志賀毒素の毒性発揮に必要な2つのユニットを共通して阻害する分子を発見

―新たなO157感染症治療薬開発に期待―

同志社大学

 各 位

                                         2021年5月10日

                                   

                                   学校法人同志社 同志社大学

                         大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構

                              国立研究開発法人日本医療研究開発機構

                       

志賀毒素の毒性発揮に必要な2つのユニットを共通して阻害する分子を発見 新たなO157感染症治療薬開発に期待―

 

 

発表者

高橋美帆(同志社大学生命医科学部医生命システム学科 助教)

千田美紀(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 特任助教)

千田俊哉(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授)

西川喜代孝(同志社大学大学院生命医科学研究科医生命システム専攻 教授)

 

発表のポイント

 1)O157などの腸管出血性大腸菌が産生する志賀毒素について、毒素タンパクを構成している機能的に全く異なる2つのサブユニットを共通して阻害するペプチドを同定しました。

2)志賀毒素の毒素本体であるA-サブユニットと同定したペプチドとの結合様式の詳細を、X線結晶構造解析により解明することに成功しました。

3)本成果は、いまだに有効な治療薬のない腸管出血性大腸菌感染症に対する新たな治療薬開発に貢献すると考えられます。

 

発表概要

血清型O157に代表される腸管出血性大腸菌(注1)による感染症は、毎年世界中で多くの感染者・死者を発生させています。また、抗生物質の使用は症状を増悪させる可能性も示唆され、WHOの治療指針においても検討課題とされており、有効な治療薬がない状況です。

志賀毒素(Shiga toxin; Stx)は腸管出血性大腸菌が産生する主要な病原因子であり、その毒性を阻害する分子は有望な治療薬として期待できます。

Stxは、標的となる細胞のタンパク質合成を阻害するA-サブユニットと、標的細胞上に存在する受容体を認識しA-サブユニットを細胞内に届ける働きを持つB-サブユニット5量体から構成されています。

 

同志社大学生命医科学部の高橋美帆助教、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の千田美紀特任助教、千田俊哉教授、および同志社大学大学院生命医科学研究科の西川喜代孝教授らの研究グループは、Stxの機能が異なる2つのサブユニットに共通して結合し、その働きを阻害するペプチド分子を同定しました。同定したペプチドについて、X線結晶構造解析を行ったところ、A-サブユニットとの結合様式の詳細が解明され、本ペプチドのカルボキシル末端の5アミノ酸からなる領域がA-サブユニットの触媒ポケット(注2)をほぼ塞ぐように結合していることを見出しました。

これまでA-サブユニットの機能を阻害することが確認されたペプチドは同定されておらず、本成果は、腸管出血性大腸菌感染症に対する新たな治療薬開発に貢献すると考えられます。

本研究成果は、日本時間2021年5月10日(月)18時に英国科学誌Communications Biology(オンライン版)に掲載されました。

 

発表内容

腸管出血性大腸菌による感染者数は、日本では年間約4,000人前後、米国では20万人前後で推移しており、いまだに減少の傾向は見られていません。本感染症は血便を伴う下痢や出血性大腸炎などの消化管障害を引き起こします。加えて、脳症や溶血性尿毒症症候群(注3)等の生命に関わる合併症を併発させることがあり、人類にとって大きな脅威となっています。しかしながら、抗生物質の使用は症状を増悪させる場合があることから、WHOの治療指針でも検討課題となっており、現在有効な治療薬がない状態にあります。

志賀毒素(Shiga toxin; Stx)は腸管出血性大腸菌が産生する極めて強い毒性を示す分子であり、この毒素が腸管上皮細胞を傷害することで消化管障害を引き起こします。またわずかでも血中に侵入した場合には脳や腎臓の細胞を傷害することにより致死的な合併症を引き起こします。従って、Stxの毒性を阻害する分子が開発できれば疾患の有望な治療薬になると期待できます。

Stxは、標的となる細胞のタンパク質合成を阻害することで細胞を殺す、いわゆる毒素本体であるA-サブユニットと、標的細胞上に存在する受容体に結合して、A-サブユニットを細胞内に届ける働きをしているB-サブユニット5量体から構成されています(図1)。

