植物の組織修復と接ぎ木における器官再接着に必要な転写因子を発見
新潟大学理学部の池内桃子准教授(理化学研究所環境資源科学研究センター客員研究員)、理化学研究所環境資源科学研究センターの杉本慶子チームリーダー(東京大学大学院理学系研究科教授)・岩瀬哲上級研究員・豊岡公徳上級技師、産業技術総合研究所の光田展隆グループ長、名城大学理工学部の堀田一弘教授、中部大学応用生物学部の鈴木孝征准教授らの研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナを用いた研究によって傷口の治癒と器官の再接着に必要な転写因子(注1)「WOX13」を発見しました。WOX13はコケ植物でも傷害によって誘導される細胞リプログラミング(注2)に必要であることが知られており、本研究は傷害応答と器官再生を制御する仕組みの進化を理解するうえでも重要な知見です。また、本研究の成果は、新たな接ぎ木技術の開発など農業分野への応用が期待されます。本研究成果は、2021年11月4日(日本時間)にアメリカ植物生理学会の学会誌「Plant Physiology」の電子版に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・傷害刺激によって発現誘導される転写因子としてWOX13を同定した
・WOX13は傷口でのカルス(注3)形成と器官の再接着に必要である
・WOX13は細胞壁の分解や細胞伸長を制御する遺伝子群の発現を調節する
Ⅰ.研究の背景
植物は高い再生能力を持ち、器官が切断されると細胞塊であるカルスを形成して速やかに傷口を塞ぎ、器官をつなぎ合わせることができます。しかしながら、植物が切断刺激を感受してからどのように細胞分裂・伸長を活性化して器官を再び接着させているのかは、これまで明らかになっていませんでした。そこで本研究グループは、傷口におけるカルス形成に関与する因子を探索するために、モデル植物シロイヌナズナを用いたトランスクリプトーム解析(注4)を行い、器官の切断後に発現が誘導される遺伝子について解析していました(Ikeuchi et al., 2017 Plant Physiol.)。その中で、切断後1時間以内に速やかに発現が誘導されるWUSCHEL RELATED HOMEOBOX 13 (WOX13)遺伝子に着目しました。WOX13は、WOX ファミリーとよばれる遺伝子ファミリーに属する転写因子であり、陸上植物で広く進化的に保存されていることから、何らかの重要な機能を有することが期待されました。コケ植物のヒメツリガネゴケでは、葉を切断した際に細胞がリプログラミングして幹細胞を形成する現象に重要な機能を果たすことが知られていましたが、WOX13が種子植物の器官再生において果たす機能はこれまで明らかになっていませんでした。
Ⅱ.研究の概要・成果
WOX13がカルスの形成において果たす役割を調べたところ、WOX13の機能が欠損している突然変異体(機能欠損体)では器官の傷口に形成されるカルスが著しく小型化していることが明らかになりました。カルスがどうして小型化しているのかを詳細に調べるために、カルスの組織切片画像に対してX-net(Fujii et al., 2021)という、堀田教授らが新しく開発した機械学習手法を用いてセグメンテーション(注5)を行い、細胞を自動的に検出する解析をしました(図1)。その結果、wox13変異体ではカルスを構成する細胞の数が減少するだけでなく、カルスの中でも特に大きな細胞が消失していることを定量的に示すことができました。また、傷口にできるカルスが著しく小型化すると、器官の癒合がうまくいかなくなるのではないかと考えて調べたところ、WOX13の機能欠損体では器官の再接着が全く起こらないことが明らかになり、WOX13は再接着に必要な遺伝子であることが証明されました。さらに、WOX13がどのようにカルス形成と器官再接着を制御しているのかを調べるために、クロマチン免疫沈降法(注6)およびトランスクリプトーム解析によってWOX13の標的遺伝子を網羅的に探索しました。その結果、WOX13は傷害誘導性の器官再生に重要な役割を果たすことがすでにわかっているWIND遺伝子群とお互いに制御し合っていることがわかりました。また、WOX13の標的遺伝子群には、細胞壁成分多糖の分解や細胞伸長の制御に関わる遺伝子が多く含まれていることも明らかになりました。これらの実験結果に基づき、切断刺激に応答して発現するWOX13が細胞リプログラミングと細胞壁の再編成を制御することによって、カルス形成と器官の再接着を司っていることが明らかになりました(図2)。
III.今後の展開
今回の研究で明らかになったWOX13標的遺伝子候補の機能を明らかにしていくことによって、器官接着を制御するメカニズムの解明がさらに進むと期待できます。また、WOX13の発現を人為的に制御することができるようになれば、接ぎ木が成功しづらい植物種においても接ぎ木ができるようになる等、農業分野への応用が期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2021年11月4日(日本時間)、Plant Physiology誌に掲載されました。
論文タイトル:Wound-inducible WUSCHEL RELATED HOMEOBOX 13 is required for callus growth and organ reconnection.
著者:Ikeuchi M, Iwase A, Ito T, Tanaka H, Favero DS, Kawamura A, Sakamoto S, Wakazaki M, Tameshige T, Fujii H, Hashimoto N, Suzuki T, Hotta K, Toyooka K, Mitsuda N, Sugimoto K.
doi: 10.1093/plphys/kiab510
Ⅴ.謝辞
本研究は科学研究費補助事業・若手研究B (17K15146)、基盤研究C(20K06712)、特別研究員奨励費(17J40121)、新学術領域研究「細胞システムの自律周期とその変調が駆動する植物の発生」(20H05431)、新学術領域研究「植物の生命力を支える多能性幹細胞の基盤原理」(20H04894)、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターのイノベーション創出基礎的研究推進事業、および内藤記念次世代育成支援、武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成、資生堂女性研究者グラントの支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)転写因子:他の遺伝子の転写ON/OFF を調節する機能を持つタンパク質
(注2)リプログラミング:広義に細胞の運命転換
(注3)カルス:器官の切断やホルモン処理などの刺激に応答して形成される細胞塊
(注4)トランスクリプトーム解析:網羅的に遺伝子発現を調べる実験手法
(注5)セグメンテーション:画像中から特定の対象を抽出すること
(注6)クロマチン免疫沈降法:特定のタンパク質が結合するゲノム領域を調べる実験手法
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