早大・理研などの研究グループ、筋収縮自発振動のモデルを構築

早稲田大学

早稲田大学理工学術院の石渡信一研究室らのグループは、筋収縮系自励振動現象(SPOC現象)を再現できる理論モデルの構築に成功しました。この成果は、細胞膜のない筋タンパク質の集合体が自発的振動系であることを意味し、心拍機構に新しい視点を与えるものです。

2013-09-06

早稲田大学広報室広報課

筋収縮自発振動のモデルを構築:心拍機構に新しい視点

早大理工・石渡研、理化学研究所や国際高等研究所と共同で

 早稲田大学理工学術院の石渡信一研究室のグループは、理化学研究所(神戸)の佐藤勝彦博士、国際高等研究所の蔵本由紀副所長らと協力して、かねてから同研究グループが力を入れて研究を進めてきた、筋収縮系自励振動現象(SPOC現象)を再現できる理論モデルの構築に成功しました。この成果は、細胞膜のない筋タンパク質の集合体が自発的振動系であることを意味し、心拍機構に新しい視点を与えるものです。

 なお、論文は国際物理科学雑誌『Physical Review Letters』に9月6日付け(日本時間9月7日)で掲載される予定で、それに先立ち、オンライン版 http://prl.aps.org/ (9月5日付=日本時間9月6日)に掲載されました。

【研究の概要】

 骨格筋や心筋は横紋筋と総称されるが、その収縮系(細胞膜を除去した筋タンパク質集合体)は、ATP(アデノシン3リン酸)加水分解酵素であるミオシン分子モーターと、アクチン(細い)フィラメントが整然と配列したサルコメア(筋節)が、多数直列に連結した力発生装置である。収縮・弛緩のOn/Offは、1 μM前後のCa濃度の増減によって制御される。心筋の場合は、ペースメーカー細胞が発する規則的な電気信号に応じて、筋細胞内のCa濃度が一過的に上昇し、制御タンパク質トロポニンにCaイオンが結合することで、細いフィラメントの状態がOffからOnに転じ、ミオシン分子モーターの結合が可能となる。その結果、ミオシン分子の構造変化によって“滑り力”が発生し、フィラメント間の「滑り運動」が誘起される。これが筋線維の短縮につながる。Ca濃度が下がるとこの逆過程が生じ、トロポニンからCaイオンが遊離し、細いフィラメントはOff状態に転じ、ミオシン分子モーターはアクチン分子と結合できなくなって解離する。その結果、筋収縮系は弛緩する(外から加わる引っ張り力によって再び伸長する)。こうして、筋収縮系はOn状態とOff状態の2状態のいずれかをとるといわれている。とくに、細胞膜が存在する筋細胞中の筋収縮系は、電気刺激に応じて全(On)か無(Off)のいずれかの応答をする(All-or-none law)。従って、力発生の働き手である筋収縮装置の状態も、収縮(On)状態か弛緩(Off)状態かの2状態をとるというのが、広く受け入れられている通説である(全ての教科書はそのように説明している)。

 ところが、心筋細胞の場合は、ペースメーカー細胞が発生する電気的信号はAll-or-none的だが、その結果増加するCa濃度はOn-Offのしきい値である1 μMを十分に超えるものではなく、ほぼしきい値程度であることが知られている(その理由は分かっていない)。そこで、除膜した筋収縮系において、Ca-bufferを用いてCa濃度を1 μM付近に固定し、注意深く(とくに直径1 μm程度の、細い筋原線維を用いて)力計測を行うと、各サルコメアが自発的に短縮と伸長を繰り返す自励振動をすることが見出された(これをSPOC: Spontaneous Oscillatory Contractionと命名)(レビューは、S. Ishiwata, Y. Shimamoto, and N. Fukuda, Prog. Biophys. Mol. Biol. 105, 187 (2011).)。骨格筋収縮系ではCa濃度を1 μMに設定してもSPOCは発生しにくい。しかし心筋収縮系の場合は、1 μM付近に設定するだけで容易にSPOCが発生する。ただし、沢山の筋原線維が束化した筋細胞の場合には、サルコメア振動(振動波形は、ゆっくりとした短縮相と急速な伸長相からなる“鋸波状”)は発生するが、振動の位相が揃わないために細胞全長はなかなか振動しにくい。

 まず、2011年に私たち(佐藤、大瀧、島本、石渡)は、単一サルコメアのSPOCに関する理論モデルを提案した(K. Sato, M. Ohtaki, Y. Shimamoto, and S. Ishiwata, Prog. Biophys. Mol. Biol. 105, 199 (2011).)。このモデルでは、Ca濃度一定の条件下でSPOCしうるメカニズムが提案された。今回は、このユニットモデルを粘弾性的に直列に連結することによって、筋原線維でみられるSPOC現象が再現できるかどうかを検討した。その結果、我々が見てきたほとんど全てのSPOCパターン(図1)を再現することに成功した。サルコメア振動が同期して振動する(シンクロSPOC)、サルコメア振動が筋原線維を伝播する(伝播性SPOC)、伝播性SPOCが筋原線維の別の場所で発生し途中で衝突して消滅するか、あるいは発生して逆方向に伝播する(分断伝播性SPOC)、サルコメア振動がランダムに発生する(ランダムSPOC)、そして、振動を伴わない力発生(収縮)状態といった、幾つかの振動・収縮パターンが、モデルの結果として得られた(図2の状態図参照)。こうして、多様なSPOCパターンは、サルコメアの数と、収縮系内部の弾性構造と外部の弾性体の硬さの比に依存してて生み出されることが分かった。今後は、今回の1次元連結モデルを、さらに2次元、3次元へと拡張することによって、現実の筋細胞(筋原線維集団)の動態を理解することになるだろう。

 このモデルの成功は、心筋収縮系がそれ自体、自励振動系であることを強く示唆するものであり、筋収縮系は電気信号やCa濃度の変動に忠実に追随する、単なる力発生装置(働き手)ではなく、それ自体が能動的な振動素子であることを意味する。となると、心拍機構におけるペースメーカー信号に始まるCa濃度の変動の意味が問い直されることになる。つまり、各動物の心筋収縮系は、その動物の心拍に対応する周期でSPOC振動することが分かっているので、Ca濃度の変動は、サルコメアに固有の自発的振動を広範囲にわたってシンクロさせるトリガーとして働くという、新たな制御機構の存在が見えてくる。今後の研究次第だが、教科書が書き換えられる日が来るかもしれない。

【論文題目】

Locally and Globally Coupled Oscillators in Muscle

筋収縮系における局所的・大局的カップリング振動子

【著者】

*印:Co-corresponding authors.

佐藤 勝彦* (katsuhiko-sato@cdb.riken.jp) (理化学研究所、発生・再生科学総合研究センター研究員)

蔵本 由紀 (国際高等研究所副所長)

大瀧 昌子 (早稲田大学理工学術院招聘研究員)

島本 勇太 (早稲田大学理工学術院、現在Rockefeller大学博士研究員)

石渡 信一* (Ishiwata@waseda.jp)(早稲田大学理工学術院教授・早稲田大学バイオサイエンスシンガポール研究所所長)

【リンク】

ニュースリリースのページ http://www.waseda.jp/jp/news13/130903_spoc.html

石渡研究室 http://www.ishiwata.phys.waseda.ac.jp/

早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所(WABIOS) http://www.waseda.jp/WABIOS/jp/

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プレスリリース添付画像

連結モデルで得られた幾つかのSPOCパターン.

連結モデルによって得られた筋原線維の状態図(相図)。

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