1993年に始まった青森県田舎館村の田んぼアートは、今や、大手広告代理店などから企画のオファーが舞い込む催しになった。しかし、この30年余りを支えたのは、毎年の絵柄の新しさだけではない。村職員だけでは難しい育苗や雑草対策を、地元農家の経験が支えてきた。田舎館村企画観光課への取材で、催しが心待ちにされるまでの舞台裏を垣間見ることができた。

田んぼアートは「村の顔」に
田んぼアートは、お米のPRと、稲作へ興味を持ってもらう地域おこしの体験イベントとして始まった。今年の題材は「幽霊画」とご当地アイドル「りんご娘」。田舎館村企画観光課は、田んぼアートの現在の位置づけをこう答えた。
「雑誌や学校の総合学習等で地域おこしの成功例としても取り上げられており、多くの人が『田舎館村といえば田んぼアート』と認識するほど、本村を代表する『村の顔』となっています。」
毎年テーマを変え、作り続けていくうちに田んぼアートと呼ばれるようになった。同課は、田んぼアート発祥の地として全国、海外にも知られるようになった村最大の観光資源と位置づけている。
2016年は大河ドラマ、2024年はKADOKAWA
テーマは、村、農協、商工会などでつくる「田舎館村むらおこし推進協議会」が決める。検討は例年9〜10月ごろに始まり、年明けごろに決定する。絵を見せる夏だけでなく、前年秋から主催者の仕事が動いている。
「令和7年の『おいしい給食』は映画の製作委員会、令和6年『じいさんばあさん若返る』はKADOKAWA社からオファーをいただいた作品であり、その他の候補作品と比較・検討を経て採用しました。」
もっとも、オファーされたものがそのまま採用されるわけではない。同課は「単純な知名度ももちろん重要だが、田舎館村や青森県にゆかりのあること、または各種イベントでPRしやすい題材であること、なども採用基準として重視している」と説明する。
知名度や話題性が決め手になった題材でいえば、大河ドラマ「真田丸」はその例だ(2016年)。2024年のKADOKAWA作品の場合は、ほかにも知名度の高い候補があったなかで、原作の漫画家が近隣の平川市出身であることや、沿線の鉄道会社がラッピング列車でPRすることが重視された。
第1会場は文化、芸術、歴史などの「硬い」題材、第2会場はファミリー向けやアニメ、映画などと使い分ける。届いた候補と村が挙げた候補を、年ごとの基準で比べている。
観覧者は年10万人規模 道の駅と鉄道にも効果
催しの効果を、村は観覧者数で把握している。2025年は2会場合計9.95万人。過去最高は2016年の34.8万人で、ピーク時からは減っているものの、人口約7,200人の村に、いまも年10万人規模の観覧者がある。
にぎわいは周辺にも広がった。2012年には道の駅内に第2田んぼアートを造成し、翌2013年には弘南鉄道弘南線に田んぼアート駅を建設した。同課は、展望所の入館料収入、鉄道の利用客増加、道の駅いなかだてなどへの来訪や移動手段にも効果があるとみている。
9.95万人は村が把握した観覧者数で、入館料や鉄道、周辺施設への動きは効果の例として挙げたものだ。金額にした経済効果まで把握しているわけではない。
育苗と雑草対策 支えたのは地元農家の経験
30年の催しを、役場だけで回してきたわけではない。住民は作る側に入り、農家は支える側に回っていた。
「田んぼアートも稲作の一種であるため、農業の専門家ではない村職員では対応が難しい部分も多く、過去には育苗や雑草対策などで失敗もありました。」
地元農家が長年の経験をもとに助言し、作業に協力した。村も当初から住民に積極的に参加を呼びかけ、理解と協力を得てきたという。
特殊な作付をする田んぼアートを行政の発想だけで進めず、農家の助言で失敗に対応できるようにした。毎年テーマを替えられるのは、この育てる体制があるからだ。
複雑な工程、費用、関係者の高齢化は、現在の田舎館村で大きな課題にはなっていない。ただし、村から他団体へ広まった田んぼアートには、これらの理由で続けるのが難しくなった例もある。田舎館村も将来の課題になりうると見ている。
企業広報が持ち帰れるもの
版権元の立場で考えれば、作品を預けたいのは、毎年確実に絵が実る田んぼだ。オファーが舞い込む土台に、稲作の体制がある。企業の定例調査や周年企画も、おそらく同じ構図だ。毎回のテーマより先に、専門的な判断をだれがするのか、過去の失敗をだれが覚えているのか。田舎館村では、その役を地元農家が担ってきた。
田舎館村は、夏の発表だけを年中行事にしたのではない。秋に候補を比べ、冬に題材を決め、苗を育てて夏に見せる。企業の定例企画も、発表日の数か月前に取材対応を始めるだけでは続かない。次の回を企画する人と仕事を、いまの回が動いているうちに決めておく。田舎館村の暦は、そうやって30年、巡り続けてきた。
(金光)
出典:田舎館村企画観光課への取材(2026年8月12日・27日・31日)/田舎館村「令和8年度 田んぼアート水田風景」/政府広報オンライン Highlighting Japan「田んぼアート」(2020年11月)/デイリーポータルZ「青森県田舎館村『田んぼアート』の超絶進化がすごすぎる」/弘南鉄道「2026田舎館村:田んぼアート」

