世界初・市販の化合物からコチレニンAの全合成に成功
より強力で副作用のない新規抗がん剤候補発見に期待
2020年4月16日
早稲田大学
【発表のポイント】
・コチレニンAは新規抗がん剤候補として注目されていたが、培養による生産・供給は途絶えていた。
・本研究グループは、独自に開発した手法を用いてコチレニンAの世界初の全合成に成功した。
・より強力な抗がん活性を示し、副作用のない新規抗がん剤候補の発見に繋がる可能性がある。
早稲田大学理工学術院の中田雅久(なかだまさひさ)教授、上森理弘(うわもりまさひろ)研究院講師らの研究グループは、独自に開発した手法により、コチレニンAの全合成(※1)に世界で初めて成功しました。
コチレニンAは新規抗がん剤候補として注目されていましたが、その生産菌が増殖能を失ったため、培養による生産・供給は途絶え、化学合成による生産・供給が切望されていました。また、多くの研究者がコチレニンAの化学合成に挑戦したものの、ユニークな構造ゆえに達成困難でした。
本研究グループは、コチレニンAを大きく3つの構造に分けて合成し、それらを繋ぎ合わせることで市販の化合物から25工程で全合成を達成しました。現在、20まで短工程化に成功しており、今後さらに短工程化が進めばコチレニンAの化学合成による量的供給が可能になります。
今回の成果は、コチレニンAの生物科学研究のさらなる発展に貢献します。また、コチレニンAの化学修飾を行い、生物活性試験を行うことで、より強力な抗がん活性を示し、副作用のない新規抗がん剤候補を発見する可能性があります。さらに、今回開発した試薬・反応・手法は、今後、様々な化合物の合成において活用されると考えられます。
本研究成果は、速報としてアメリカ化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に2020年3月16日(現地時間)に掲載されました。
(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
コチレニンAは当初、植物成長調節物質として発見されましたが、その後の研究によりインターフェロン-α(※2)と併用すると、ヒト骨髄性白血病の分化を誘導すること、幅広い種類のヒトがん細胞のアポトーシス(※3)を引きおこすことなどが分かりました。また、14-3-3タンパクと他のタンパクのタンパク-タンパク相互作用をコチレニンAが三者会合体を形成することにより安定化することが確認されています。こうした作用機序をもつ化合物は珍しいことに加えて、動物実験でも抗がん剤としての効果が確認されたため、コチレニンAは新規抗がん剤候補として注目されました。しかし、コチレニンAの生産菌が増殖能を失ったために、培養によるコチレニンAの生産・供給は途絶えてしまいました。
コチレニンAはジテルペン(※4)に分類され、二つの5員炭素環(※5)が結合した8員炭素環にグルコース由来の珍しい構造の糖が結合したユニークな構造をもっています。また、その炭素環上には多くの官能基(※6)が含まれており、8員炭素環は化学合成するのが困難であることも相まって、コチレニンAの全合成は多くの研究グループの興味を惹いてきました。しかし、1970年にコチレニンAの発見が報告されて以来、全合成は達成されていませんでした。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと
コチレニンAの生物科学研究のさらなる発展のためには、コチレニンAの化学合成による生産・供給が切望されていました。早稲田大学の研究グループ(理工学術院 上森理弘 研究院講師、先進理工学研究科修士課程2019年卒業 長田龍之介、同修士課程2年 杉山亮司、同博士後期課程2017年卒業 永谷幸太郎、理工学術院 中田雅久 教授)は、コチレニンAの世界初の全合成に挑戦しました。
(3)そのために新しく開発した手法
コチレニンAを効率的に合成するために、コチレニンAをA環、C環、糖部位の三つのフラグメントに分けて合成し(キラルビルディングブロック法)、それらを繋ぎ合わせる合成計画(収束的全合成)を立てました。A環フラグメントの合成は当研究室で開発した「触媒的不斉分子内シクロプロパン化」を活用することにより、短工程で合成に成功しました。その合成の過程では、臭素原子を導入する新しい反応も見出しました。C環フラグメントはアシルラジカル環化(※7)を活用し、既知化合物から短工程で合成できました。このアシルラジカル環化においては、収率を向上させる新規反応条件を見出しています。
