
「生成AIを広報に活かそう」という掛け声は、もうどの現場にも届いている。けれど、いざ使い始めると「思ったほど早くならない」「この原稿で合っているのか、確信が持てない」と手が止まる――そんな声は、決して少なくない。導入は進んだのに、手応えがあと一歩、届かない。その壁はどこにあって、どう越えればいいのか。広報の現場で生成AIと向き合い続けてきた実践者・大崎弘子氏の言葉から、その輪郭をたどっていく。
目次
導入率37%→77%、たった1年で何が起きたか
日本広報学会の調査によれば、広報部門における生成AIの導入率は、2024年の第1回調査で37.2%。それが2025年10〜11月の第2回調査では77.0%へと倍増。資本金の大小を問わず、広報の現場にAIが一気に入り込んだ1年だったと言っていい。
だが、ワークショップで100人以上の広報担当者と向き合ってきた大崎弘子氏は、現場の生成AIに対する悩みは消えていない、と言う。導入済みの77%の中にも「使ってはいるが、使いこなせている気がしない」という声が混ざる。何度もつまずきながら、それでも手を動かし続けている。
一方の23%も、単に乗り遅れただけとは限らない。
![Two-panel infographic showing AI adoption: 37.2% in 2024 (Survey 1) and 77.0% in 2025 (Survey 2), illustrating a doubling in one year with source note at bottom.]](https://kyodonewsprwire.jp/corp/wp-kyodonewsprwire/wp-content/uploads/2026/07/d4993b0825bdb487597ea9c47774ddbc-1024x333.png)

シリーズ「広報×生成AI テラスク特集」第2弾・インタビュー前編では、大崎氏に「壁の正体」と「最初の一歩」を聞いた。導入率77%という数字の裏側で、広報担当者はどこにつまずき、何を手がかりに進めばいいのか。現場で100人以上と向き合ってきた言葉から、その輪郭を描いていく。
大崎弘子という人 ― 生成AIと広報をつなぐ実践者
大崎氏が所属する「テラスク」は、関西発の広報支援ユニット。大崎弘子(株式会社Kaeru)、森村優香(akippa株式会社)、中西由美子(クックビズ株式会社)、永井玲子(株式会社pen.)の4名と、野崎さちこ(フリーランス広報)、中村優子(ディライト株式会社)の2名のサポートメンバーで、広報勉強会&メディア交流会、合宿、講座を定期開催している。主催メンバーはそれぞれが多様なメディアに活動が取り上げられており、関西の広報コミュニティに欠かせない存在だ。


大崎氏は「広報×生成AI」の企画・開催を主導する。テラスクが広報実務の現場で生成AIと向き合う、その取り組みの中心にいる人物だ。
大崎氏が生成AIに向き合うことになった出発点は、シンプルだった。
「壁打ち相手として使う」。一人で広報の原稿を書いていると、自分の判断が客観的かどうかわからなくなる瞬間がある。誰かが別の視点で読み返してくれるだけで、書きものの精度は大きく変わる
── 15年間の広報経験で大崎氏が体感してきたことだった。
生成AIは、自分が厭わなければ、24時間いつでも壁打ち相手になってくれる存在だ。ただし、大崎氏は1つの原則を強調する。
「自分ができる仕事しか、AIに任せることはできない。AIの回答を見て『ここが違う』と突っ込めるか。突っ込みが入れられない仕事は、AIに任せてもうまくいかない」。
「広報×生成AI」のワークショップを立ち上げたきっかけを聞くと、大崎氏は淡々と答えてくれた。
「広報×生成AIで悩んでいる、という声が運営陣にすごく多く届いていた。テラスクは普段2時間しかやらないんです。でも、2時間で生成AIのことを話しても、誰も使いこなせるようにならない。だからこのワークショップは思い切って6時間取って、レクチャーと実践を分けることにした」。
実践時間を多く確保した狙いは、もう1つあった。
「実際に手を動かしてやってみないと、わからないところが見えてこない。やってみてつまずいたところを、その場で質問してもらう構成。これしか、使えるようにならない。他の方法は思いつかなかった」。

