深紫外光を透過する新たな電極材料を開発
深紫外光エレクトロニクスデバイスの高効率化に期待
1. 概要
深紫外光とよばれる波長が200-300 nmの光は、人の目では視ることができませんが、殺菌・環境浄化・半導体微細加工をはじめとするさまざまな用途に利用されています。現在、実用的な深紫外光源として水銀ランプなどが用いられていますが、小型で低コストの発光ダイオード(LED)が次世代の光源として期待されています。一方で、LEDをはじめとする深紫外光エレクトロニクスデバイスには、デバイスに光を出し入れするための透明電極(注1)が深紫外光を吸収してしまうという課題があります。
東京都立大学大学院理学研究科の廣瀬靖教授、東京大学大学院理学系研究科の長谷川哲也教授(研究当時)、長島陽大学院生、筑波大学数理物質系の関場大一郎講師らの研究グループは、ルチル型の結晶構造を持つ二酸化スズ(SnO2)と二酸化ゲルマニウム(GeO2)の固溶体(注2)に微量のタンタル(Ta)を添加すると、深紫外光に対して優れた透明導電性を示すことを明らかにしました。さらに、実用的な深紫外LED材料である窒化アルミニウム(注3)上に低抵抗な薄膜を形成することにも成功しました。これらの成果は、深紫外光エレクトロニクスデバイスの高効率化や産業応用につながると期待されます。
2. ポイント
・SnO2とGeO2の固溶体を母材料とする新たな透明電極材料(Ta添加Sn1−xGexO2)を開発しました。
・Ta添加Sn1−xGexO2は既存の透明電極材料よりも深紫外光に対して優れた特性を示しました。
・実用上重要な窒化アルミニウム上に高性能なTa添加Sn1−xGexO2薄膜を形成することに成功しました。
3. 研究の背景
深紫外光とよばれる波長が200-300 nmの光は、人の目では視ることができませんが、衛生・医療・半導体微細加工をはじめとする幅広い分野で利用されています。例えば、波長280 nm以下のUV-Cとよばれる光は細菌やウイルスのもつDNAやRNAに損傷を与えて不活化することが可能で、薬剤を使わない殺菌や環境浄化法として重要です。現在、実用的な深紫外光源としては水銀ランプなどの放電管が用いられていますが、水銀による環境負荷や光源の大型化といった課題があり、小型で低コストの発光ダイオード(LED)の開発が盛んに進められています。一方で、深紫外LEDの発光効率はまだ低く、その向上が望まれています。LEDをはじめとする深紫外光エレクトロニクスデバイスの高効率化を妨げる原因の一つは、デバイスに光を出し入れするための透明電極が深紫外光を吸収してしまうことです。そのため、深紫外光に対する透過率の高い透明電極材料が求められています。
4. 研究の詳細
研究グループは、代表的な酸化物半導体で、実用的な透明電極の母材料の一つでもある二酸化スズ(SnO2)に、結晶構造が同じでより大きなバンドギャップ(注4)をもつ二酸化ゲルマニウム(GeO2)を固溶することで、深紫外光に対する透過率を向上できると考えました。はじめに、パルスレーザー堆積法(注5)により、SnO2とGeO2の混合比を変えた薄膜をサファイア基板上に成長したところ、GeO2の割合が70%以下の範囲でルチル型結晶構造をもつSn1−xGexO2薄膜が成長しました(図1)。また、期待していた通り、GeO2の割合が増えるにつれて深紫外光に対する透過率が上昇することを確認しました(図2)。
図1 (a) Sn1−xGex O2の結晶構造。(b)サファイア(Al2O3)基板上に成長したSn1−xGexO2薄膜のX線回折パターン。(c-e)合成したSn1−xGexO2薄膜の(c)a軸長さ、(d)c軸長さ、および(e)単位格子の体積。組成変化に比例して変化しており、SnO2とGeO2が固溶していることがわかる。
図2 (a) GeO2の割合(x)の異なるSn1−xGexO2薄膜の光透過率(T)および反射率(R)スペクトル、(b)新紫外光領域の光透過率の拡大図。
次に、この固溶体薄膜に電気伝導性を付与するためのドナー不純物(注6)として、微量のタンタル(Ta)を添加したところ、GeO2の割合が約30%以下の薄膜において高い電気伝導性が発現しました(図3)。添加するTaの量を最適化したSn1−xGexO2薄膜の深紫外光に対する透明導電性は、スズ添加酸化インジウムやアンチモン添加酸化スズなどの実用的な透明電極よりも優れており、既知の材料の中でも最高レベルでした(図4)。
