植物の接木が成立するメカニズムを解明 タバコ植物はいろいろな種の植物と接木できる
2020年8月7日
帝京大学
名古屋大学
理化学研究所
中部大学学園
グランドグリーン株式会社
植物の接木が成立するメカニズムを解明
タバコ植物はいろいろな種の植物と接木できる
名古屋大学生物機能開発利用研究センター准教授 野田口理孝氏、帝京大学理工学部准教授 朝比奈雅志、理化学研究所環境資源科学研究センター副センター長 白須賢氏、同バイオリソース研究センターチームリーダー 市橋泰範氏、中部大学応用生物学部准教授 鈴木孝征氏、名古屋大学発ベンチャーグランドグリーン株式会社代表取締役 丹羽優喜氏らの研究グループは、これまで同じ科に属する植物同士でしか成立しないと考えられてきた接木が、タバコ属植物では、異なる科の植物に対しても成立させられることを発見しました。
植物の接木は古くから行われてきた農業技術であり、果物や野菜の栽培に広く利用されています。生物の組織は細胞と細胞が密に癒合して成り立っています。これまで、接木した植物の組織同士の癒合適合性には、接ぎ合わせる植物が近縁種であることが必須であると考えられていましたが、そのメカニズムは不明でした。今回、研究グループはナス科タバコ属植物が遠縁の多様な植物との接木が可能であることを発見しました。タバコ属植物を接木した植物で転写産物を比較した結果、細胞の外に分泌されるβ-1,4-グルカナーゼが接木の接合面で細胞壁の再構築にかかわっていることを見出しました。またβ-1,4-グルカナーゼを過剰に発現させると接木の接着性が促進されることを示しました。さらにタバコ属植物を中間台木に用いることで有用な根系の植物を台木としてトマトなど農作物を生産する可能性を提示しました。
この研究成果は、2020年8月7日付の米国科学雑誌「Science」に掲載されました。
【ポイント】
■これまで不可能と考えられてきた遠縁の植物の接木がベンサミアナタバコをはじめとするタバコ属植物では可能であることを発見
■タバコ属植物の接木時に発現が上昇する遺伝子を同定
■β-1,4-グルカナーゼのうち細胞外に分泌される特定の遺伝子が細胞壁の再構成を促し、組織の癒合をもたらす
■β-1,4-グルカナーゼを過剰に発現させると、組織の癒合が促進される
【研究背景と内容】
接木は、2株の植物を一つに接ぐことで、それぞれの有用な性質を両方備えた植物を生産する技法として、古くから農学、園芸的に重要な伝統的技術です。実際の農業においては病気や塩害土壌等ストレスに強い株を台木とし、食味や収量の良い株を接ぎ穂として果物や野菜の生産が盛んに行われています。これまで接木できる植物の組み合わせは近い品種に限られ、遠縁な植物種間では接木が成立しないと考えられていました。この接木不和合を解消することができると、従来の接木よりも広くさまざまな農資源を接木により自由に組み合わせて活用できると期待されてきました。しかし、接木が成立するメカニズムは不明な点が多く、分子レベルの解析はほとんどなされていませんでした。この状況の下、かねてより接木を植物の全身的なシグナル伝達の研究手法として利用していた野田口准教授はナス科タバコ属のベンサミアナタバコがさまざまな組み合わせの植物と接木できることを発見しました(図1)。
ベンサミアナタバコをはじめとする7種のタバコ属植物を穂木として接木(異科接木)を試験したところ、実に38種類の科の73種類の種と接木が成功しました。これらにはタバコ属と同じ双子葉草本植物だけではなく、単子葉植物や木本植物も含まれていました。
次に、ベンサミアナタバコで異科接木が成立する分子メカニズムを調べるために、ベンサミアナタバコとアブラナ科のシロイヌナズナの接木接続部分の組織から経時的に転写産物を抽出し、次世代シークエンサーを用いて網羅的発現解析を実施しました。その結果、接木が成立する組み合わせでのみ接木実施後に発現が上昇する遺伝子群の同定に成功しました。透過型電子顕微鏡による接木接続面の形態観察で、接木組織の癒合時に細胞壁の再構成が起こっている可能性が示唆されていたことから、これらの遺伝子のうち、細胞外に分泌され、細胞壁形成に関与することが示唆される遺伝子として、β-1,4-グルカナーゼに注目しました(図2)。このβ-1,4-グルカナーゼ遺伝子の発現をベンサミアナタバコで一過的に抑制する実験を行ったところ、異科接木の成功率だけでなく、ベンサミアナタバコ同士の接木についても成功率が低下することが示されました(図3)。
