ナノメートルの物質で起こる光のねじれ現象を解明
自然界のねじれ現象の解明と制御に貢献
2025年1月29日
早稲田大学
ナノメートルの物質で起こる光のねじれ現象を解明 自然界のねじれ現象の解明と制御に貢献
発表内容の詳細は、早稲田大学HPをご覧ください。
【発表のポイント】
●ナノの世界が見える特殊な光学顕微鏡を使って、ナノ物質近傍にできる光のねじれを立体的に可視化しました。
● ナノ物質の近くに光が集まること、このとき光のねじれが強くなること、また、光が集まりその強度が増すよりも、光ねじれの方が緩やかに起こることを発見しました。詳しい理論解析から、その物理起源を明らかにしました。
● 金属ナノ物質でおこる電子の動きを制御することで、光のねじれを制御し、分子のねじれの高感度検出と自然界のねじれ現象の解明や制御につながることが期待されます。
早稲田大学理工学術院の井村 考平(いむら こうへい)教授、同学術院の長谷川 誠樹(はせがわ せいじゅ)助教は、光のねじれとその立体特性を直接観測する手法を開発し、金ナノ物質近傍の光の強度とそのねじれを精密に計測し、金属ナノ物質で起こる電子の分布によって、光のねじれ具合が違うことを明らかにしました。さらに、光を集める強さとねじれの強さには違いがあること、「光の広がりと比べて、光のねじれがゆっくりとほどけること」をはじめて発見しました。これは、これまで解明されていなかった新たな光の特性になります。また、理論計算を行い実験結果がよく再現されること、その結果から今回の発見の起源を明らかにしました。この研究成果は、光のねじれを利用した分子の高感度検出をはじめ、光のねじれを活用した、自然界のねじれ現象の解明と制御につながることが期待されます。
本研究成果は、『Nano Letters』(論文名:Three-Dimensional Visualization of Chiral Nano-Optical Field around Gold Nanoplates via Scanning Near-Field Optical Microscopy)にて、2024年12月20日(現地時間)にオンラインで掲載されました。
図 ナノ物質近傍にできる光のねじれ
(1)研究の背景
自然界には、アミノ酸や生体分子をはじめ、貝殻や渦巻きなど、さまざまな物体や現象において構造の対称性が右手と左手の鏡像関係となる掌性が存在します。これを英語ではキラリティー※1と呼びます。この掌性は、分子や構造体のねじれと関係があり、生体内において非常に重要な働きをすることが知られています。例えば、右回りのねじれは薬効を示すが、その逆はそうでない場合があることが知られています。したがって、分子のねじれを制御して合成すること、またそれを高感度に検出することが極めて重要です。
分子のねじれの方向により右回りの円偏光と左回りの円偏光に対する光の吸収の強さが違っていることから、分子のねじれの検出にこの円偏光に対する光吸収の違いが利用できます。しかし、その感度は非常に低いことが知られています。これを高感度にする方法として、ナノ物質の利用が提案されています。金属ナノ物質※2では、光を物質近傍に閉じ込める光アンテナ効果があり、分子を金属ナノ物質に近づけることで高感度化を実現できる可能性があります。分子のねじれを検出するためには、ナノ物質近傍で光がねじれる空間とそのメカニズムを解明する必要がありますが、通常の光学顕微鏡は、光の回折現象により空間分解能に制限があり、ナノ物質近傍の光のねじれを直接観測することはできませんでした。
(2)これまでの研究で分かっていたこと
ナノサイズの金属ナノ物質に光を照射すると、物質内部の電子が集団で振動するようになります(これをプラズモン※2と呼びます)。これにより、光はナノ物質近傍に空間的、時間的に閉じ込められ、光の強度が局所的に強くなります。光の閉じ込め具合は、電子の運動の空間的な分布、またその時間特性と関係すると予想されます。しかし、ナノ物質内の電子の空間分布を直接観測することは容易ではありません。
私たちの研究グループは、ナノスケールの光学顕微鏡の高度化をすすめて、ナノ物質の電子の空間分布と光特性の関係を研究してきました。これまでに、電子の分布により、光の閉じ込め効果が違うことは明らかになっていました。しかし、光のねじれに関する詳細な知見はありませんでした。近年になり、金属ナノ物質近傍で光のねじれが大きくなることが報告され、それを制御し、分子のねじれ選択的な結晶化など、さまざまな応用につなげる研究が精力的に行われています。また、光のねじれの観察についても国内のいくつかの研究グループを中心に報告されるようになってきています。
図1.ナノスケールの光学顕微鏡で観察した金ナノプレートの電子の分布と光のねじれ図
(3)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために開発した手法
本研究では、電子の分布と光のねじれに関係があること、光の集まり方とねじれ方には違いがあることを初めて明らかにしました(図1)。特に、光のねじれ方・ほどけ方に関する発見は、これまで解明されてこなかった成果となります。
ナノスケールの光の空間分布を観測する手法は、ここ20年で大きく進展しています。しかし、ナノ物質近傍の光のねじれは、これを観察するのが容易ではありませんでした。一方、ナノ物質の化学合成やナノ加工技術の進展により、ナノ物質を用いた光ねじれに関する研究が近年急速に進展しています。私たちは、光のねじれを理解することが、その制御と応用において本質的に重要であると考えました。
そこで本研究では、私たちがこれまで開発してきたナノスケールの光学顕微鏡※3に光のねじれ測定を可能とする光学系を組み合わせて、装置をあらたに開発しました。さらに、光の広がりとねじれの度合いを評価するために、立体的な観測手法を組み合わせることを考案しました。これらにより、今回の重要な発見へとつなげることができました。