B-サブユニット5量体がA-サブユニットを標的細胞内に届ける際、B-サブユニット5量体は最大15分子の受容体と互いに複数の手で結合(多価対多価の結合を形成)します。その結果、極めて強く細胞に結合することが知られており、本現象はクラスター効果(注4)と呼ばれています。これまで同志社大学の研究グループは、それ自体がクラスター効果を発揮してB-サブユニット5量体に強く結合しその働きを阻害する、多価型ペプチド性Stx阻害薬(4本のペプチド鎖が核となる構造に放射状に結合した4価型ペプチド構造を持つ)を開発してきました。これは、1本鎖のモノマー型ペプチドではクラスター効果を発揮することができず、B-サブユニット5量体に結合できないためです。

今回ペプチド鎖の中に人工アミノ酸を導入することにより、さらに強力な阻害活性を持つ4価型ペプチド性Stx阻害薬を開発することに成功しました。ところが意外にも、このペプチドはモノマー型でも強いStx阻害活性を示すことを見出しました。そこで、A-サブユニットとB-サブユニット5量体を個別に調製し各ペプチドとの結合活性を調べたところ、モノマー型ペプチドは予想通りB-サブユニット5量体には全く結合できませんが、A-サブユニットに強く結合できること、一方4価型になるとB-サブユニット5量体にはクラスター効果を発揮して強く結合できますが、A-サブユニットには結合できなくなることを見出しました(図1)。すなわち、同一の配列を持つペプチドがどういう形状をとるかによって結合する相手を見分けていることになります。

そこで、モノマー型ペプチドがどのようにStxに結合しているかを分子レベルで解明するため、両者の複合体の結晶を作製し、X線結晶構造解析(注5)を行いました。Stxには複数のサブタイプが存在していますが、ここでは臨床的に最も症状の重篤化と関係が深いことが示されている、Stx2aというサブタイプを用いました。その結果、確かにモノマー型ペプチドはA-サブユニットに結合していること、さらにそのカルボキシル末端の5アミノ酸からなる領域がA-サブユニットの触媒部位を構成しているポケット構造をほぼ塞ぐように結合していることを見出しました(図2)。この結果に一致して、モノマー型ペプチドはA-サブユニットが持つタンパク質合成阻害活性そのものを効率よく阻害しました。

さらに、モノマー型ペプチドの上記5アミノ酸の領域は、A-サブユニットの触媒ポケットの底にカルボキシル末端を向けてはまり込んでいることが示されました(図2)。一方で、モノマー型ペプチドを4価型の形状にする場合には、このカルボキシル末端を使って核構造に結合させるため、4価型ペプチドではこのカルボキシル末端からA-サブユニットの触媒ポケットにはまり込むことは不可能です。すなわち、同じ配列を持つにも関わらず4価型ペプチドがA-サブユニットに全く結合できない理由が明瞭に示されました。

本研究の成果により、StxのA-サブユニットならびにB-サブユニット5量体を標的として、それぞれの機能を強力に阻害するモノマー型ならびに4価型ペプチド性阻害薬を同定することができました。これら2つの阻害薬は共通して同じ配列のペプチドを持つことが大きな特徴です。

これまでA-サブユニットの機能を阻害することが確認されたペプチドは同定されておらず、今回見出したモノマー型ペプチド性阻害薬はその初めての例です。今後、モノマー型ペプチドと4価型ペプチドを組み合わせて使用する、あるいは形状を工夫することにより両サブユニットに対する阻害活性を同時に備えた新たな分子を開発すること、等により一層の作用増強が期待できます。本成果は、現在有効な治療薬のない腸管出血性大腸菌感染症に対する、有効性の高い治療薬の開発へと発展することが期待できます。

 

