【首都大学東京】機械学習によるスピン系の相転移の研究
2020年2月14日
公立大学法人首都大学東京
機械学習によるスピン系の相転移の研究
近年、人工知能(AI)の研究が進み、社会のあらゆる分野で、AIが応用されてきています。AIを使ったコンピュータ囲碁プログラムが、プロ囲碁棋士を破ったニュースは記憶に新しいことですし、自動運転の進展など、社会的に関心を集めています。AIは、応用技術としてだけでなく、基礎科学分野でも研究の考え方を変革するようなブレイクスルーを起こしつつあります。固体(氷)、液体(水)、気体(水蒸気)と相を変えるような相転移は、物理学の重要な研究分野ですが、その研究に機械学習注1)を応用する試みがCarrasquilla and Melkoによりなされました(参考論文)。イジングモデル注2)という、スピン系のモデルに、手書き文字の判定に使われる機械学習の手法を応用したものでした。
首都大学東京大学院 理学研究科物理学専攻 椎名拳太 大学院生、森弘之 教授、岡部豊 客員教授と、シンガポール科学技術庁・バイオ情報学研究所の Hwee Kuan Lee (李恵光)主任研究員・部門長は、Carrasquilla and Melko の手法を拡張、一般化して、イジングモデル以外の広い範囲のスピンモデルを扱えるようにすると共に、通常の2次相転移だけでなく、トポロジカル相転移として知られる、Berezinskii-Kosterlitz-Thouless (BKT) 転移注3)の相分類も解析可能にしました。スピン系の相転移の研究に新しいパラダイムを提示して、量子系を含む広い範囲の相転移研究に発展させることが期待されます。
ポイント
(1)機械学習の手法を用いて、相転移の研究を行う、新しい方法を提案しました。
(2)先行研究で提案された、イジングモデルの相分類の手法を、多成分をもつモデルや連続的自由度を持つモデルに応用できるように、拡張、一般化しました。
(3)提案した手法は、トポロジカル相転移として知られる BKT 転移の相分類にも有効であることを示しました。
(4)今後、量子系を含む広い分野の相転移研究に、新しいパラダイムを提供するものとして、発展が期待されます。
■本研究成果は、2月7日付け(英国時間)で、Nature Publishing Group が発行する英文誌 Scientific Reports に 発表されました。本研究の一部は、JSPS 科研費 JP16K05480、シンガポール科学技術庁A*STAR Research Attachment Programme (ARAP) の助成を受けたものです。
研究の背景
磁性体の常磁性・強磁性相転移の簡単なミクロモデルとして、イジングモデルがあります。ミクロな磁性粒子(スピンと呼ぶ)が、上向き(+1)、下向き(-1)の2つの状態のみをとり、格子上に配置されたスピンの隣り合ったスピン同士が、平行か反平行かで、局所的エネルギーが異なるモデルです。隣り合ったスピンが平行の方がエネルギーが低い場合、低温では、図1aに示すような、スピンがなるべくそろう状態をとります。一方、高温になると図1bに示すように、取りうる状態数が多いランダムな状態(エントロピーが大きいという)をとります。スピンのそろった状態は強磁性相といわれ、常温の鉄のような磁気的性質を示します。高温の状態は常磁性相といわれ、スピンの和(磁化という)は、+1 と -1 が打ち消しあいます。ある転移温度を境にした、強磁性相、常磁性相の連続的な転移を2次相転移とよびますが、従来の相転移の議論では、磁化のような系全体の平均量を解析して、ミクロなスピン配置を分析に用いることはありませんでした。
機械学習の代表的な分類の例は、手書き数字の判定で、正解のわかっている多くの訓練データで学習して、新しいテストデータがどの数字であるか判定するものです。さらに、機械学習の手法の一つである、ニューラルネットワーク注4)という分析手法を拡張進化させた深層学習の手法が、精度の高い手書き数字の判定を実現しました。白黒のピクセルの画像としての手書き数字の判定の手法を、イジングモデルのスピン配置による相の判定に応用しようというのが、Carrasquilla and Melko のアイディアです。モンテカルロシミュレーションで生成したイジングモデルのスピン配置から、常磁性相、強磁性相の判定をするもので、従来の系全体の平均量を解析する考え方に対して、新しいパラダイムを提供するものでした。
図1a.2次元イジングモデル(128x128)の低温(T/J=2.15)におけるスピン配置の例。青は上向きスピン(+1)、赤は下向きスピン(-1)を表している。
図1b.2次元イジングモデル(128x128)の高温(T/J=2.8)におけるスピン配置の例。青は上向きスピン(+1)、赤は下向きスピン(-1)を表している。
研究の詳細
イジングモデルは、2つの状態しかとらない簡単なモデルですが、もっと複雑なモデルに、Carrasquilla and Melkoの方法を適用することはできません。多数の状態をとるモデルとしてポッツモデルが知られていますが、イジングモデルのときに赤と青が入れ替わっても本質的に同じ状態であったのが、例えば5状態ポッツモデルでは、5色の入れ替えで可能な120通りのスピン配置が本質的に同一の状態となります。それを独立なものとして扱っていたのでは、相の分類の効率が悪くなります。椎名大学院生らは、この問題を解決するために、スピン配置そのものではなく、2つのスピン間の相関に注目して、相関の配置にCarrasquilla and Melkoの方法を適用することを提案しました。離れたスピン間の相関を考えますが、相転移は長距離秩序の問題であるので、その研究にふさわしい量であると言えます。機械学習として、全結合型ニューラルネットワークの方法を用います(概念図を図2に示します)。Google の提供する Tensorflow 注5)と呼ばれる機械学習のライブラリが幅ひろく使われますが、本研究でもそれを使用しています。