ベンサミアナタバコに加えダイズ、アサガオ、トウモロコシについてもシロイヌナズナとの異科接木と、それぞれ同じ植物種同士の接木サンプルを作成し、同様な経時的発現解析を実施しました。その結果、β-1,4-グルカナーゼの発現は接木が成立する組み合わせにおいてのみ高い発現が維持されていることがわかりました。β-1,4-グルカナーゼは高度に発達したファミリーを形成していますが、このように接木時に発現が上昇する遺伝子はどの植物種においてもGH9B3という1遺伝子に限定されていました。ベンサミアナタバコのGH9B3をシロイヌナズナで過剰発現させたところ、シロイヌナズナ同士の接木の成功率も上昇しました。これらのことから、GH9B3はタバコの人為的な異科接木というイベントで機能するだけでなく、同科の接木ひいては植物の傷の修復に広く働いている可能性が示唆されました。
【成果の意義】
植物の接木は有用な農業技術ですが、適用範囲は同じ科に属する種など近縁種同士に限られると考えられてきました。今回、タバコ属植物を中間台木として用いることで、広範囲の植物間に対象を拡張できる可能性が高まり、今後有用な農業形質の有効な活用が可能になることが期待されます(図4)。また接木の分子メカニズムの理解が進んだことにより、さらに効率の良い接木技術の開発が進展することが期待されます。これにより、耕作不適合なストレス土壌や、病害土壌でも低農薬で収穫可能な作物の作成などを通し、今後予測される食料問題の解決や食の安全性、農業の持続可能性が高まることを期待します。
【論文情報】
雑誌名:Science
論文タイトル:Cell–cell adhesion in plant grafting is facilitated by β-1,4-glucanases
(植物の接木における細胞間癒合はβ-1,4-グルカナーゼによって促進される)
著者:Michitaka Notaguchi*, Ken-ichi Kurotani, Yoshikatsu Sato, Ryo Tabata, Yaichi Kawakatsu, Koji Okayasu, Yu Sawai, Ryo Okada, Masashi Asahina, Yasunori Ichihashi, Ken Shirasu, Takamasa Suzuki, Masaki Niwa, Tetsuya Higashiyama
*Corresponding author
DOI:10.1126/science.abc3710
【著者所属】
名古屋大学生物機能開発利用研究センター(野田口 理孝、黒谷 賢一、田畑 亮、川勝 弥一、岡安 浩二、澤井 優、岡田 龍、丹羽 優喜)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(佐藤 良勝、東山 哲也)
帝京大学理工学部(朝比奈 雅志)
理化学研究所環境資源科学研究センター(白須 賢)
理化学研究所バイオリソース研究センター(市橋 泰範)
中部大学応用生物学部(鈴木 孝征)
グランドグリーン株式会社(澤井 優、丹羽 優喜 *現所属)
【研究費】
・科学技術振興機構(JPMJER1004, 15657559, 15665754)
・科学研究費助成事業(18KT0040, 18H03950, 19H05361, JP16H06280, 19H05364, 15H05959, 17H06172)
・公益財団法人キヤノン財団(R17-0070)
・農研機構生研支援センター(28001A, 28001AB)
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