なお本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業における研究開発課題「下痢原性細菌におけるサーベイランス手法及び病原性評価法の開発に向けた研究」(研究開発代表者:伊豫田淳)の研究開発分担課題「EHEC産生毒素群を標的とした新規制御法・検出法の確立」(研究開発分担者:西川喜代孝)、ならびに創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)「創薬等ライフサイエンス研究のための相関構造解析プラットフォームによる支援と高度化(PFにおけるタンパク質立体構造解析の支援と高度化、相関構造解析への展開)」(研究開発代表者:千田俊哉)、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究C 「強毒性志賀毒素2含有エキソソーム産生抑制による新規腸管出血性大腸菌感染症治療戦略」(研究開発代表者:高橋美帆)、公益財団法人内藤記念科学振興財団2016年度内藤記念女性研究者研究助成金「Shiga toxin (Stx)2の酵素活性中心を標的とした新規Stx2阻害薬の創製」(研究開発代表者:高橋美帆)の支援により行われました。

 

発表雑誌

雑誌名

Communications Biology (オンライン版:日本時間2021年5月10日(月)18時 掲載。)

 

論文タイトル

Identification of a peptide motif that potently inhibits two functionally distinct subunits of Shiga toxin

 

著者

Miho Watanabe-Takahashi#, MasakazuTamada#, Miki Senda#, Masahiro Hibino, Eiko Shimizu, Akiko Okuta, Atsuo Miyazawa, Toshiya Senda*, and Kiyotaka Nishikawa* (#Equal contributor, *corresponding author)

 

DOI番号

10.1038/s42003-021-02068-3

 

用語解説

(注1)腸管出血性大腸菌

病原性大腸菌の一種であり、極めて毒性の高い志賀毒素(Shiga toxin; Stx)を産生する。血清型としてはO(オー)157:H7がよく知られているが、他にもO26、O111等複数の血清型が存在する。

(注2)触媒ポケット

A-サブユニット上に存在する、ポケット状の構造をした触媒部位を指す。A-サブユニットはRNA N-グリコシダーゼ活性を持ち、動物細胞由来28SリボゾーマルRNAの4,324番目のアデノシン残基からアデニンを遊離させる。このアデノシン残基はA-サブユニット上に存在するポケット状の構造にはまり込むことで上記活性により切り出される。その結果、細胞のタンパク質合成に必須の役割を果たしているリボゾームが失活する。

(注3)溶血性尿毒症症候群

溶血性貧血・血小板減少・急性腎不全をともなう症候群であり、生命に関わる場合がある。腸管出血性大腸菌感染による消化管障害発症後、数%~10%の頻度で発症する。

(注4)クラスター効果

一対一の結合に比べて多価対多価の結合をすることにより結合親和性が著しく増強する現象を指す。Stxの受容体はGb3と呼ばれる糖脂質であり、Stxの1つのB-サブユニットはGb3の糖鎖部分を3分子結合しうる。従って、B-サブユニット5量体では合計15分子のGb3と結合することができる。この5:15という多価対多価の結合が形成されることで、結合親和性は100万倍増強されることが知られている。

(注5)X線結晶構造解析

タンパク質や核酸などの生体高分子の立体構造を明らかにするための代表的な手法である。目的とする分子の結晶にX線を照射し、その回折像を解析することによってその分子の原子がどのように配置されているかを明らかにすることができる。

 

 

図1 Stxを構成しているA-サブユニットとB-サブユニット5量体、それぞれを共通して阻害するペプチドを見出した。

StxはA-サブユニットとB-サブユニット5量体から構成されている。A-サブユニットはポケット構造をした触媒部位を持つ。4価型阻害ペプチドはB-サブユニット5量体に結合するが、A-サブユニットには結合しない。一方、モノマー型阻害ペプチドはA-サブユニットに結合するが、B-サブユニット5量体には結合しない。両阻害ペプチドは共通したアミノ酸配列を持つ(図中黄色矢印)。

 

 

 

図2 X線結晶構造解析によって明らかになったモノマー型阻害ペプチドとStx2aとの結合様式

モノマー型阻害ペプチドはStx2aのA-サブユニットの触媒ポケットをほぼ塞ぐように結合する。この時、ペプチドのカルボキシル末端の5アミノ酸(RRRRA)が触媒ポケットの底部に向かって結合している。ペプチドの配列を黄色矢印内に示す。Mはメチオニン、Aはアラニン、Aは人工アミノ酸であるベータアラニン、Rはアルギニン、をそれぞれ示す。

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