3状態ポッツモデルの場合に、機械学習を用いて相分類を実行した結果を図3に示します。常磁性相、強磁性相であることがわかっている高温、低温のデータを訓練データとして相分類を判定する分類器に学習させ、結果を知らない各温度のテストデータが常磁性相、強磁性相に判定される割合を示してあります。LxLの系(L=24, 32, 48)の結果を示してありますが、異なるサイズのデータも、転移温度から測った温度をサイズに応じた長さでスケールすることにより、一つの曲線に乗るという有限サイズスケーリングがうまくいっていることを挿入図に示してあります。
連続の状態をとるモデルにも、相関配置を利用することが可能です。スピンの向きとして、上下だけでなく、円平面上の360度の連続的な角度をとってよいXYモデルは、2次元系で、トポロジカル相転移として知られる、BKT転移を示します。2次相転移の場合には1点の相転移温度(臨界点)で示す臨界的な性質を広い温度範囲(臨界線)で観測されるユニークな相転移で、Kosterlitz-Thouless は、トポロジカル相転移の発見で、Haldaneと共に2016年のノーベル物理学賞を受賞しました。本研究では、XYモデルの離散版であるクロックモデルに対して、機械学習の方法を適用しました。離散性のために、低温で強磁性相が出現し、強磁性相-BKT相-常磁性相と2段階の転移が存在しますが、図4に示す2次元6状態クロックモデルの結果は、この2段階転移を再現しています。
図2.本研究で用いる全結合型ニューラルネットワークの概念図。入力層はスピン相関の配置、出力層は強磁性相、BKT相、常磁性相、隠れ層として、100層を用いている。
図3.2次元3状態ポッツモデルの機械学習による相分類。系のサイズは L=24, 32, 48 で、横軸は温度、縦軸は相が強磁性相、常磁性相と分類される比率を示しており、図の左側では強磁性相と分類される比率が高く、右側では常磁性相と分類される比率が高い。挿入図は、転移温度から測った温度をサイズに応じた長さでスケールすることにより、異なる温度のデータが一つの曲線に乗ることを示す有限サイズスケーリングのプロットである。
図4.2次元6状態クロックモデルの機械学習による相分類。系のサイズは L=24, 32, 48, 64 で、横軸は温度、縦軸は相が強磁性相、BKT相、常磁性相と分類される比率を示している。
研究の意義と波及効果
本研究では、BKT転移を示す6状態クロックモデルの訓練データを用いて、2次相転移を示す4状態クロックモデルのテストデータによる相分類を行い、2次相転移の臨界点とBKT転移の臨界線との関連を明らかにするなど、ユニークな研究結果も得てきました。本研究は、スピン系の相転移の研究の新しいパラダイムを提示するもので、その方法は、一般的で多方面への応用範囲があります。特に量子系への応用は、近年、注目されている量子情報・量子計算の研究への展開も視野に入れると、興味深いことと言えます。
【用語解説】
注1) 機械学習
人工知能(AI)の一つの技術であり、機械に大量のデータからパターンやルールを発見させ、それをさまざまな物事に利用することで判別や予測をします。近年は、特に深層学習(ディープラーニング)の技術的発展が目覚ましくなっています。
注2) イジングモデル
二つの配位状態をとる格子点から構成され、最隣接する格子点のみの相互作用を考慮する格子モデル。強磁性体のモデルであるとともに、二元合金、格子気体の模型としても用いられます。スピン系のモデルとしては非常に単純化されたモデルですが、相転移現象を記述可能なモデルであり、多くの物理学者によって、研究されてきました。
注3) BKT 転移
統計力学の2次元XYモデルにおいて起こる相転移です。1971年にBerezinskii、1973年にKosterlitzとThoulessによって理論的に提案され、1978年にヘリウム4の超流動薄膜において実験的に観測されました。
注4) ニューラルネットワーク
人間の脳内にある神経細胞(ニューロン)とそのつながり、つまり神経回路網を人工ニューロンという数式的なモデルで表現したものが、ニューラルネットワークです。機械学習の一つであり、深層学習(ディープラーニング)の基礎となっています。
注 5) TensorFlow
Googleが公開している深層学習(ディープラーニング)に対応した機械学習のライブラリです。Tensor(多次元配列/行列)のFlow(計算処理)をグラフ構造で定義し、それを元に演算を行います。
【参考論文】
“Machine learning phases of matter” J. Carrasquilla and R. G. Melko
Nature Physics 13, 431 (2017)
【発表論文】
“Machine-Learning Studies on Spin Models” Kenta Shiina, Hiroyuki Mori, Yutaka Okabe, and Hwee Kuan Lee
Scientific Reports 10, 2177(2020) DOI: 10.1038/s41598-020-58263-5
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このプレスリリースを配信した企業・団体
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