世界初、ウナギの脂を連続生産できる細胞の樹立に成功

― 絶滅が危ぶまれるニホンウナギを未来の食卓へ ―

2025年12月2日

地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター(都産技研)の岸野恵理子 副主任研究員、三枝静江 主任研究員、及び北里大学海洋生命科学部の池田大介 准教授の研究グループは、絶滅危惧種であるニホンウナギの筋肉組織から、ウナギの風味や食感に不可欠な“脂”をつくる細胞の樹立に、世界で初めて成功しました。これらの細胞株は、ウイルスや薬剤を使用することなく得られた自然不死化細胞株(spontaneously immortalized)で、連続培養が可能です。また、細胞株がつくる脂の組成は、市販の養殖ウナギと非常によく似ていることも確認されています。本成果は、絶滅が危ぶまれているニホンウナギの資源保護と、持続可能な食料生産へ大きく貢献できる意義を持ちます。この研究内容は、20251120日付で、Nature系列の国際学術誌である「npj Science of Food」に掲載されました。

 

研究成果のポイント

◆ ニホンウナギ筋肉由来の連続培養可能な脂肪前駆細胞株(JE-KRT224、JE-EK9、JE-F1140)を樹立

◆ 細胞がつくる脂は市販の養殖ニホンウナギ肉の脂に近いことを確認

◆ 既に開発済みの筋肉細胞株との組み合わせで、より本物に近い脂ののった細胞性食品(ウナギ肉)開発への応用が期待される

 

研究の背景

細胞性食品(培養肉)は、動物や魚から採取した細胞を培養して食肉・魚肉に利用する新しい食料生産技術であり、環境負荷の軽減や動物福祉の観点から注目を集めています。牛や豚などの陸上動物では研究が進んでいますが、魚類における細胞株の整備は極めて限られていました。特に脂肪細胞は風味・食感に直結する要素でありながら、魚類由来の脂肪細胞株に関する研究はきわめて限られており、株化に成功した例はこれまで報告されていません。

一方で、ニホンウナギは日本の食文化に深く根付いた高級魚ですが、資源量の減少により絶滅危惧種に指定されています。現在市場に出回るウナギは、天然の稚魚(シラスウナギ)を捕獲して養殖する方法に依存しており、資源枯渇や価格高騰が深刻な問題となっています。この背景から、持続可能な供給を可能にする「細胞性ウナギ肉」の開発は社会的にも科学的にも大きな意義を持ちます。

 

研究内容と成果

研究グループはニホンウナギ稚魚の筋肉組織から取り出した細胞を長期間培養し、形態的特徴を手がかりに細胞を分離・培養することで、3種類の新しい細胞株(JE-KRT224、JE-EK9、JE-F1140)を樹立しました。これらの細胞株は、120回以上の細胞分裂を経ても安定した増殖能力を維持しており、人為的な遺伝子操作なしに無限増殖能を獲得した「自然に不死化した細胞株(自然不死化細胞株)」であることが示されました。

次に、これらの細胞の性質を調査した結果、間葉系幹細胞【※1に由来する脂肪前駆細胞【※2であることが明らかになりました。細胞は、分化誘導の刺激に応答して成熟した脂肪細胞へと変化し、細胞内に脂肪滴を大量に蓄積しました(図1)。さらに、培養液に脂肪酸の一種であるオレイン酸を添加すると、細胞の増殖を維持したまま、効率的に脂肪を蓄積させることにも成功しました。市販の養殖ウナギ肉の脂肪酸組成は一価不飽和脂肪酸が最も多く、次いで飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸の順です。蓄積された脂質の脂肪酸組成は、それと非常に近いものであることが確認されました(図2)。

 

 

図1. 脂肪滴(赤色)をためた細胞
脂肪細胞へと分化させたJE-KRT224

 

 

図2. 細胞に蓄積された脂質の脂肪酸組成
オレイン酸添加培地で培養した際の脂肪酸組成 (JE-F1140)

 

今後の展開

食肉は、主に筋肉と脂肪から構成されています。すでに研究グループは筋肉をつくるための筋芽細胞【※3を樹立済みであることから、本研究により「細胞性ウナギ肉」の実現に不可欠な要素が揃いました。今回樹立した細胞株は、ウナギ肉のおいしさや風味に重要な脂の要素を提供できるだけでなく、抽出した脂の産業用途への展開も期待されます。

今後は、両細胞を組み合わせた立体的な組織の構築と、ウナギ特有の風味や食感を持つ「細胞性ウナギ肉」の開発を両機関で連携して加速させていきます。将来的には、培養環境を整備することで、天然物では難しい「脂ののり具合の最適化」や「品質の均一化」といった、培養ならではの研究開発へと展開していく予定です。また、都産技研では本研究成果の社会実装に向けて、製品化を目指した企業との共同研究を積極的に推進していく方針です。

これらは、将来的には他の高級魚や絶滅危惧種の細胞性魚肉開発にも応用可能であり、持続可能な食料供給の実現に向けた新たな研究展開に道を拓きます。

 

論文情報

掲載誌: npj Science of Food

論文名: Establishment of spontaneously immortalized Japanese eel muscle-derived preadipocyte cell lines for cultured seafood production

著 者: Eriko Kishino, Shizue Saegusa, Daisuke Ikeda

DOI: 10.1038/s41538-025-00557-x

 

用語解説

※1 間葉系幹細胞

脂肪細胞、筋肉細胞、骨細胞、軟骨細胞など、体の様々な組織に分化する能力を持つ幹細胞の一種。

※2 脂肪前駆細胞

脂肪を蓄積する成熟した脂肪細胞に分化する前段階の未熟な細胞。

※3 筋芽細胞

筋肉を形成するもとになる未熟な細胞。筋肉の幹細胞。

 

 

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プレスリリース添付画像

図1. 脂肪滴(赤色)をためた細胞 脂肪細胞へと分化させたJE-KRT224

図2. 細胞に蓄積された脂質の脂肪酸組成 オレイン酸添加培地で培養した際の脂肪酸組成 (JE-F1140)

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