
「AIに、広報の仕事は奪われるのだろうか」── 生成AIの進化が報じられるほど、その問いは静かに重くなる。便利さの裏で、自分の役割が少しずつ削られていくような不安。だが、現場で100人以上の広報担当者と向き合ってきた大崎弘子氏の答えは、意外なほど落ち着いていた。奪われるか否かではなく、AIが当たり前の道具になった先で、広報の価値はどこに残り、どこへ移っていくのか ── インタビュー後編は、その問いをたどる。
目次
前編の「振り返り」から「広報の未来」へ
インタビュー前編では、広報AIの導入率37%→77%という急伸の裏で、現場に残る「壁」を大崎弘子氏に聞いた。正確性への不安、最初の一歩の踏み出し方、経営層の説得。壁の正体は意外にも「ツールの難しさ」ではなく、「一人で試そうとすること」だと結論づけた。
▼インタビュー前編
インタビュー後編は、視点を未来へ移す。
AIを使いこなせるようになった先に、広報の仕事はどう変わるのか。「AIに広報は奪われる」という声にどう応えるのか。そして、テラスクはなぜ勉強会を続けるのか ― 大崎氏の信念に踏み込む。
読者の深層にあるであろう「AIに仕事を奪われるのでは」という不安に、本稿は正面から向き合いたい。
AIが変える広報と、AIが変えられない広報
AIが得意な広報業務
前編で見たとおり、生成AIが活躍する広報業務は明確だ。コピー案出し・情報収集・企画の壁打ち・プレスリリースの草稿。
海外では、プレスリリース配信サービスの「PR Newswire」が2024年末にAIでリリースの完成度を採点する「Press Release Score」などの機能群を拡張し、メディアモニタリングの「Meltwater(メルトウォーター)」も、リリースやメディア向けピッチの草案づくりを助ける生成AI「PRライティングアシスタント」を投入している。
2025年は、指示に答えるだけの「チャット応答型」から、目標を与えれば自ら手順を組み立てて実行する「行動するAIエージェント(エージェント型AI)」へと軸足が移った年でもあった。調べものを任せると自律的に情報収集・分析・要約までこなすChatGPTやGeminiの「Deep Research」機能は、その代表例だ。
AIが代替できない広報の本質

一方で、人間にしか担えない領域は明確に残る。記者や外部ステークホルダーとの信頼関係構築、危機管理時の判断、企業の「想い」や「原理」を社会の文脈に置き直す作業。
これらは、対人スキル・共感力・組織への当事者意識の掛け算であり、現時点のAIには代替が難しい。広報の市場価値は「広報専門知識×AIスキル」の掛け合わせで、むしろ上がる可能性が指摘されている。
「AIに広報の仕事が奪われる」── そんな声を聞くこともままあるが、大崎氏の見方は違う。
「AIは、教師や物知り博士のような形で使う相棒です。広報のスキルがない人が、AIにそれっぽい原稿を出させて、そのまま外に出してしまう ── これは危ない使い方です」。
AIが広報を代替するのではない。人間がAIと壁打ちしながら、自分のスキルを磨く方向に、広報の仕事は進化していく。
「AIで時短になる、ではなくて、AIで自分の仕事の質が上がる。質があがっても2倍時間がかかるなら考えものだが、AIを使ってこれまでと同じ時間で質が上がるなら使うべきです。会社がNGじゃないのに、使わない選択肢は、もう今となってはない」
── これが大崎氏の冷静な捉え方による答えだった。
ただし、単純な楽観論は禁物だ。博報堂DYグループは、人間とAIの協働を扱った106件の調査研究の分析結果を紹介している。それによれば、両者を雑に組み合わせたチームは、平均するとむしろ成績が下がる。とりわけ「AIが調べて分析し、人間が最後に決める」という素朴な分業ほど、パフォーマンスを落とすという。
NOTE — AIの「雑な使い方」は、別の形でも表面化している。2025年に注目された「ワークスロップ(workslop)」だ。AIが生成した、それらしいが中身の薄い成果物が、人の手をろくに通らないまま同僚に回る。受け取った側は、手直しと解読に時間を奪われる。効率化どころか、負担が下流に押しつけられていく。
では、どこで明暗が分かれるのか。 成果が伸びるのは、業務や業界、顧客を深く知る「熟練者」がAIを動かすときだ。カギは「何をAIに任せ、何を人間が担うか」── その役割分担を言葉にできるかどうかにある、と大崎氏は強調する。
この大崎氏の見立ては、海外の研究とも響き合う。スタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソンらが2023年に発表した研究では、生成AIを導入したコールセンターの担当者約5,000人を分析したところ、生産性がもっとも伸びたのは経験の浅い人たちだった。熟練者がもっていた「勘どころ」が、AIを通じて現場全体に行き渡ったからだという。