開発した装置の模式図を図2に示します。この装置では、微小な開口に発生する小さな光の粒(ナノスケールの光)を局所的に試料に照射して、試料から透過してくる光のねじれを装置下部の光学部品(ねじれ検出光学系)で選別し、検出します。また、光を照射する微小開口部分と試料表面との距離をナノメートルの精度で制御することで立体的な観測を実現しています。
図2.光のねじれの観測を可能とするナノスケールの光学顕微鏡
(4)研究の波及効果や社会的影響
私たち自身をはじめ自然界には、さまざまなところに分子のねじれが関係する現象があります。しかし、その起源は必ずしも十分に解明されたとは言えない状況です。分子のねじれを高感度に検出し、それを制御することは、生命の起源をはじめ、病理診断の効率化や医薬品の開発において、今後さらに重要性を増すと考えられます。また、光のねじれを利用することで、高度な光通信が実現することも提案されており、今回の成果は、自然現象の解明や健康社会の実現に貢献するだけでなく、高度な持続可能な社会を実現する上でも基盤となる知見であると考えられます。
(5)課題と今後の課題
今回の研究では、光のねじれと金属の電子の分布にどのような関係があるのか、その立体的な特性を解明することを目的に研究を進めました。これらにより、光のねじれの本質に迫る成果につながりました。しかし、現状では、これを自在に制御するには至っていません。これまでに、金属ナノ物質に関する基礎的知見を明らかにしてきました。今後は、これらを基盤として、光のねじれを制御し、さらに分子のねじれの選択的な高感度検出や結晶化などの応用につなげることを検討しています。これらにより、将来、病理診断の効率化や創薬、さらには自然界に存在するねじれの起源の解明につながることが期待されます。
(6)研究者のコメント
これまでナノ物質を対象に研究を展開してきました。ナノ物質は、分子やバルク(固体)とは大きく異なる光特性を示します。その起源は、物質のサイズと光の波長のサイズが同程度になることにより、物質と光が互いに相互作用することに起因します。金属ナノ物質でおこる光のねじれの増大もよく似た起源ですが、その本質に迫ることができたことで、今後の光のねじれの先端的応用につながると期待されます。今回の成果を得る上で、精密な計測と高度な解析が必要となりました。これは、私たちのこれまでの取り組みが実を結んだ成果です。本研究で報告した物質や光の本質に迫る成果は、化学をはじめ物質科学、また生命科学分野に波及効果をもたらすことを期待しています。
(7)用語解説
※1 分子の掌性(キラリティー)
乳酸など分子には、構成元素、また構造が同じで、対称性のみが異なる分子が存在する。これらは、鏡像関係にあり、ほとんどの化学的な特性は同じで、光に対する特性のみが違う。これらをL体、D体で区別する場合がある。生体内のアミノ酸は、すべてL体である。
※2 金属ナノ物質
数nmから数mmサイズの金属粒子(構造体)。コロイドと呼ばれることもある物質。金属ナノ物質では、光により物質内部の自由電子の集団的な振動(プラズモンと呼ばれる)が誘起される。特定の波長(色)の光により、この集団電子運動が誘起されることから、特異な光学特性を示す。中世ヨーロッパの教会にあるステンドグラスや江戸切子の赤色は、金ナノ粒子による光吸収と散乱に起因する。
※3 ナノスケールの光学顕微鏡(近接場光学顕微鏡)
生体組織など微小な試料を観測する場合には、カラー撮影が可能な光学顕微鏡が利用される。光学顕微鏡は、光をレンズで集光し、これを試料に照射して観察する。空間分解能(どれくらい小さなものを観察できるか)は、光の回折現象(光の集光限界)により制限され、可視域(波長380-780 nm)では光の波長の半分程度(波長600 nmの場合、約300 nm)。これよりも小さなものを観察するためには、光の回折現象に依存しないナノスケールの顕微鏡が必要となる。これを達成する顕微鏡の一つが、近接場光学顕微鏡。この顕微鏡では、波長サイズ以下の微小な開口に発生する小さな光の粒(近接場光)を試料に照射して、試料の観察を行う。空間分解能は、開口径程度となる。本研究では、空間分解能は100 nm程度である。
(8)論文情報
雑誌名:Nano Letters
論文名:Three-Dimensional Visualization of Chiral Nano-Optical Field around Gold Nanoplates via Scanning Near-Field Optical Microscopy
執筆者名:長谷川誠樹※(早稲田大学),井村考平*(早稲田大学) ※筆頭著者、*責任著者
掲載日時(現地時間):2024年12月20日
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.nanolett.4c05151
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05151
(9)研究助成
本研究は、科学研究費補助金 学術変革領域研究A「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革(尾松孝茂領域代表)」公募研究「超螺旋光によるナノキラル光場の創成とその可視化」(課題番号:23H01927、研究代表者:井村考平)、基盤研究B「光場制御と強結合によるナノ光増強場の高度化と機能開拓」(課題番号:23H04604、研究代表者:井村考平)の支援により実施されました。
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