注意欠如多動症(ADHD)中核症状の緩和に効果的な認知行動療法の技法を発見

福井大学

令和7年2月3日

国立大学法人福井大学

国立大学法人鹿児島大学 鹿児島大学病院

専修大学

〈概要〉

 福井⼤学⼦どものこころの発達研究センター情動認知発達研究部⾨ 濱⾕沙世助教、⽔野賀史准教授、鹿児島大学病院 松本一記研究准教授、専修大学人間科学部 国里愛彦教授らの研究チームは、システマティック・レビュー注1)により検出された全世界43件のランダム化比較試験注2)から抽出したデータを、コンポーネント・ネットワーク・メタアナリシス注3)と呼ぶエビデンス統合のための統計解析手法を用いて、注意欠如多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder, ADHD)注4)の中核症状である不注意症状と多動性/衝動性症状を緩和させる認知行動療法注5)の技法を、世界で初めて明らかにしました。

   本研究成果により、ADHDを持つ方に最適な治療法の提案と、新規治療開発が進むことが期待できます。この研究は、2024年12月27日に国際学術誌BMJ Mental Health(formerly Evidence-Based Metal Health)(Impact Factor 6.6, SciMago Journal Rank 1.912)に公開されました。

 

 

〈本研究成果のポイント〉

◆  注意欠如多動症(ADHD)に対する認知行動療法の有効性を調べたランダム化比較試験について5つのデータベースで検索を行い、2024年2月29日までに公開された43試験に登録された3,817症例の結果をネットワーク・メタアナリシスで統合しました。

◆  治療レベルでは、第3世代療法(マインドフルネス認知療法、弁証的行動療法、アクセプタンス・コミットメント・セラピー)、行動療法、認知行動療法の順にプラセボよりも、ADHDの中核症状を緩和させることがわかりました。

◆  コンポーネントレベルでは、「組織化戦略」と「第3世代技法」が認知行動療法への治療反応性を高めることに関連しており、「問題解決技法」が不注意症状の緩和に関連することがわかりました。

◆  認知行動療法は、さまざまな技法が組み合わせて提供される複雑な精神療法です。本研究によりADHDに有効な認知行動療法の技法が発見されたことで、支援ニーズに応じた最適な治療の提案や新規治療プロダクトの開発が期待できます。

 

 

〈研究の背景と経緯〉

 ADHDの治療として薬物療法が有効とされています。しかしながら、薬物療法による寛解は稀であり、ほとんどの症例でADHDの中核症状は残存します。他方で、精神療法―特に認知行動療法―は、ADHDの中核症状の緩和に効果があるとされています。ただし、非常に多くの認知的・行動的技法が存在する認知行動療法で、どのような構成要素(コンポーネント)がADHD中核症状の緩和に有益であるのかは未知でした。そこで、この研究ではADHDに対する認知行動療法の有効性を評価したランダム化比較試験を体系的に調べて、治療レベルとコンポーネントレベルのネットワーク・メタアナリシスを行いました。

 

 

〈研究の内容〉

 5つのデータベースで検索を行い、2024年2月29日までに英語で公開された43試験3,817症例のエビデンスを統合しました。治療レベルの解析から、第3世代療法注6)(マインドフルネス認知療法注7)、弁証法的行動療法注8)、アクセプタンス・コミットメント・セラピー注9))、行動療法、認知行動療法の順にプラセボよりも、ADHD中核症状の緩和に効果的であることがわかりました。図1は治療レベルのネットワークです。コンポーネントレベルの解析からは、「組織化戦略」と「第3世代技法」が治療反応性を高めることに関連しており、「問題解決技法」が不注意症状の緩和に関連していることがわかりました。

 

 

〈今後の展開〉

 今回の研究で、ADHDの中核症状を緩和に効果的な認知行動療法の構成要素が特定されました。この成果がADHD支援に関わるすべての人にとって、治療方針を決定する上での有益な情報となること願っています。今後は、これらの構成要素が含まれた認知行動療法プログラムの効果検証や、インターネットを介して効果的な治療へのアクセスを高める研究の実施が期待されます。本研究を遂行した研究チームは、すでに今回特定された認知行動療法の構成要素を含む治療者用マニュアル(濱谷・松本, 未公開)の作成と、子どもと保護者のためのインターネット治療プログラムの開発を完了しています(CARP, Children with ADHD Rescue Project: 図2を参照)。将来的には、これらを活用した臨床試験を行い、得られた治験を学術成果としてまとめて、関連学会や学術誌に報告していく予定です。

 

 