AIはベテランの仕事を奪うのではなく、その暗黙知を広げて現場の底を上げる方向に働く ── だとすれば問われるのは、「AIに何をさせ、人は何を担うか」を見極め、会社の業務全体の設計をできる力だ。
AI時代の広報人材に必要な3つの力
では、具体的に何を鍛えればいいのか。大崎氏は、AI時代に広報担当者が磨くべき力を3つ挙げる。
1. 問いを立てる力

AIは「良い答え」を出すのが得意だが、「良い問い」を立てることはできない。広報戦略の起点は常に「何を、誰に、なぜ伝えるべきか」── この問いを立てる力が、AIから引き出す答えの質を決める。
大崎氏が繰り返すのは「自分ができる仕事しか、AIに任せることはできない」という原則だ。AIに「プレスリリースを書いて」と丸投げすれば、AIが学習している『お手本とは言えないプレスリリース』のクローンが返ってくるだけ。
「何を、誰に、なぜ伝えるか」「社会はこの発表をどう受け取るべきか」を見極め、問いの形に落とすのは、人間にしかできない仕事になる。
「箇条書きのメモを渡して、構成案を3パターン出してもらう。そこから選んで、自分で書き直す。ゼロから一の部分は、人間が決める」
後日、大崎氏はこう言い添えた。感覚としては「ゼロから一」というより「AIといっしょにプレスリリースを書く」イメージに近い。
過去のデータを整理して渡す──この下ごしらえ(コンテキスト)の質が、AIの精度をどんどんと引き上げていくのだという。
2. 関係性を編む力

広報の中核は「関係性」だ。記者との長い付き合い、社内ステークホルダーの信頼、社外パートナーとの協働 ── ここはAIに代替できない。むしろ、定型業務から解放された時間を、人と会う時間・話す時間にどれだけ再配分できるかが、これからの広報担当者の価値を決める。大崎氏自身、この力をテラスクの活動でひたすら磨いてきた。
テラスクの広報勉強会は、勉強会・交流会・メディアとの懇親会を一晩で提供する独特の構成だ。
「特に女性は夜あんまり外に出られる機会が少ないから、テラスクの勉強会は、来てくれたら一晩で三つおいしいイベントにしている」。
AIで効率化できる部分と、会って初めて生まれるものを、大崎氏は明確に分ける。
3. AIを使いこなす力

1と2が点数をつけづらい能力だとすれば、3つ目は具体的なオペレーション能力だ。プロンプト設計、出力の品質判断、ワークフロー設計 ── 広報専門知識をベースにAIスキルを掛け合わせられる人材は、市場価値が一段上がる。
インタビュー前編で見た大崎氏からの処方箋も、すべてこの「使いこなす力」の具体形だった。ただし、ここには独学の限界がある、と大崎氏は言う。ひとり広報なら、限られた業務時間の中だけでは習熟しきれず、結局は業務外に手を止めて向き合う時間が要る。
だからこそテラスクはAI勉強会を開催し、ゴールデンウィークには集中して取り組むことができる「生成AIびより」も開いてきた。さらに重要なのは、相談できる仲間の存在だ。
「単に生成AIの勉強会に行っても、自分の仕事にどうしたらいいかわからない。同じような業務をしている人と相談したりしながらやると、ちゃんと使えるようになる」。
広報という縛りで集まり、ある程度共通言語のある仲間と一緒に学ぶ。これが、AIを使いこなす最短ルートだと大崎氏は語る。
3つの力のうち、大崎氏が最も強調するのは、3つ目の「使いこなす力」、それも「一人ではなく、コミュニティで磨く」ことだ。
「広報のスキルを身につけたうえでAIを使うからこそ、AIに自分のスキルを伝えられる。これを一人でやろうとすると、壁に当たる。」
問いを立てる力も、関係性を編む力も、結局はコミュニティの中でこそ磨かれる ── これが、現場で100名以上の広報担当者と向き合ってきた大崎氏の実感だ。
テラスクが勉強会を続ける理由 ― コミュニティの力

