
エレベーターを降りて会場に入ると、床いっぱいに黒いマルチシートが敷いてあり、実のついたとうもろこしが立っていた。背は人の胸のあたりまであって、株と株のあいだを歩ける。見上げると、葉の向こうに天井のダウンライトと空調が並んでいる。ここは畑ではなく、ビルの屋内だ。7月27日、渋谷スクランブルスクエア15階にある「SHIBUYA QWS」のイベントスペースで開かれた「Yuinchu×ハマラ」というトークイベントだ。

場のプロデュースを手がけ、SHIBUYA QWSの会員としてハマラの場づくりに関わってきた株式会社Yuinchuが、長野県原村で農園「ハマラノーエン」を営む株式会社ハマラと共同で開いた。副題は「農の可能性を広げる場づくり」。ハマラの代表、柳沢卓矢さんは開口一番、「今朝も3時か4時に畑に入ってとうもろこしを採ってきたので頭が回っていないかもしれない」と断ってから話しはじめた。会場には生のとうもろこしを切った試食のカップが、テーブル一面に並んでいた。

「畑を渋谷に持ち込むための小さな実験です」
自社の現場を都心で伝えるとき、たいていは写真か映像を持っていく。パネルを立て、スライドを映し、動画を流す。この日は、現物のほうが運ばれていた。会場のスライドには、こう書かれていた。「『知る』だけではなく、五感で体験する」「QWSでの『もぎり体験』は、畑を渋谷に持ち込むための小さな実験です」。
株式会社ハマラが示した沿革を見ると、この「実験」が唐突なものではないことがわかる。2011年に新規就農。2015年に「八ヶ岳生とうもろこし」をブランド化し、日本ギフト大賞 長野賞を受賞。2023年に直売所「ハマラハウス」を建てて、客と直接つながる場をつくり、体験を広げていく。そして2025年4月に社名を変更し、農を軸に事業を広げている。スライドはこの流れを一行でまとめていた。「農産物を売るだけでなく、人が関われる入口を増やしてきた」。
売り先を増やすのではなく、関わり方を増やす。渋谷の15階に畑を持ち込むことは、その延長線上にあった。

畑の道を、あえて曲げた
イベントの後半で紹介されたのが、「八ヶ岳丸太プロジェクト」だ。長野県諏訪郡原村の建築事務所MDSと、日本大学生産工学部建築学科・岩田研究室が取り組んでいる。大学院で建築を学ぶ学生たちが、企画から設計、施工まで加わる。始まりは、MDSの森さんがとうもろこしを食べに畑を訪ねたことだった。掲げているのは「建築を建てる」ことではなく、「その地域ならではの風景と、そこでしか体験できない時間をデザインする」ことだという。八ヶ岳の畑につくった作品は「丸太ゲート」「見上げ櫓」「見晴らし櫓」の三つ。ビニールハウスから畑に入るところにゲートを立て、くぐって歩いていくと山並みが見える。低いほうの櫓はとうもろこしの背丈に合わせた高さで、寝転ぶと畑の壁に囲まれて空を見上げる格好になる。高いほうは、畑全体と山並みを一望できる。

自分の仕事場の動線を、外から来た人に「曲げたい」と言われたら、どう思うだろう。まず、効率が落ちると考えるかもしれない。学生たちが畑でやったのは、まさにそれだった。
とうもろこし畑の道は、ふつう一直線に作るのだという。機械が入りやすく、収穫作業を効率化できるからだ。学生たちは、その道をあえて曲げた。先が見えないほうが、曲がった先に何があるんだろう、と思えるからだという。農園側によると、農業に携わる自分たちは固定観念に縛られ、作業効率を優先してしまうため、こうした発想はなかなか生まれないという。
畑をいちばんよく知っているのは、当然その畑で働いている人。知っているから、まっすぐ道を引くのが正しいとわかる。わかっているから、曲げるという案が最初から出てこない。知りすぎていることは、選択肢を増やすとは限らない。むしろ、選択肢が机の上に載る前に消えてしまうことさえある。
企業広報でも同じことが起きる。自社の商品や制度をいちばん正確に説明できるのは、いつも中の人だ。だからこそ「それは無理」「前にやって効果がなかった」という判断が、企画会議に出す前の段階で下される。外部の人を入れる意味は、知識を足すことだけではない。消える前の選択肢を、もう一度机に戻すことにもある。
待ち時間が、エンターテインメントに
この櫓が、思いがけない仕事をしていた。八ヶ岳の直売所は、夏になると行列ができる。待ち時間が長くなり、来場者の負担も増える。そこで整理券を配り、順番が来るまでは畑を見て回ってもらう運用にしたという。すると来場者は櫓のほうへ歩いていき、写真を撮って戻ってくる。待ち時間が、畑を見て回る時間になった。
櫓が変えたのは、畑の景色だけではなかった。整理券を手にした来場者に、行き先をつくった。行列そのものは消えなくても、その時間の意味は変えられる。場をつくることが、運営の悩みに別の答えを与えていた。

売上と「また来たい」を、同じページで考える
もうひとつ、印象に残ったスライドがあった。事業が広がるほど課題も増える、という一枚だ。需要と農作業のピークが7月から9月に集中すること。夏場の販売・収穫・配送・体験運営にかかる人手。生でおいしい状態をどう守るか。そして、人気が高まるほど待ち時間が延び、体験の価値が落ちやすいこと。四つを並べたうえで、まとめの一行はこうだ。「売上の最大化だけでなく、『また来たい』と思える体験を守る」。
売上を最大化するという話と、待ち時間が延びて体験の価値が落ちるという話が、同じページに並んでいた。外向けの資料でこの二つが並ぶことは、そう多くない。成果と課題を同じページに示すことで、その企業が何を優先しているのかが一行で伝わる。読む側にも、そのほうがわかりやすい。
最後は収穫体験だった。とうもろこしは引っ張っても取れないのだという。少し下を向いて実っているので、その向きのまま、素直に下へ倒す。教わったとおりにやると、きれいに一本取れた。

もっとも、この日見たのは会場に運ばれてきた「畑」であって、八ヶ岳の畑そのものではない。丸太でつくられた三つの構造物は、写真とスケッチでしか見ていない。曲げた道を実際に歩いた人が何を感じるのか、直売所の待ち時間の感じ方がどう変わったのか、確かめるには現地へ行くしかないだろう。とうもろこしの季節は9月まで続く。
あなたの会社の企画会議では、誰が「それは無理」と言っているだろうか。その人は、たぶんその道にいちばん詳しい人ではないだろうか。
取材:2026年7月27日、東京・渋谷「SHIBUYA QWS」で開かれた「Yuinchu×ハマラ 〜農の可能性を広げる場づくり〜」(主催・株式会社Yuinchu)。
この記事の著者:金光成珠
