繋がりやすいです。また、在宅介護では、家族介護者が介護を継続できなくなり、施設介護に移行すると、介護コストが高まるため、介護保険の財政を圧迫することになります。

 そのため、認知症ケアにおいて介護者の心理的負担を低減することは、施設介護での離職防止と現場のウェルビーイング向上に繋がり、また在宅介護では家族介護の継続に寄与します。

 現在深刻な介護人材不足に直面する日本において、必要とされる介護人材数は2022年度の約215万人に対し、2026年度には約26万人、2040年度には約57万人の増加が必要と予測されていますが、その確保は容易ではありません。

 これまで日本では、パロ等の介護ロボットは、療法士などの「専門職」が介在する場面での効果が多く報告されてきました。しかし、深刻な人手不足にある現場では、ロボット単体(あるいは最小限のスタッフ関与)でどの程度の効果が得られるのかが、実務導入における大きな焦点となっています。

 医療福祉制度が異なる海外では、パロは認知症を含む様々な患者の「行動・心理症状の改善効果」が認められており、「医療機器」として扱われています(米国、欧州、英国、豪州、香港、シンガポール)[4]。認知症者に関するパロの臨床試験は、世界各国で行われてきました。Lancet Neurologyは、2013年9月に、それまで様々な動物に関するアニマル・セラピーの症例報告等が行われていたものの、ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT)によるエビデンスがなく、豪州でのパロのRCTで初めてエビデンスが示されたことを紹介しました。2023年にはシンガポール大学、東京医科歯科大学等により、「パロ」と「認知症」のキーワードで英語論文の「システマティック・レビュー」の結果、約900件の臨床試験の論文があり、その内、12件がRCTで、それらの「メタ・アナリシス」の結果、パロが認知症者の「BPSDの改善」と「社交性の改善」、また「投薬量の低減」について統計的に有意な効果があることを発表しました。

 これらのエビデンスを背景に、アメリカでは、認知症、がん、PTSD、脳損傷、パーキンソン病、発達障害等の様々な患者が、痛み、不安、抑うつ、興奮(暴力、暴言、徘徊等)、不眠といった症状を診断されると、「パロを用いるバイオフィードバック治療」が処方されます。処方箋に基づき、療法士、看護師、公認臨床社会福祉士や処方者が処置すると、その時間に対して公的医療保険(メディケア・メディケイド)や民間医療保険で保険償還が可能となります。また、急性期の患者のせん妄や認知症の行動・心理症状の改善にパロが活用されています。

 フランスでは、抗認知症薬4種(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチン)は効果が低く副作用が問題として、2018年8月に保険償還から外され、「ケア」を重点化するため、各州政府から高齢者施設へのパロの導入費用の100%が助成されるようになりました。また、イギリスとフランスの認知症の各ガイドラインでパロが掲載されました。これらは、認知症者に対するBPSDの改善効果に注目し、先ず「パロを用いる非薬物的介入」を優先し、もしも効果が無ければ、症状に応じた各種の向精神薬を使って良い、という手順です。

 しかしながら、前述のように、これまでは認知症を有する方々に対するパロの効果が注目されていたため、介護者の介護負担感の軽減の効果については、臨床試験が行われておらず、エビデンスがありませんでした。

 

4.研究の詳細

【活用したロボット:パロ】

 パロは、産業技術総合研究所の柴田崇徳博士が開発した、人の心に寄り添うアザラシ型ロボットです。動物介在療法を参考に開発され、動物の場合に生じるアレルギーのある人への配慮や衛生面等のデメリットを補う機能を備えています。世界約50カ国で治療的な場面に導入されており、身体性人工知能(Embodied AI)と各種センサーにより、生き物のような愛らしい反応を示します。

 医療現場だけでなく、災害で被災した認知症高齢者への効果としても、① 認知症の方のBPSDの改善、② 介護者の介護負担感の軽減、③ 介護者の被災生活におけるストレスの軽減に貢献しています。

例えば、能登半島地震や豪雨の被害を受けた地域では、介護者自身も被災者であり、自宅が損壊し仮設住宅から職場へ通っている場合があります。そのため、通常以上に大きなストレスが介護者にかかっており、離職や休職を防ぐためにも、②と③の効果はケアの質を高めるうえで非常に重要です。

 

図3 パロ体長約57㎝、重さ2.6㎏(画像提供:産総研)

 

図4 パロとのふれあいの場面(能登半島の能登町のグループ・ホーム)(画像提供:産総研)

【対象と手法】

 認知症高齢者85名を対象に、パロとの交流頻度による影響を比較するクラスター・ランダム化比較試験を実施しました。

介入内容: 施設内の共有スペースにパロを設置。スタッフは安全確保等に留め、利用者の自発的なふれあいを促しました。

比較条件: 「週1回・1時間」群 vs 「週3回・1時間」群(1ヶ月間)

評価指標: NPI-Q(神経精神症状評価尺度)

統計分析: 混合効果モデル

 

【研究成果】

 「週3回の群」において、介護者の負担感が統計的に有意に改善しました。また、BPSDの重症度については、2群の比較で統計的な有意差には至らなかったものの、臨床現場で変化を実感できる目安となる「臨床的に意味のある改善傾向」が認められました。有意差が算出されなかった要因としては、感染症流行の影響により統計的な検出力が不足した(当初予定の80%に対し59%に留まった)ことが影響したと考えられます。

