カイラル結晶構造を持つ新しい超伝導体の開発 元素固溶による結晶構造と超伝導特性のファインチューニング

1.概要

 東京都立大学大学院理学研究科の渡邊雄翔大学院生、水口佳一准教授、北海道大学大学院工学研究院の三浦章准教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉千佳子教授、産業技術総合研究所省エネルギー研究部門の後藤陽介主任研究員、李哲虎首席研究員、島根大学総合理工学部の臼井秀知助教、高輝度光科学研究センター回折・散乱推進室の河口彰吾主幹研究員らの研究グループは、カイラル結晶構造を持つ新しい超伝導体の開発に成功しました。カイラル結晶構造の物質は、反転中心を持たないため、通常の超伝導体と異なる特性を示す可能性があり、近年さかんに新物質探索が進められています。同グループは、カイラル結晶構造を持つが超伝導体ではないIr3Zr5と、カイラル結晶構造を持たないが超伝導体であるPt3Zr5に着目し、その固溶体を作製することで、カイラル結晶構造を持ち、超伝導を示す新物質を開発しました。本研究成果は、元素置換によってカイラル結晶構造と超伝導特性を制御できることを示しており、今後の新物質開発に指針を与えるものです。

 本成果は、アメリカ化学会の英文論文誌「Journal of the American Chemical Society」に2023年12月26日に掲載されました。本研究は、東京都高度研究(H31-1)およびJST-ERATO(JPMJER2201)などの支援を受けて実施しました。

 

2.ポイント

・カイラル結晶構造を持つ新しい超伝導体の開発に成功。

・低温での放射光X線回折から構造相転移の詳細を解明。

・低温物性測定からカイラル結晶構造における超伝導発現を確認。

 

3.研究の背景

 カイラルな結晶構造は、空間反転対称と鏡映対称性がない結晶構造であり、230種類ある結晶の空間群(1)のうち、65種類がカイラルな結晶に分類されます。そのような結晶構造を有する超伝導物質(2)では、反対称性スピン軌道相互作用(3)とよばれる効果が働き、スピン一重項状態とスピン三重項が混ざり合った特異な超伝導状態が実現すると考えられています。スピン三重項状態では、磁場に強い超伝導状態が発現するため、超伝導応用にも有利です。2004年に初めて報告されたCePt3Si超伝導体を契機に、カイラルな結晶構造を持つ超伝導体の開発と物性研究がさかんに行われてきましたが、これまでの研究では主に重いf電子系超伝導体が着目されていました。近年では、TaRh2B2、NbRh2B2などのカイラルな結晶構造を持つd電子系超伝導体の研究も行われています。しかし、報告されている例は少なく、結晶の空間反転対称性がないカイラルな結晶構造を持つ超伝導体のさらなる理解のために、新たな物質開拓が望まれていました。

 

4.研究の詳細

 従来の新物質探索では、カイラルな結晶構造を有する物質を検索し、その物質が超伝導を示すか評価する手法がとられていました。例えば、物質データベースでカイラル物質を検索し、低温での超伝導物性測定を行います。しかし、このような手法では候補となる物質が限られており、新物質開発が加速されません。本研究では、元素固溶系(部分的に元素を置換した系)を設計することで、非カイラル構造からカイラル構造への相転移を実現しました。さらに、超伝導特性も元素固溶によって制御することで、カイラル結晶構造を持つ超伝導体の開発に成功しました。

 図1に示す通り、Pt3Zr5とIr3Zr5の元素固溶系を合成し、(Pt0.2Ir0.8)3Zr5においてカイラル結晶構造と超伝導のどちらも有する新物質の合成に成功しました。Pt3Zr5は非カイラルの空間群P63/mcmを有しますが、低温で超伝導を示します。一方、Ir3Zr5はカイラルの空間群P6122を有しますが、超伝導を示しません。同研究グループは、Ir3Zr5の高温X線回折(4)においてP6122低温相からP63/mcm高温相への構造相転移を見いだし、これらの結晶構造が相転移によって入れ替わる可能性に着目しました。

図1元素固溶によりカイラル結晶構造と超伝導を両立するための物質開発指針。

 

 元素固溶系(Pt1-xIrx)3Zr5を合成したところ、図2に示すようにx = 0.8近傍を境に、室温での結晶構造がカイラル結晶構造に変化することがわかりました。また、磁化率測定から超伝導相図を作成したところ、図3のようにx = 0.85までは超伝導体であることがわかりました。そこで、x = 0.8に着目し、低温での構造相転移を詳細に評価することとしました。