後編の核心に入る。AIツールの情報はネットにごまんと溢れている。独学も十分可能な時代だ。それでも大崎氏が勉強会という「場」にこだわり続けるのは、なぜなのか。
なぜ大崎さんは勉強会を続けるのか
「なぜテラスクは、勉強会を続けているのか」── 取材の最後、私たちは大崎氏にこう聞いた。返ってきた答えの等身大さゆえに、筆者は肩の力が抜ける思いだった。
「広報のイベントをやる人がいなくて、周りの求めに応じて、できる範囲で続けてきた。ずっとやめずにきた、という感じです」。
気合いを入れて続けているわけではない、という。
「むちゃくちゃ気合い入れてやってはないんですよ。やめてないだけなんです。できる範囲で。無理したらやらなくなるじゃないですか」。
その背景にあるのは、関西で広報をやってきた15年で体感した1つのことだった ──
「大阪の情報を外に、全国に出していくには、横のつながりがないと厳しい」。「全国的にメディアは東京に集中していて、東京とそれ以外。大阪の情報をいろんな方向に届けるってなったら、横のつながりがないと広報ってできないんです」。
POINT — 報道が首都に集中。この実感は、大阪に限らず、筆者が各地の取材でも、繰り返し耳にしてきたものでもある。

テラスクの原点は、もっとずっと個人的なところにあった。大崎氏自身が広報を始めたのは、SEOからの転身がきっかけだったという。
「もともとSEOが好きでずっとやっていたんです。でも、月間検索回数の壁があって、それ以上はSEOだけでは増えない。自社のサービスを知る人を増やしたいと思って、本を読んでいて、広報・PRという存在を知った。これは良いと、社長のところに行って『これしかない、広報やりましょう』と」。
当時、知識ゼロで広報を始めた大崎氏は、書籍著者のコンサルタント・野呂エイシロウ氏に依頼して1年間学んだ。
「チャットワーク(当時の所属企業)が、お金を払って、私にこの知識を授けてくれた。それを大阪に還元した方がいいですよね。大阪ではまだ知っている人が少なかったから。野呂さんの劣化版になったとしても、伝えた方がいい」。
テラスクの活動は、明確な使命感ではなく、「育ててもらったことへの恩返し」として淡々と続いてきた。「やってもらったことを、ただ普通に勢い込まずに、返せる分だけ返している」── そのように筆者は理解した。
横のつながりの価値

テラスクの理念に「広報について協力し合える横のつながりを作る」という一節がある。一部の大企業を除けば、広報担当者は社内では一人か二人、相談相手が社外にしかいない職種だ。AIが業界の構造を変えつつある今、孤立は致命的になりうる。
関西という地域特性もある。テラスクは地域に根差したコミュニティとして認知を広げてきた。東京の広報・PR業界とは異なる、顔の見える距離感での学び合いは、AI時代にこそ価値を増す。
テラスクの初期は、関西の広報担当者が「困ってる」状態を解決するための互助会のような姿だった、と大崎氏は振り返る。
「みんな困ってたんですよ、会社から広報やれって言われてどうしたらいいかわからん、って。スタートアップの人たちが受け入れてくれるような、誰でも一回行ってみようと思える広報コミュニティが、当時の関西にはなかった」。
工夫は、お金の面にも及んだ。東京からWebメディアの記者を呼ぶときも、一社で招くにはコストが重い。「みんなで会えば10社で割って交通費を出してご招待できるじゃないですか。」来てもらった日には、参加企業同士を引き合わせる。そうやって、場そのものを回してきた。
「誰でも足を運べる」を象徴するように、今のテラスク勉強会は、メンバーが固定されているコミュニティではない。
「ずっと同じ人が来ているわけじゃなくて、自由に開かれた場所なので、私が半分くらい知らない人だったりするんですよ。直接つながりがない人が来たりしている」。
かくいう筆者もまた、その開かれた場を訪ねた「知らない人」の一人だ。情報でも要点でもなく、その日はじめて顔を合わせた人たちとの、細いけれど確かな縁が残った。
今回の「広報×生成AI」ワークショップも、運営陣が「生成AIで悩んでいる人がすごく多い」という声を拾って企画したものだった。
テラスクの今後の展望
テラスクの今後について聞くと、「特に大きく構えてはいません」と大崎氏は話す。それでも、広報×生成AIというテーマは、現場の関心が高いかぎり、これからもテラスクで取り上げていくつもりだという。
「私、これがやりたい、と思って続けてるわけじゃないので、求められなかったらやらないと思います。
広報のイベントも、『最近やっていないですねー』と言われて『やりましょうか!』みたいな感じで動く」
── と笑いつつも、続けることだけは決めている、とも言う。
「やめないだけ」で気負わず続いてきたこの場所は、求めている人たちの孤立を防ぐ構図になっている。
AI時代の広報はどう変わっていくか。ツールは日々の単位で目まぐるしく進化している。それでも、関西の広報担当者が一人で悩まずに済む場所を、無理せず、できる範囲で、提供し続ける ── その姿勢は変わらない。
そして、もう一つ。取材後の懇親会で大崎氏が口にした一言が、この勉強会の本質を端的に表していた。
「勉強会は、テーマに興味がある人と知り合いたいから、人と出会うためにやっている」
── 学びを提供することそのものよりも、人と人がつながる「場」をつくり続けてきた。それが、大崎氏が15年休まずに続けてきた理由でもあるのだろう。

