使用済タイヤを化成品原料に
タイヤゴムを室温で液状ポリマーに分解するケミカルリサイクル技術を開発
ポイント
・ 室温での化学分解とそれに続く熱分解により、イソプレンとカーボンブラックの回収に成功
・ 化学分解で得られた液状ポリマーの分析から、その反応経路を解明
・ 使用済タイヤの資源化によるカーボンニュートラル社会の実現に貢献

概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門 上田 善弘 主任研究員、Wahyu S. Putro 主任研究員、松本 和弘 研究グループ長、触媒化学研究部門 竹内 勝彦 主任研究員、崔 準哲 総括研究主幹、材料・化学領域 深谷 訓久 研究企画室長(化学プロセス研究部門付)らは、株式会社 ブリヂストン(以下「ブリヂストン」という)と共同で、タイヤに使用される加硫ポリイソプレンゴムを温和な条件で化学的に分解し、さらに熱分解と組み合わせることで、タイヤ原料を回収するケミカルリサイクルの技術を開発しました。
タイヤゴムはポリイソプレンなどのポリマーとカーボンブラック(CB)などを混ぜ合わせた後、硫黄によってポリマー間を架橋することで、弾力性・耐久性を持ったゴム製品材料として供されています。今回開発した技術では、タイヤゴムに触媒と溶媒を添加して室温付近で撹拌するだけで化学的な分解反応が進行し、架橋したポリイソプレンゴムが液状になるため、ポリイソプレンと固体成分のまま残存するCBを容易に分離できます。この化学分解過程では、元のイソプレン骨格を保持したまま分子鎖が短くなります。そのため、得られた液状ポリマーをさらに熱分解することにより、イソプレンモノマーを主成分とするタイヤ原料を回収することができます。また、化学分解の反応生成物の詳細な解析から、分子鎖が短くなる反応機構を明らかにしました。この成果は使用済タイヤのケミカルリサイクル技術の実用化に向けた科学的基盤となるものです。
なお、この技術の詳細は、2025年11月21日に「ACS Catalysis」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20251204/pr20251204.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
タイヤ産業は、世界売上高が28兆円を超える大規模産業であり、日本企業が高いシェアを持つことから、国内でも重要な産業の一つです。今後モビリティの多様化が進む中でも、タイヤの需要はさらに拡大すると見込まれています。現状、使用済タイヤのほとんどは、燃料として利用される「サーマルリカバリー」で処理されています。摩耗したトレッドゴムを貼替える「リトレッド」によるマテリアルリサイクルも進められていますが、資源の枯渇やCO2排出量の増加による気候変動など将来起こりうる問題に対応し、今後も持続可能な形でタイヤを提供し続けるためには、使用済タイヤを繰り返し資源として活用する「ケミカルリサイクル技術」の開発が求められています。しかし、タイヤにはポリマーやCB、酸化防止剤などを配合したゴムを、加硫によって硫黄架橋させた多成分かつ複雑な構造を持つ材料が使われています。そのため、元の原料や純粋な化成品に分解・回収することはこれまで困難とされてきました。
研究の経緯
産総研とブリヂストンは、持続可能な社会の実現に貢献する革新的なリサイクル技術の開発とその社会実装を目指した共同研究を行っています。今回、使用済タイヤを資源として再利用する方法の開発に取り組み、タイヤに使用される加硫ポリイソプレンゴムを温和な条件で化学的に分解し、さらに熱分解と組み合わせることで、タイヤ原料を回収するケミカルリサイクル技術を開発しました。
なお、本成果はNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合研究開発機構)のグリーンイノベーション基金事業の委託業務(JNPN21021)の結果得られたものです。
研究の内容
今回開発した技術では、炭素-炭素二重結合を組み替えるメタセシス反応をタイヤゴムの化学分解に利用しました。天然ゴムを含むポリイソプレンは、触媒的なメタセシス反応により化学分解可能なことは報告されていましたが、一般的な使用済タイヤに含まれている加硫ポリイソプレンゴムは、材料に含まれる硫黄成分がメタセシス反応による分解反応を阻害するため、化学分解は困難と予想されていました。この技術課題を解決するために、硫黄成分が共存しても活性を失わない特徴(分子構造)を有する錯体触媒の探索を行った結果、硫黄架橋や酸化防止剤存在下でも機能する高活性なメタセシス反応用触媒を見出しました。また、今回見出した反応条件では、短く分解されたポリイソプレンが、メタセシス反応によって再度長い鎖に戻る反応が抑えられることもわかりました。これにより、触媒と溶媒のみで、他に反応剤を添加しなくても、室温付近の温和な条件下で加硫ポリイソプレンゴムの分子鎖を短くし、液状のポリイソプレンを得ることに成功しました。原料の加硫ポリイソプレンゴムは溶媒に溶解しませんが、反応後の分子鎖の短いポリイソプレンは液状で溶媒にも溶解するため、溶媒に不溶な固体成分であるCBと容易に分離できます(図1)。このように本研究では、適切な触媒と反応条件を選択することで、実際のタイヤ製品に使用されているCB配合の加硫ポリイソプレンゴムを、メタセシス反応により化学分解が可能であることを初めて示すことができました。さらに本手法は、実験試料として当初用いていたモデルゴム材料に限らず、実際の使用済タイヤから回収したゴムの化学分解にも適用可能でした。