 

図2

Ir置換量を増加させた場合のカイラル結晶構造相の存在比の変化(室温)。

 

図3

r置換量を増加させた場合の超伝導転移温度の変化。

 

 図4に大型放射光施設SPring-8(5)のBL02B2にて測定した放射光X線回折パターン(x = 0.8試料)と、カイラル結晶構造への相転移の詳細を示します。温度を低下させると、X線回折パターンにおいて点線四角で示した角度に、新たなピークが出現することがわかります。右図にそのカラープロットを示します。これらの結果から、低温でカイラル結晶構造に相転移していることがわかり、リートベルト解析(6)の結果から、温度の低下によりカイラル結晶構造の存在率が増加していくことがわかります。また、T = 30 K(ケルビン(7))においては、60%以上がカイラル結晶構造になっていることがわかります。通常の構造相転移は転移温度で急速に変化が起きますが、本系の構造相転移は温度の変化に対して転移が非常に緩やかに起きる特徴的なものです。

 

図4

放射光X線回折パターンとカイラル相の出現を示すピークの検出結果。 下図は温度を変化させた場合のカイラル結晶構造相の存在比の変化。

 

 x = 0.8の試料に対して、比熱測定を行い、試料全体が超伝導になっていることを見いだしました。また、電子状態計算から、どちらの空間群においても電子状態は非常に類似していることがわかり、どちらの相(P63/mcmおよびP6122)も超伝導体であると結論付けました。よって、x = 0.8の試料においては、低温でカイラル結晶構造を有する相が主相として存在し、その相が超伝導を示しているということになります。今回の新超伝導体においては、磁場中での超伝導特性が異常に高くなる現象は見られませんでしたが、カイラル結晶構造を持つ新超伝導体の開発手法として、元素固溶が有効であることを示すことができました。

 

5.研究の意義と波及効果

 カイラル結晶構造を持つ超伝導体を新たに開発することは、磁場に強い超伝導体などの特異な性質を持つ新超伝導体の開発につながり、超伝導応用の進展に貢献できる可能性があります。本研究では、「カイラル構造を持たないが超伝導を示す物質」と「カイラル構造を持つが超伝導体でない物質」に着目し、元素固溶によって両者の利点を残すことで、「カイラル構造を有する超伝導体」を合成することができました。本研究で示した元素固溶の有用性は、今後のカイラル構造を持つ新超伝導体開発における新たな指針となります。

 

用語解説

(1)    空間群:物質の結晶構造の対称性を表す群であり、空間群から空間反転対称性の有無などを判断することができる。

(2)    超伝導:低温で発現する量子現象であり、超伝導転移温度以下で電気抵抗がゼロになる。超伝導状態では電子は電子対を形成しており、対をなす電子のスピンが反対の場合をスピン一重項状態とよび、多くの超伝導体がスピン一重項状態を示す。一方、スピンが同じ向きを持つ三重項状態もまれに存在し、特異な超伝導特性を示す。

(3)    スピン軌道相互作用:電子スピンと軌道角運動量との相互作用をスピン軌道相互作用とよび、空間反転対称性の欠如した物質では、反対象性スピン軌道相互作用が生じる。

(4)    X線回折:X線を試料に照射し、格子定数などの結晶構造パラメータを評価する手法。

(5)    大型放射光施設SPring-8:兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

(6)    リートベルト解析:X線回折パターンを解析する手法で、格子定数や原子座標に加え、複数の相の混相比率など様々なパラメータを精密化することで実験結果を説明する手法。

(7)    ケルビン(K):温度の単位で、0℃は約273 ケルビン。

 

論文情報

論文タイトル:Low-temperature chiral crystal structure and superconductivity in (Pt0.2Ir0.8)3Zr5

著者:Watanabe, Yuto; Arima, Hiroto; Yamashita, Aichi; Miura, Akira; Moriyoshi, Chikako; Goto, Yosuke; Lee, Chul-Ho; Higashinaka, Ryuji; Usui, Hidetomo; Kawaguchi, Shogo; Hoshi, Kazuhisa; Mizuguchi, Yoshikazu(責任著者)

DOI:10.1021/jacs.3c10797

 

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図4

図1

図3

図2

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