
8月2日、EUのAI法(AI Act)の適用が本格的に始まり、広報の実務者に関わる「AIで作ったと分かるようにする」義務が施行された。規則では「透明性義務(transparency obligations)」と呼ぶ。
一口に表示義務と言っても、誰が何をするかが分かれる。生成AIシステムの提供者は、AIが生成・操作した音声・画像・動画・テキストに、機械が読み取れる形式で印を付け、検出できるようにする。
ディープフェイクを業務で使う側(規則の言葉ではデプロイヤー)は、機械向けの印とは別に、人が見て分かる形でその旨を示す。公共の関心事を知らせる目的で公表するAI生成テキストにも、一定の場合に表示が要る。チャットボットの相手がAIだと分かるようにする通知も、同じ条文の枠にある。

線引きは、条文と欧州委員会のFAQに整理されている。標準的な編集を補助するだけで、入力や意味内容を実質的に変えない使い方は、機械可読マーキングの対象外だ。芸術・創作・風刺などの作品に含まれるディープフェイクは、鑑賞を妨げない形での表示でよい。公共的な事項を扱うAI生成テキストも、実質的な人のレビューや編集管理を経て、個人や法人が編集責任を負うなら対象から外れる。8月2日より前に市場に出ていたシステムのマーキング義務には、2026年12月2日までの経過措置がある。
適用の範囲は段階的で、ここは取り違えないよう注意したい。社会的スコアリングのような禁止行為の大半と、AIリテラシーの規定は2025年2月に施行済み。汎用AIモデルの提供者に技術文書や著作権方針の整備を求める義務と、監督の体制も2025年8月から動いている。
今回の8月2日に、法の中心部分が一斉に施行された。透明性義務に加えて、汎用AIモデルに対する欧州委員会の本格的な執行権限が始まった。一方、採用選考や教育、重要インフラといった高リスク用途の重い義務は2027年12月2日へ、機械や玩具など製品組み込み型は2028年8月2日へ、7月に発効した修正で先送りされている。
印は「作る道具」の側から付与される
義務を現場でどう実装するかを補うのが、欧州委員会が6月10日に最終版を公表した「AI生成コンテンツの透明性に関する実務規範(Code of Practice on Transparency of AI-generated Content)」だ。署名は任意だが、署名した提供者や使う企業は、規範に沿えば義務の履行を示せる。7月末までに約190の企業・団体が署名した。
生成AIのツールやプラットフォームを持つ企業が名を連ねた意味は大きい。印付けが、コンテンツを「作る道具」に組み込まれていく方向が見えるからだ。制作現場が意識しないまま、書き出した画像や動画に、透かしやメタデータの形で「AIで作った」と機械が読める情報が付いている。規制との最初の接点は、たぶんそういう形で来る。
作ったものがEUで使われるなら、日本にも届き得る
EU域外の企業なら無関係、とは条文上言えない。AI法は、域外の提供者や使う側でも、AIシステムの出力がEUで利用される場合を適用の対象に含めている。EU市場向けのキャンペーン素材を日本の現場で作り、EUで使う。その場面は直接適用の射程に入り得る。
直接適用に至らない企業にも、規制は取引を経由して届く。GDPR(EU一般データ保護規則)は、EUの企業が域外の会社にデータの取り扱いを任せる場合、保証を確かめ、契約で義務を課すよう求めている。EUに直接の顧客がいない会社にも、取引先経由で確認や契約条項の追加が及ぶ仕組みだ。罰則の射程より、取引の網の目のほうが広い。
想定される経路も具体的だ。EU市場向けの広告・広報素材を扱う親会社や代理店、媒体社が、入稿規定や契約の確認項目に「AI生成素材の有無とマーキング」を加える。発注元から「この画像はAIで作ったものか。機械が読める印は付いているか」と聞かれる。要求は、法律の条文としてではなく、取引先のチェックリストの一項目として届き得る。
「どこに使ったか」を、いま答えられるか
いざ答えようとすると、これが難しい。生成AIはすでに制作フローの奥に入り込んでいる。背景の消去や色調の補正は、標準的な編集の補助として義務の対象外になり得る。画像の拡張や通行人の消去は、入力や意味内容をどれだけ変えたかで判断が変わる。この線引きを素材ごとに判定するのは現実的でない。
法律上のマーキング対象と、社内で記録するAI利用の範囲は、同じでなくていい。対象外になり得る工程も含めて、素材ごとに「AIを使った箇所」を一行書き残す。制作会社への発注書に、AI利用の申告欄を作る。広めに記録しておくほうが、取引先への説明には強い。

AI利用の記録は、規制対応だけの話ではない
「AI利用と表示したら素材の格が下がる」という心配は根強くあるだろう。ただ、どう作ったかが分かる素材は使い出がある。社内での再利用や訂正、取引先への説明が楽になる。AI検索が情報源を選ぶ時代に、発信元と根拠を明確にできることは、AEOの文脈でもプラスに働き得る。
断っておくと、この分野の法制は細部がまだ動く余地があり、日本への波及がどのくらいの速さで進むかは分からない。本稿の見立てが早回しである可能性は認める。それでも、素材ごとにAI利用を記録する手順は、規制がどう転んでも無駄にならない。
自社がこの1か月に出した広報素材のうち、AIを使った箇所を一覧にできるだろうか。ラベリングの要求が届いたとき、最初に問われるのはそのリストの有無だろう。
この記事の著者:金光成珠
出典:欧州委員会「AI Act」(適用スケジュール・実装状況)/欧州委員会「Transparency obligations under Article 50 of the AI Act(FAQ)」/欧州委員会「Code of Practice on Transparency of AI-generated Content」(2026年6月10日最終版公表)/「EU規則2024/1689(AI法)第2条・第50条」(EUR-Lex・2026年7月27日改正反映の統合版)