ポリイソプレン間で炭素-炭素二重結合が組み変わる分子間メタセシス反応が起きた場合には、分解で得られるポリイソプレン分子鎖は短いものから長いものまで混在するために、分子鎖の短いものだけを得ることはできません(図2-①)。このため、ポリイソプレンの分子鎖を短くするためには、これまでポリイソプレンと炭素-炭素二重結合をもつ低分子反応剤との分子間メタセシス反応による化学分解の研究がなされてきました。一方、ポリイソプレンの分子内メタセシス反応が起きた場合には、環状ポリイソプレンが生成することで、ポリイソプレンの分子鎖が短くなります(図2-②)。今回我々は、加硫ポリイソプレンゴムに適切な触媒と溶媒を添加することにより、室温下数時間でポリイソプレンの分子鎖が顕著に短くなることを実験的に確認しました。このメカニズムを明らかにするために、反応生成物の構造を詳細に解析したところ、液状ポリマーの主成分は環状イソプレン4量体を中心とした環状化合物であることが判明しました。さらに、環状イソプレン4量体を分離精製し単結晶X線構造解析することで、初めて立体構造を含む分子構造の解明に成功しました。このことから、低分子反応剤を添加しなくても、分子内メタセシス反応を主な反応経路として、化学分解が進行することを明らかにしました。

今回のメタセシス反応による室温での化学分解では、ポリイソプレンゴムのイソプレン骨格を保持したまま、分子鎖を短くできる点に特徴があります。このため、化学分解により得られた液状ポリマーをさらに熱的に分解することにより、期待通りイソプレンが主生成物として得られ、加えてBTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)などの化成品原料を得ることが可能でした。本研究で得られた知見は、科学的根拠に基づく使用済タイヤのケミカルリサイクル技術の実用化へとつながる成果です。
今後の予定
今後は、加硫ポリイソプレンゴム以外にもメタセシス反応による化学分解が可能と考えられるブタジエンゴムなどへの展開を検討します。また、今回初めて分離精製に成功した環状イソプレン4量体については、未利用炭素資源としての用途開拓の検討を進めます。さらに使用済タイヤのケミカルリサイクル技術の社会実装を目指して、さらなる高効率な反応の開拓やスケールアップの検討を、産総研およびブリヂストンで一体となって推し進め、2030年代の事業化に向けた検討を推進します。
論文情報
掲載誌:ACS Catalysis
論文タイトル:Two-step chemical recycling of tire rubber to isoprene
著者:Wahyu S. Putro, Yoshihiro Ueda, Hiroshi Yamashita, Naoki Kamei, Miftah Faried, Makiko Hatori, Masahiro Hojo, Seiichi Tahara, Masahiro Homma, Takakazu Minato, Katsuhiko Takeuchi, Kazuhiro Matsumoto, Jun-Chul Choi, Norihisa Fukaya
DOI:10.1021/acscatal.5c05581
用語解説
加硫
ゴムに硫黄等を混ぜて加熱し、ゴム分子間に化学的な橋かけを形成させること。これによってゴム分子は網目構造を形成し、溶媒に不溶となり、ゴム弾性を示すようになる。
ポリイソプレン
イソプレン(化学式CH2=C(CH3)CH=CH2で示される化合物)の重合体。天然ゴムの主な構成成分であり、タイヤや履物などの汎用ゴムとして使用される。
ケミカルリサイクル
使用済プラスチックやゴム等の廃棄物をその原料レベルにまで化学的に分解し、得られる物質を原料にして新たな製品を作るリサイクル方法。
カーボンブラック
炭素の微粒子。天然ガスや液体炭化水素を不完全燃焼させることによって得られる、産業的に有用な一連の材料。ゴムの補強用充填材や印刷インキ、顔料、炭素材料の原料として使用される。
サーマルリカバリー
廃棄物を焼却し、発生した熱を発電や熱源等のエネルギーとして利用する方法。炭素分を燃やしてエネルギー源とするため、CO2の排出源となる。
メタセシス反応
炭素-炭素二重結合を、分子内あるいは分子間で組み替える反応。下図に示すように、炭素-炭素二重結合を持つ二種類の化合物から、新たな炭素-炭素二重結合を持つ化合物を生成することができる。ルテニウムやモリブデン等の金属錯体が触媒として利用される。

プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20251204/pr20251204.html
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立研究開発法人産業技術総合研究所
- 所在地 茨城県
- 業種 政府・官公庁
- URL https://www.aist.go.jp/
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