
配偶者の実家、ときには自分の実家でも、帰省を前にすると気が重い——そんな人が一定数存在する。この憂鬱には「帰省ブルー」という呼び名があり、年末年始が近づくたびにテレビの特集などで取り上げられてきた。この夏、この言葉と並んで目にするようになったのが、星野リゾートの「街ナカ」ホテルブランド「OMO(おも)」が提案する「ホテル帰省」だ。8月9日には広告・広報の専門媒体AdverTimesがこの提案を取り上げた。
発表は6月29日。「実家に泊まらないという選択肢」を見出しに掲げたプレスリリースで、実家周辺のOMOを拠点に、日中は実家で家族と過ごし、夜はホテルへ戻る過ごし方を「ホテル帰省」と呼んで提案した。背景に挙げたのは、生活リズムや快適さを尊重し合って程よい距離感を保つ「家族の適温」という考え方。特設サイトは「帰省する側と受け入れる側、どちらの負担も軽減できる」とうたい、泊まる側だけでなく迎える実家の側の負担もふまえている。
日中は実家、夜はホテル 3人以上で泊まれる客室が約4割
OMOは全国18施設。客室は最大6名まで泊まれ、定員3名以上の部屋が約4割を占める。パブリックスペース「OMOベース」は実家の家族との待ち合わせ場所になる。7月と8月は、ふだん宿泊者限定の夜のイベントに、泊まっていない実家の家族も宿泊者と一緒に参加できるようにした。帰省の体験をInstagramに投稿してもらうキャンペーン「#私たちのホテル帰省」は7月1日から9月30日まで。投稿した人から抽選で計18組に宿泊券が当たる。
この発表で目を引くのは、言葉の選び方と置き場所だ。
「決して親不孝ではありません」 マーケティング担当がみずから語った
同社は7月、「『帰省ブルー』を温かな再会に変える、里帰りの引き算」と題した記事を公式サイトで公開した。書き手はOMOブランドのマーケティング担当、川村美穂さん。子ども時代の福島への里帰りの記憶から書き起こし、「実家があるのに、わざわざ近くのホテルに泊まるなんて、冷たい家族だと思われるのではないか」という自問を明かす。OMO7旭川の総支配人から、夏休みや年末年始にはすでにそうした客が来ていると聞かされたことが転機になり、「『実家に泊まらない』ことは、決して親不孝ではありません」と語った。
企業の名義で「帰省は憂鬱ですよね」と書けば、帰省の習慣そのものを腐していると受け取られかねない。会社の声明は前向きな言葉で書き、ためらいや後ろめたさは名前のある個人の語りに置く。「実家に泊まらないのは冷たい」という受け手側の認識(パーセプション)を、説得ではなく打ち明け話の形でほどいていく。
「帰省ブルー」も「ホテル帰省」も、もともと存在していた言葉
もうひとつ、この企画は新しい言葉を作っていない。「帰省ブルー」は以前からある言い回しで、川村さんの記事も、この語を「帰省離れ」などと並べて、社会に広まりつつある言葉として扱っている。「ホテル帰省」と「家族の適温」はどうか。博報堂生活総合研究所のウェブメディア「月刊 生活総研」が昨年12月に公開した記事「実家に頼らず気疲れもなし 『ホテル帰省』の温度感」に、どちらの言葉も確認できた。
新しい言葉は説明から始めなければならない。既にある言葉なら説明は済んでいる。「帰省ブルー」と検索窓に打ち込むのは、多くが帰省を控えて気が重い当事者で、その検索の受け手になりうるページを同社は用意したことになる。憂鬱を否定せず、選択肢を差し出すページだ。名付けの手柄を主張しないから、企業発の新語につきまとう「また言葉を作ったのか」という斜めの受け止めも起きにくいだろう。
なぜハッシュタグの頭に「私たちの」が付くのか
ハッシュタグは「#私たちのホテル帰省」。頭に「私たちの」が付くだけで、投稿は宣伝文の複製ではなく、それぞれの家族の事情を含んだ当事者の語り(ナラティブ)に寄りやすくなる。「実家に泊まらないほうが、うちの家族はうまくいく」。企業からは発信しづらいこの一言を書けるのは、顧客だけだ。
帰省ブルーは、お盆や年末年始のたびに検索される類いの言葉だ。特設ページと投稿の蓄積を持った会社は、来年も同じ季節に思い出されやすい。30年かけて夏の風物詩になった田んぼアートと同じで、季節に根を下ろした企画は一度きりの話題づくりより長く働く。
気の重さに新しい名前を付けず、もともとあった言葉を借りる。その言葉を会社の声明から外して個人の語りに置き、締めくくりは客の投稿に委ねる。客の後ろめたさを扱う発表のお手本として読める。あなたの会社の客がまだ口にしにくい気持ちにも、もう名前があるかもしれない。新しく作る前に、まず探してみたい。
この記事の著者:金光成珠
出典:星野リゾート「ホテル帰省」特設サイト/同・ストーリー記事「『帰省ブルー』を温かな再会に変える、里帰りの引き算」(2026年7月公開)/博報堂生活総合研究所「月刊 生活総研」掲載記事「実家に頼らず気疲れもなし 『ホテル帰省』の温度感」(2025年12月15日公開)/文藝春秋「CREA WEB」の記事「【ホテル帰省】という選択肢をOMOが提案。家族とほどよい距離を保つには『昼は実家、夜は気兼ねなくホテルで!』」(CREA×星野リゾート・2026年7月31日公開)