広報×生成AIの「効く領域」と「まだ早い領域」
効く領域
「書き始める前のゼロ→イチ」「書き上がった後の見直し」「音声の文字起こしと要約」── 大崎氏が広報業務で『ここは確実に効く』と挙げる領域は明確だ。
「プレスリリースを一から書き始めると手が止まる。箇条書きのメモを渡して構成案を3パターン出してもらう。そこから選んで、自分で書き直す。ゼロから一の部分を、AIに担当してもらう感覚です」。
書き上がった原稿に対しては、懐疑的な目で読み直してもらうのが効くという。
「この会社のことを知らない人が読んだ時、どこで止まりますか、と聞くと、自分では気づかない盲点がぽろっと出てきます」。インタビューの録音は文字に起こして要約を相談する。「ここが強みに見えるのでリリースの切り口にしたい、と伝えれば、見出し案を並べてくれる。手間がかかっていた工程が、相談相手がいるおかげで軽くなる」。
第1回日本広報学会調査では、広報での生成AI活用業務の上位は「コピー・タイトル案出し62.2%」「記事要約・情報収集62.2%」「企画の壁打ち55.6%」「プレスリリース作成46.7%」。生産性向上度は10段階中平均7と、現場の手ごたえも厚い。
まだ早い領域
逆に、AIに任せるのはまだ早い領域もある、と大崎氏は釘を刺す。
「広報のスキルがない人が、AIにそれっぽい原稿を出させて、そのまま公に出してしまう。これは危ない」。
なぜなら、AIの出力を読んで『ここが違う』と突っ込めなければ、結局AIが学習した『お手本ではない、それっぽいプレスリリース』をそのまま再生産することになるからだ。

「インターネット上には、お手本のようなプレスリリースとそうじゃないプレスリリースがあって、実はそうじゃないやつの方が量は多い。AIも、そうじゃないやつの方も含めて学習している」。
一生懸命描いて思いを乗せたプレスリリースは、少数派だという。
「今回のワークショップでのやり方は、無理やりこっち(思いのある)側に引き戻すアプローチです。皆さんが過去に書いてきたプレスリリースという財産があるからこそ、AIが使える」。

「使い分け」の実例
ワークショップで大崎氏が伝えていた「使い分け」は、相手の経験値によって明確に切り替わる。新人の広報担当者に対しては ──
「AIと壁打ちをしながら、まず自分の広報スキルを身につけること。プレスリリースを書くスキル、SNSを使うスキル、これらをAIに教えてもらいながら習得していく」。
AIを「教師」「物知り博士」として扱う。一方、すでに自社のプレスリリース執筆経験が蓄積されているベテラン担当者には ──
過去のプレスリリースをデータとしてAIに分析させ、「SKILL.md」(仕事の型・手順・振る舞いのルール)と「company.md」(会社の事実と表記ルール)の2つのスキルファイルにまとめる。これを毎回のプレスリリース執筆時にAIに渡せば、自社らしい文体・トーンで草案が出てくる。「広報のレベルが違えば、AIの使い方も違う。今日のワークショップでは、両方のパターンを伝えたかった」。

現場のリアルな悩みと処方箋 ― ワークショップで見えたこと
「正確性・ハルシネーションに対する不安」に対する処方箋
ポイント — ワークショップ参加者の不安として最も多いのが「正確性」だ。第1回日本広報学会調査でも「正確性への懸念」は52.1%で最多の導入障壁。別調査ではハルシネーションへの不安が59.2%と最多になる。裏を返せば、現場はAIに「完璧な正答」を求めてはいない(求めたい気持ちはある前提で)。「どうすれば安心して使えるか」を知りたがっている。
正確性への不安は、ワークショップ申込時のアンケートでも最大の悩みとして上がっていたという。大崎氏の正確性への処方箋は、意外にもプロンプト技術の話から始まらない。
「自社の情報整理が大事です。情報があちこちに散らばっていると、AIも前提が不明瞭なため混乱する。新人広報が入った時と同じ感覚で、過去のプレスリリースの概要・日本語表記・キーパーソンなどを整えておく。これがあるかないかで、AIがアウトプットする品質の精度がまったく変わる」。
プロンプトの工夫でいえば、「『できますか?』ではなく『してください』と指示する」「『秘伝のプロンプト』は存在しない、やりとりを重ねて近づけていく」。そして1つだけ、絶対にやってはいけないことがあるという。
「生成AIに、生成AI自身の使い方を聞くこと。AIは自分のことを実は分かっていないんです」
── 大崎氏は苦笑しながら釘を刺した。