図3 Taを添加したSn1−xGexO2薄膜(GeO2割合約30%)の(a)光透過率スペクトル、(b)バンドギャップ、および(c)シート抵抗。
図4 さまざまな透明導電膜の波長280 nmに対する光透過率とシート抵抗。左上(光透過率が大きく、シート抵抗が小さい)ほど性能が高いことを示す。(凡例のSGOはSn1−xGexO2を示す)
透明電極材料を光エレクトロニクスデバイスに応用するためには、デバイスに用いられる半導体の上に高性能な薄膜を形成する必要があります。そこで、研究グループは実用的な深紫外LED材料である窒化アルミニウム上にTa添加Sn1−xGexO2薄膜を成長することを試みました。窒化アルミニウム上にTa添加Sn1−xGexO2を直接成長した場合、結晶性が悪く電気伝導性の低い薄膜しか得られませんでしたが、厚さが約10 nmのSnO2膜をシード層(注7)として挿入することで、サファイア基板上と同程度の透明導電性を示す薄膜の成長に成功しました(図4、図5)。
図5 AlNテンプレート基板上に成長したTa添加Sn1−xGexO2 (SGO)薄膜の(a)X線回折パターン、(b)電気抵抗率。シード層を挿入することで、回折ピークの強度が増大し、電気抵抗率が大きく低下している。
5. 研究の意義と波及効果
Ta添加Sn1−xGexO2は、深紫外光に対する透明導電性が優れていることに加えて、実用的なLED材料である窒化アルミニウム上にも形成できる点が特長です。本研究成果によって、LEDをはじめとする深紫外光エレクトロニクスデバイスの高効率化と、衛生・医療・半導体加工などの産業応用につながることが期待されます。
本研究は、東京大学の長谷川哲也教授(研究当時)、筑波大学の関場大一郎講師らと共同で行ったものです。本研究の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業の結果得られたものです。
【用語解説】
(注1)透明電極
高い可視光透明性と電気伝導性を併せ持つ材料である透明導電体を用いた電極。透明導電体としては縮退領域までドーピングしたワイドギャップ酸化物半導体がもっとも広く用いられている。典型的な材料はスズ添加酸化インジウム(ITO)やフッ素添加酸化スズ(FTO)などである。
(注2)固溶体
結晶内で複数の元素(ここではSnとGe)が均一に分布した単一相の固体。GeO2は高圧力下でSnO2と同じルチル型の結晶構造をとることから、広い範囲で両者を固溶できると考えられる。
(注3)窒化アルミニウム
ウルツ鉱型の結晶構造をとる窒化物半導体。窒化ガリウム(GaN)と固溶することでバンドギャップ(注4)を制御することが可能で、紫外LED材料として広く用いられている。
(注4)バンドギャップ
結晶のバンド構造において価電子帯の上部から伝導帯の下部までのエネルギー。一般に、半導体はバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を吸収する。
(注5) パルスレーザー堆積法
高強度のパルスレーザーを原料に照射することで瞬間的に蒸発・昇華させ、基板上に堆積することで薄膜を作製する手法。
(注6)ドナー不純物
電気伝導を担う電子の濃度を増加させる目的で半導体に添加する不純物。+5価のタンタルイオンは半径が+4価のスズイオンやゲルマニウムイオンと近く、結晶中でこれらを置換することで伝導電子が結晶中に放出される。
(注7)シード層
薄膜の結晶成長を促進する種(シード)の役割を果たす層。窒化アルミニウムと(Sn,Ge)O2の界面は面内方向の原子間隔の差が大きいため、窒化アルミニウム上に直接成長した(Sn,Ge)O2薄膜は品質が悪い。窒化アルミニウムとの面内方向の原子間隔の差が小さいSnO2を挿入することで高品質な結晶薄膜が成長する。
【論文情報】
雑誌名:Chemistry of Materials
論文タイトル:A Deep Ultraviolet Transparent Electrode: Ta-doped Rutile Sn1−xGexO2
著者:Yo Nagashima, Michitaka Fukumoto, Masato Tsuchii, Yuki Sugisawa, Daiichiro Sekiba, Tetsuya Hasegawa, and Yasushi Hirose
DOI番号:10.1021/acs.chemmater.2c01758
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