副次アウトカムとして、「週3回の群」は、1ヶ月間の前後で、BPSDが統計的に有意(p=0.041)に改善しました。

 

 

 5.研究の意義と波及効果

① 人材不足下での現実的な「負担低減モデル」

 専門職の常時の介入を必要としない「自律的交流モデル」で成果が出たことは、現場の業務量を増やさずに導入できることを示しています。1回1時間、週3回の設置という頻度は現場への負荷が軽く、多様な形態の施設サービスへの柔軟な導入が期待できます。

② 在宅介護への展開と自治体連携

 施設での成果を在宅ケアへ展開し、レンタルモデルや地域拠点での共同利用を組み合わせることで、家族介護の負担低減への波及も見込まれます。家族の負担低減は要介護者の在宅継続を支え、介護保険コストの抑制にも寄与します。

③ 公的補助制度の活用による導入促進

 導入コストを懸念する声を耳にすることがありますが、既存の公的支援事業を活用することで、初期費用のハードルを大幅に下げることが可能です。国の「介護テクノロジー導入支援事業」、東京都「次世代介護機器導入促進支援事業」、市区町村独自の介護ロボット導入補助制度等が活用できます。

研究責任者:井上 薫(東京都立大学教授)のコメント

 私たちは、『日本発のロボットのかわいいパワー』の根拠を科学的に検証しました。今回の研究では、ロボットを有効活用することで、専門職の常時介入がない環境下でも、1ヶ月間、1回1時間、週3回のふれあい提供で、介護者の負担が軽くなり、利用者の症状にも良い影響を与える可能性を確認しました。

 認知症ケアの主役は、あくまで「人」による温かい関わりです。ロボットは人の代替ではなく、人が本来行うべき専門的なケアにより集中できるようにする“補完的な存在”です。しかし、深刻な人手不足に直面する現場では、職員への大きな業務負担のために余裕をなくしてしまう現実もあります。理想的な活用法は、ロボットを囲んで一緒にその時間を楽しむというやり方ですが、例えば、ある人がパロと癒しの時間を過ごしている間に、他の対象者に人間ならではの専門的なケアを提供したり、一人ひとりとじっくり向き合う時間に注力したりできるでしょう。今回の成果は「ロボットの有効活用」について大きな示唆を与えており、多忙な現場での業務改善とケアの質の向上を目指すすべての関係者にとって、大きな希望になると確信しています。

 研究の遂行には多くの人のご支援をいただきました。ご協力いただいた皆様に深く感謝いたします。

6.論文情報

<タイトル> A Randomized Trial Using PARO with Minimal Caregiver Involvement on Older Adults with Dementia in Group Homes

<著者名>Kaoru Inoue, Mitsunobu Kono, Ryuji Kobayashi, Chiyomi Yatsu, Daryl Patrick, Gamboa Yao, Takanori Shibata, Joseph F. Coughlin, Masahiro Shigeta

<雑誌名>Alzheimer’s & Dementia(open-access online companion), Journal of Alzheimer's Association

<DOI>10.1002/alz.71163

7.補足説明

(1) LS平均変化量(Least Squares Mean Change

群間比較を公平にするために、統計モデルで調整した平均の変化量

 

(2) BPSDBehavioral and Psychological Symptoms of Dementia

認知症の方に見られる行動面や心理面の症状の総称。

行動症状:徘徊、暴言・暴力、過食、拒食、同じ行動の繰り返しなど

心理症状:不安、抑うつ、幻覚、妄想、興奮など

 

(3)NPI-QNeuropsychiatric Inventory Questionnaire

認知症患者に見られる行動・心理症状(BPSD)を簡便に評価するための質問票。介護者や家族が回答し、患者の症状の有無と重症度、介護者の負担感を評価します。評価項目は、妄想、幻覚、興奮、抑うつ、不安、無気力、脱抑制、易怒性、異常行動など、合計12項目。

[参考文献]

[1] 柿沼、認知症の人に寄り添う先進技術で在宅介護者の負担軽減を 前編、MRIトレンドレビュー

https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20241128_2.html (参照2026年3月7日)

[2] World Health Organization, Global action plan on the public health response to dementia 2017–2025, WHO

https://www.who.int/publications-detail-redirect/global-action-plan-on-the-public-health-response-to-dementia-2017---2025 (参照2026年3月11日)

[3] World Health Organization, Global status report on the public health response to dementia, WHO

https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/344701/9789240033245-eng.pdf (参照2026年3月11日)

[4] 柴田、「介護テクノロジー」の重点分野「認知症生活支援・認知症ケア支援」の「選定機器」アザラシ型ロボット「パロ」の効果のエビデンスと社会実装、日本ロボット学会誌Vol.43, No.10, pp.964-967, 2025

 

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プレスリリース添付画像

図1 認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数の将来推計[1]

図2 介護が必要になった主な原因[1]

図3 パロ体長約57㎝、重さ2.6㎏(画像提供:産総研)

図4 パロとのふれあいの場面(能登半島の能登町のグループ・ホーム)(画像提供:産総研)

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