「何から始めればいいかわからない」に陥った人へのおくすり
日本広報学会第1回調査では「リードする人材不足」が41.3%と、導入障壁の上位に入る。ワークショップでもこの声は多く、実は「誰かに教えてほしい」「一緒に試してほしい」という要望のかたちで現れるのが興味深い。つまり本当に不足しているのは、知識そのものよりも「共に試す仲間」なのかもしれない。
「何から始めればいいかわからない」── そう悩む人に、大崎氏の答えはシンプルだ。
「プライベートな相談から入ればいい」。
会社のルールでAIを業務に使えない、セキュリティが気になって踏み出せない、そんな人にも抜け道があるという。
大崎氏自身、最近買った財布も「AIに選んでもらった」と笑う。
ミントの育て方、ぬか漬けの作り方、なんでも聞く。プライベートで掴んだ感覚を、業務にじわじわ持ち込んでいく ── そのくらいの順序でいい、というスタンスだ。
「AIを使い込むと、急に”フォン”って使いこなせているようになる感覚があるんですよ」。
「上司・経営層を説得できない」人はどうすれば
「正確性・機密性が不安」「投資対効果を示せない」が重なり、社内説得につまずく現場は多い。だが2025年に導入率77%まで伸びた今、データは強い味方になる。第2回調査で資本金規模を問わず導入が進んでいること、生産性向上度の平均値、主要な活用業務のリストは、そのまま稟議書の根拠にしてもいいだろう。
上司や経営層をどう説得するか、という相談を受けることも多いという。大崎氏は現実的な回答をもつ。
「まず、AIを使わない、という選択肢はもう今となってはない。会社がNGじゃないのに使わない選択肢は、もうないと思う」。
社内ルール整備で重要なのは、エンタープライズプランを使うこと、と大崎氏は強調する。
「個人アカウントで契約してファイルをあげると、退社しても、その個人のアカウントにファイルが残ってしまう。これは結構まずいですよね」。
会社全体としては、Google WorkspaceかMicrosoft 365のどちらかにAIルールを寄せるのが推奨だ。
「Google Driveにアップロードしていい情報なら、Geminiにもアップロードしていい ── という1つのルールで済む」。
経営層が腰を引いてしまう原因は、ルールの複雑さにある場合も多い。
「会社のITポリシーに乗せてしまえば、AIの利用ルールが特別なものではなくなる」。
経営層への説得材料として、世界の事例も一つ加えておきたい。
2026年5月、シンガポールのヴィヴィアン・バラクリシュナン外務大臣が、自分で組んだ個人AIエージェント(WhatsApp、Ollama、Obsidianを組み合わせ、Raspberry Pi 5で動かす構成)を講演で公開した。
多忙な外交日程の合間に、各国情報の統合やスピーチ初稿の作成にそのまま使っているという ── 一国の外相が、そこまで自分で手を動かしている。その本人の発言が鋭い。
「レクを受けただけの技術について統治することはできない。実際に自分で使い倒して、その課題やリスクについて体感すること、これが大事」。
「AIは現場に任せておけばいい」── そう腰を引く経営層を動かす言葉の1パターンとして、筆者からもお伝えしたい。

まとめ ― 「最初の一歩」は意外と小さい
インタビュー前編でまでで見えてきたことは、広報×生成AI導入の壁は「ツールの難しさ」そのものではなく、「一人で試そうとすること」に起因していた、ということだ。
大崎氏の処方箋は、派手なテクニックの話ばかりではなかった。自社の情報を整える、プライベートな会話から入る、社内のITポリシーに乗せる ── 一見地味に聞こえるかもしれないが、確実に前に動かす3つのフレームワークが土台にある。

広報×生成AIの「最初の一歩」は、思っているよりずっと小さくていい、と大崎氏は語る。
「議事録の要約を1本やってみる、過去のプレスリリースを1つAIに読ませて感想を聞いてみる ── その程度から始められます」。
完璧に使いこなす必要はない。ただし、続けることだけは決めてほしい、と付け加える。限られた業務時間の中だけでAIの習熟まで進めるのは難しい。だからこそ大崎氏は、業務外に手を止めて向き合う場として、月1回のAI勉強会を続けている。2026年5月のゴールデンウィーク期間中には「生成AIびより」と題したイベントも開催した。
業務外で集中して向き合える時間と、相談できる仲間 ── この2つが揃って初めて、生成AIを「使いこなす」ことができるようになる。
これが、15年間、関西で広報を続けてきた大崎氏の結論だ。
本シリーズの後編では、なぜ大崎氏がこのコミュニティを続けてきたのか、その根底にある思いにも迫りたい。
視点を未来に移し、「AIを使いこなせるようになった先に、広報の仕事はどう変わるのか」「AIに広報は奪われないのか」。テラスクがなぜ勉強会を続けるのか、その信念にも迫る。
取材協力

株式会社Kaeru 代表取締役。関西発の広報コミュニティ「テラスク」主宰メンバー。広報勉強会・メディア交流会・広報合宿の運営を続けるなか、生成AIを軸とした実践型ワークショップを企画。「ひとり広報」から大手企業の広報担当者まで、広報業務における生成AI活用を幅広く支援している。

関西発の広報コミュニティ。大崎弘子(株式会社Kaeru)、森村優香(akippa株式会社)、中西由美子(クックビズ株式会社)、永井玲子(株式会社pen.)の4名のコアメンバーと、野崎さちこ(フリーランス広報)、中村優子(ディライト株式会社)2名のサポートメンバーと運営。広報勉強会&メディア交流会、広報合宿、広報講座を定期開催、「広報について協力し合える横のつながり」を関西で15年にわたり育ててきたコミュニティ。
公式サイト:terasuku.com
この記事の著者
金光 成珠(かねみつ・せいじゅ)
エンジニア出身の編集者。共同通信グループにて、PRプランニング(PRワイヤー)・編集(汐留PR塾)・報道(OVO/b-dot)の三領域を横断して活動中。連載「AI・DX最前線」を執筆。技術と社会、企業と消費者のあいだで翻訳して伝えることをテーマに発信。