メッセージ ― これから学び始める広報担当者へ
最後に、これから生成AIに本気で向き合おうとする広報担当者へ、大崎氏はこう言葉を継いだ。
「一人で進めなくていいんです。テラスクみたいな場所を、頼ってください」。
背伸びも気負いもいらない。わからないことを「わからない」と言える相手が、同じ広報という持ち場にいる ── それだけで、AIとの距離もぐっと縮まる。
「やめないだけ」で15年続いてきた場所は、そういう人たちのために開かれている。これが、関西で広報を続けてきた大崎氏が、AI時代の広報担当者に贈る言葉だった。
AIに広報は奪われない。だが、一人で抱え込んだまま、AIと向き合えなくなった広報担当者は、置いていかれる。
コミュニティで学ぶ、仲間と学ぶ ── 大崎氏が15年提供してきたいくつもの「場」の価値は、AI時代にこそ、増す。

本シリーズは全3回で構成した。第1弾でテラスク主催のワークショップレポートを、前編で大崎氏が語る導入の現実解を、そして後編で広報の未来を描いた。共通するメッセージはこれだ
― AIは広報を奪わない。だが、AIを使いこなす広報に置いていかれる。
前向きに、しかし緊張感を持って。壁にぶつかりそうになったら、コミュニティを頼る。それが、大崎氏とテラスクが発するシグナルだ。
あわせてチェック
テラスクは広報担当者向けの勉強会やメディア交流会を定期開催。次回の開催情報や過去回の内容は公式サイトをご覧ください。
- 公式サイト terasuku.com
- シリーズ第2弾・前編インタビューもぜひご一読を。

取材協力:大崎弘子・テラスク

株式会社Kaeru 代表取締役。関西発の広報コミュニティ「テラスク」主宰メンバー。広報勉強会・メディア交流会・広報合宿の運営を続けるなか、生成AIを軸とした実践型ワークショップを企画。「ひとり広報」から大手企業の広報担当者まで、広報業務における生成AI活用を幅広く支援している。

関西発の広報コミュニティ。大崎弘子(株式会社Kaeru)、森村優香(akippa株式会社)、中西由美子(クックビズ株式会社)、永井玲子(株式会社pen.)の4名のコアメンバーと、野崎さちこ(フリーランス広報)、中村優子(ディライト株式会社)2名のサポートメンバーと運営。広報勉強会&メディア交流会、広報合宿、広報講座を定期開催、「広報について協力し合える横のつながり」を関西で15年にわたり育ててきたコミュニティ。
公式サイト:terasuku.com
この記事の著者:金光成珠
エンジニア出身の編集者。共同通信グループにて、PRプランニング(PRワイヤー)・編集(汐留PR塾)・報道(OVO/b-dot)の三領域を横断して活動中。連載「AI・DX最前線」を執筆。技術と社会、企業と消費者のあいだで翻訳して伝えることをテーマに発信。
