MRI造影検査後に尿中排泄された造影剤はどこにいく?〜MRI検査用ガドリニウム造影剤の環境動態〜

【概要】

 磁気共鳴画像(MRI)検査は、現代医療において極めて重要な画像診断技術であり、詳細な診断のためにガドリニウム造影剤(注1)を用いた造影MRI検査が全国の病院で実施されています。ガドリニウム造影剤の体内での安全性は確立されており、投与後24時間以内に約98%が尿中に排泄されますが、排泄されたガドリニウム造影剤の自然界での動態は未だ明らかにされていません。

 東京都立大学大学院 人間健康科学研究科の井上一雅 准教授、福士政広 教授および古川顕 教授は、東京都内の主要な河川水に含まれるガドリニウム濃度を調査し、複数の河川において天然存在度と比較して含有ガドリニウム濃度の有意な上昇を検出しました。ガドリニウムは原子番号64の重金属であり、生体内必須元素(注2)と拮抗することで強い毒性を示すことが知られています。一方、ガドリニウム造影剤は、人体に対する安全性を確保するためにキレート構造(注3)となっており、人体投与から尿中排泄まで安全性が確保されています。しかしながら、キレート構造は強い紫外線照射により分解されることが知られています。つまり、人体から尿中に排泄されたガドリニウム造影剤は、河川等において太陽光などにより分解される可能性があり、環境負荷を与える一因になる可能性が考えられます。

 

【ポイント】

(1)   尿中排泄後のガドリニウム造影剤の自然界における動態は明らかにされていません。

(2)   河川水を調査した結果、複数の河川においてガドリニウム濃度の有意な上昇が検出されました。

(3)   河川水中のガドリニウム濃度の継続的な調査が必要です。

 

■本研究成果は、4月9日付けで、エルゼビアが発行する英文誌Marine Pollution Bulletinに発表されました。本研究の一部は、公益財団法人東急財団の助成を受けたものです。

 

研究の背景

 近年、アメリカやドイツを中心とした先進国の河川や内湾の水に含まれるガドリニウム濃度が有意に上昇していることが報告されています。その原因として、人口の高齢化などに伴い使用量が急増しているMRI検査用のガドリニウム造影剤による可能性が指摘されていますが、これまで尿中排泄後のガドリニウム造影剤の動態については明らかにされてきませんでした。加えて、2017年時点の統計データでは、MRI装置の保有台数(人口100万人あたり)は、日本(55.21台)が世界1位であり、次いでアメリカ(37.56台)、ドイツ(34.71台)の順に多く、保有台数から推定して、我が国におけるガドリニウム造影剤の使用量は諸外国と比較して多いことが予想されます。したがって、特にわが国では、造影剤として使用され尿中排泄されたガドリニウム造影剤の自然界における動態と環境・健康への影響に関する研究が待望されています。

 

研究の詳細

 本研究では、東京都内を流れる計10河川(40地点)の河川水を採水し、河川水中に含まれるガドリニウム濃度を質量分析計(ICP-MS)(注4)を用いて分析しました(図上段)。分析では、ガドリニウム以外の希土類元素(注5)も同時に分析を行い、そこから算出される自然界に存在するガドリニウム濃度を除外することで、検体に含まれるガドリニウム濃度の増加分について分析しました。

 

 

【図】東京都内の主要河川における採水調査地点(上段)と当該地点における希土類元素の存在パターン(下段:左は東京東部の河川、右は東京西部の河川)。通常の河川水(地点:M3、N2、O2)では、希土類元素の存在パターンは原子番号の小さいランタノイド(La)から原子番号の大きいルテチウム(Lu)まで徐々に相対存在度が増加する右肩上がりの滑らかな曲線が得られる。

 

 その結果、採水した試料中のガドリニウム濃度は0.1〜138.8 ナノグラム/リットル(ppt)であり、採水地点により濃度が大きく異なりました。これは、もともと自然界に存在するガドリニウム濃度と比べて1.2〜255.8倍の濃度でした。一般的に、川幅は上流域と比較して下流域において広くなり水量が増えます。そのため、上流から下流に流れるにしたがって希釈によりガドリニウム濃度は減少する傾向を示しましたが、水再生センター(図上段に示す◆)付近においてガドリニウム濃度の上昇が複数地点で確認されました。河川で検出されたガドリニウムの主な起源は患者さんの尿中に排泄されたガドリニウム造影剤であることから、検出されたガドリニウムの濃度は、東京都内に点在するガドリニウム造影剤を用いたMRI検査を行っている医療機関数(患者数)および汚水量に関連する可能性を強く示唆するものと考えられました。

 

研究の意義と波及効果

ガドリニウム造影剤を用いたMRI検査は日本全国で実施されています。2018年の統計データでは、日本国内に7459台のMRI装置が設置されており、その内の約1割(706台)が今回調査を行った東京都内に設置されています。本研究で明らかとなった医薬品であるガドリニウム造影剤に起因した環境負荷は、医療機関が集中する全国の都市部で発生していると考えられます。MRI装置は磁気を用いて画像を作り出す装置であり、X線CT検査とは異なり被ばくの心配がないことから装置の設置台数が増加傾向にあります。実際に、1990年の時点の人口100万人あたりの国内MRI設置台数は6.12台でしたが、27年後の2017年には55.21台になり、約9倍の設置台数の増加となりました。今後も画像診断の分野でMRI検査が多用される傾向にあることから、ガドリニウム造影剤に起因するガドリニウムの自然界での動態については注視が必要と考えられます。現時点では、観察されたガドリニウム濃度の上昇が人体へ及ぼす影響は明らかではありませんが、継続的な調査が望まれます。

 

【用語解説】

注1)ガドリニウム造影剤

 MRI検査において正確な診断を行うために、画像にコントラスト(濃淡)をつける検査薬である。実際のMRI検査では、検査前にガドリニウム造影剤を静脈から投与する。

注2)生体内必須元素

   酸素、炭素、水素、窒素、カルシウム、リンなどヒトの生命を維持するための必要な元素。

注3)キレート構造

 分子の立体構造により生じた隙間に金属を化学的に挟み込むこと。これにより、金属が持つ毒性などを封じ込めることができる。

注4)質量分析計

 極めて微量の試料中に存在する元素の質量を測定する装置である。測定された質量から濃度を算出することができる。

注5)希土類元素

 別名、レアアースと呼ばれ、光ファイバーや光磁気ディスクなど現代社会を支えるさまざまな分野で使用されている元素。

 

【発表論文】

“Impact on gadolinium anomaly in river waters in Tokyo related to the increased number of MRI devices in use”

Inoue K, Fukushi M, Furukawa A, Sahoo SK, Verrasamy N, Ichimura K, Kasahara S, Ichihara M, Tsukada M, Torii M, Mizoguchi M, Taguchi Y, Nakazawa S

Marine Pollution Bulletin、154、111148(2020)

DOI:10.1016/j.marpolbul.2020.111148

 

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