 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(B)(JP22H00985)、公益財団法人母子健康協会小児医学研究助成、公益財団法人武田科学振興財団2022年度医学系研究助成、鹿児島大学若手研究者支援事業及び鹿児島大学研究教授・研究准教授制度に基づく⽀援を受けて⾏われました。

 

 

〈参考図〉

図1. 治療レベルのネットワークグラフ

 

 

 図2. ADHDの中核症状緩和に効果的な認知行動療法の構成要素を組み込んだ、

子どもと保護者のためのインターネット治療プログラムのユーザーインターフェース

 

 

〈用語解説〉

注1)  システマティック・レビュー: 公表されている全研究を網羅的に探し出し、それらを客観的な基準で評価し、総合的にまとめる研究方法。複数の研究によるエビデンスを統合することで、より信頼性の高い結論を得ることができる。

 

注2)  ランダム化比較試験: 新しい治療法の効果を調べるために、参加者をいくつかのグループに無作為に割り付けて行う臨床試験。参加者の年齢、性別、病気の進行具合などを、グループ間で条件を揃えることで、新しい治療法の効果を他の要因の影響を受けずに純粋に評価できる。

 

注3)  コンポーネント・ネットワーク・メタアナリシス: 複数の研究結果を組み合わせて、より多くの情報を得るための高度な統計手法。認知行動療法は、心理教育、認知再構成、組織化戦略、マインドフルネス、問題解決技法など多様な技術が含まれた複雑な治療である。この手法を使うと、複数の研究結果を一つの枠組みで分析し、認知行動療法全体の効果だけでなく、認知行動療法を構成する技法の効果まで正確に評価できる。

 

注4)  注意欠如多動症(Attention-Defect/Hyperactivity Disorder, ADHD): 不注意、多動性、衝動性といった特徴が、日常生活に支障をきたす神経発達症(発達障害)。

 

注5)  認知行動療法:問題を維持している「認知(知覚・注意・意識・思考・イメージ・記憶)」や「行動」に注目し、それらを改善することで、心の病や問題を解決していく精神療法。治療者と患者が対面で実施する個人認知行動療法は、うつ病、強迫症、パニック症、社交不安症、摂食障害、PTSDなどの精神疾患に対して有効性が確立している。

 

注6)  第3世代療法:認知行動療法の一種。従来の認知行動療法は、ネガティブな思考や行動パターンを修正することに焦点を当てていた。一方で、メタ認知を扱うことで、ネガティブな思考や感情を「あるがまま」に受け入れ、自分の価値観や目標に沿った行動を妨げないようにより適切な行動を選択できるように訓練する。代表的ものには、マインドフルネス認知療法、弁証法的行動療法、アクセプタンス・コミットメント・セラピーなどがある。

 

注7)  マインドフルネス認知療法:瞑想を通じて現在の瞬間に意識を向けることで、ネガティブな思考や感情のループに気づき、心の安定を促す精神療法。

 

注8)  弁証法的行動療法:感情の調整とストレスへの対処を目的とした精神療法。具体的には、不健康な思考パターンを修正し、より適応的な行動を身につけることを目指す。同時に、変えられない現状や過去の出来事を受け入れる方法を学び、感情の安定を図る。

 

注9)  アクセプタンス・コミットメント・セラピー:避けたい感情や思考を受け入れ、それを妨げとせず、自分にとって価値のある行動につなげることで、より充実した人生を目指す精神療法。

 

 

〈論文タイトル〉

 “COMPONENTS OF COGNITIVE BEHAVIOURAL THERAPY FOR MITIGATING CORE SYMPTOMS IN ATTENTION-DEFICIT HYPERACTIVITY DISORDER: A SYSTEMATIC REVIEW AND NETWORK-META-ANALYSIS

日本語タイトル:「注意欠如多動症の中核症状を緩和するための認知行動療法の構成要素:システマティック・レビューとネットワークメタ解析」

 

 

〈著者〉

 Kazuki Matsumoto,† Sayo Hamatani,† Yoshihiko Kunisato, Yoshifumi Mizuno.

†Co-First Author(共同第一著者)

 

 

〈掲載雑誌〉

「BMJ Mental Health」(⽇本時間:2024年12⽉27⽇に掲載)

DOI番号: 10.1136/bmjment-2024-301303

 

 

〈文献情報〉

 Matsumoto K, Hamatani S, Kunisato Y, Mizuno Y. Components of cognitive–behavioural therapy for mitigating core symptoms in attention-deficit hyperactivity disorder: a systematic review and network meta-analysis. BMJ Ment Health 2024;27:e301303.

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図1.

図2.

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