形成困難な八員炭素環は、当研究室がタキソールの全合成において見出したパラジウム触媒反応で構築できると考えていましたが、驚いたことに同じ反応条件では、八員炭素環の形成は全く進行しませんでした。しかし、異なる配位子(※8)PCy3をもつパラジウム触媒を用いることにより、八員炭素環が高収率で生成することを見出しました。その後、新しい反応条件でのヒドロキシ基の導入、新たに開発した試薬によるケトンの還元を立体選択的に行い、コチレノールの合成に成功しました。
糖部位は、二つのフラグメントの連続反応による合成を計画しました。反応の進行の確認は、反応溶液の核磁気共鳴(※9)による解析により行うことができ、期待した連続反応が途中まで進行していることを確認できました。そこで、連続反応を完結させるべく反応条件を最適化したところ、三つの反応を連続的に進行させることに成功し、糖部位の合成に成功しました。
コチレノールと糖部位の結合(グリコシル化)は、反応点が混みあっているため、これまでに使われていた方法では成功しませんでした。しかし、2019年にWanらが報告したロジウム触媒を用いる反応(J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 11775)がこのグリコシル化に有効であることを見出しました。グリコシル化後、いくつかの変換を経て、コチレニンAの世界初の全合成を達成することができました。
(4)研究の波及効果や社会的影響
今回の全合成達成により、コチレニンAを化学合成により供給する道を拓くことができました。コチレニンAの生物科学研究のさらなる発展に貢献することが期待されます。また、今回の合成方法をもとに、コチレニンAの化学修飾を行い、生物活性試験を行うことにより、より強力な抗がん活性を示し、副作用のない新規抗がん剤候補を発見する可能性があります。今回の研究において開発した試薬・反応・手法は、コチレニンAの全合成の過程で有用であることを実証しました。今後、様々な化合物の合成において活用されると考えられます。
(5)今後の課題
市販の化合物から25工程でコチレニンAの全合成を達成しましたが、現在、20工程まで短工程化に成功しており、さらなる短工程化を目指しています。また、グリコシル化の収率向上が今後の課題です。この問題が解決すれば、コチレニンAの量的供給が可能になります。
(6)用語解説
※1 全合成
砂糖やアミノ酸などの市販されている化合物から化学反応により多段階の構造変換を行い、抗生物質などを合成すること。
※2 インターフェロン-α
ウイルス感染を抑制するタンパク質として同定されましたが、現在までに、増殖抑制、免疫調節および他の多くの活性を示すことが明らかになっています。
※3 アポトーシス
プログラムされた細胞死。
※4 ジテルペン
ゲラニルゲラニル二リン酸から生体で合成される炭素数20の有機化合物。
※5 5員炭素環
5つの炭素原子が環状に結合した構造。
※6 官能基
有機化合物の性質を特徴づける原子団または結合様式。
※7 アシルラジカル環化
環式構造を形成するアシルラジカルの反応。アシルは、カルボキシル基R-COOHからヒドロキシ基を除いたR-CO。ラジカルは、不対電子をもつ原子・分子。
※8 配位子
金属に配位する化合物。
※9 核磁気共鳴
原子核のスピンを利用して物質の構造情報を得る機器分析方法。
(7)論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Enantioselective Total Synthesis of Cotylenin A
執筆者名(所属機関名):Masahiro Uwamori, Ryunosuke Osada, Ryoji Sugiyama, Kotaro Nagatani, and Masahisa Nakada(上森理弘、長田龍之介、杉山亮司、永谷幸太郎、中田雅久)(すべて早稲田大学)
掲載予定日時(現地時間):2020年3月16日(Just Accepted Manuscripts)
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.0c01774
DOI:jacs.0c01774
(8)研究助成
研究費名:科学研究費:新学術領域研究
研究課題名:有用な生物機能多環式中分子の高効率合成
研究代表者名(所属機関名):中田雅久(早稲田大学)
研究費名:内藤記念科学奨励金(研究助成)
研究課題名:フシコッカン類の網羅的不斉全合成を念頭に置いたコチレニンAとフシコクシンAの不斉全合成研究
研究代表者名(所属機関名):中田雅久(早稲田大学)
早稲田大学ウェブサイト
https://www.waseda.jp/top/news/69015
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