熱膨張係数を自在に制御可能とする超伝導体を開発
~超伝導素子や超伝導材料の応用に有利な新材料の開発につながる指針~
1. 概要
東京都立大学 理学部物理学科の渡邊雄翔(学部生)、同大学大学院 理学研究科物理学専攻の水口佳一准教授、島根大学 総合理工学部 物理・マテリアル工学科の臼井秀知助教らの研究グループは、特定の結晶軸方向に負の熱膨張を示すコバルトジルコナイド超伝導体CoZr2にNiを部分置換することで、負の熱膨張から、ゼロ熱膨張、さらに正の熱膨張へと連続的に変化することを発見しました。また、結晶構造の一軸圧縮(格子コラプス)が熱膨張係数や超伝導特性と強く相関していることがわかり、類似の結晶構造を持った遷移金属ジルコナイドにおける異常熱膨張の発現に重要な指針が見出されました。それぞれの結晶軸方向の熱膨張係数を最適化することで、体積熱膨張がゼロの超伝導体を開発できれば、超伝導素子や超伝導材料の応用に有利な新材料の開発につながることが期待されます。
本成果は、2023年1月18日付で、Springer Natureが発行する英語論文誌『Scientific Reports』(オンライン雑誌)に掲載されました。本研究は、科学研究費補助金(21H00151, 21K18834)、東京都高度研究(H31-1)、東京都立大学 若手研究者等選抜型研究支援・研究環の助成を受けて行いました。
2. ポイント
■ 遷移金属ジルコナイド超伝導体における一軸的な負の熱膨張を発見した。
■ CoZr2のCoサイトをNiで部分置換することで、線熱膨張係数を自在に制御することに成功した。
■ 体積熱膨張がゼロの超伝導体開発に向けた物質設計指針を見出した。
3. 研究の背景
超伝導[1]は低温で発現する量子現象の一つで、特定の物質を超伝導転移温度(Tc)[2]以下に冷却すると電気抵抗が完全に消失します。この現象を利用した超伝導電磁石は超伝導リニアやMRIに使用されています。また、超伝導素子を用いた量子コンピュータも開発されており、超伝導素子や超伝導磁石、それらを構成する超伝導材料のさらなる特性向上が望まれています。特に、超伝導体を使用する際には極低温に素子や材料を冷却する必要があるため、数百ケルビン[3]の温度変化を繰り返しても素子や材料の特性が劣化しないことが望ましく、その解決策の一つが熱膨張[4]をしない超伝導体を開発することです。
東京都立大学大学院 理学研究科物理学専攻の水口佳一准教授らは、2022年に遷移金属ジルコナイド超伝導体CoZr2が極低温から高温までの広い温度域で一軸的な負の熱膨張を示すことを見出しました(Y. Mizuguchi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 91, 103601 (2022).)。図1に示すCoZr2系の結晶構造(正方晶系CuAl2型構造)において、CoZr2ではa軸方向は正の熱膨張を示しますが、c軸方向に負の熱膨張が観測されます。正方晶系の単位格子体積は、V = a × a × c で表されるため、さらに大きな一軸的な負の熱膨張をc軸方向に生じさせることができれば、体積熱膨張がゼロの超伝導体の開発につながります。その目標を達成するために、本研究ではCoZr2系における負の熱膨張発現の起源の解明と、元素置換による熱膨張係数制御方法の開発を目的に研究を行いました。
図1.研究対象としたCoZr2系の結晶構造図。CoZr2の場合は、図中のc軸方向に負の熱膨張が生じ、Ni置換によって正の熱膨張へと連続的に変化する。
4. 研究の詳細
本研究では、CoZr2のCoサイト(図1中のCo原子)を部分的にNiで置換したCo1-xNixZr2(xはNi置換量)多結晶試料をアーク溶解法で合成しました。磁化率測定から超伝導特性を評価したところ、図2に示すように x = 0 ~ 0.6で大きな超伝導シグナル(バルク超伝導[5])が観測されました。一方、 x > 0.6の試料においては微弱な超伝導シグナルのみが観測され、バルク超伝導が消失しフィラメンタリー超伝導のみが生じていることがわかりました。X線回折装置を用いて様々な温度における格子定数(a軸およびc軸)[6]を評価したところ、図3に示すようにNi置換量増加に伴い、負の熱膨張からゼロ熱膨張、さらには正の熱膨張に変化することがわかりました。CoZr2の線熱膨張係数(αc)が約-20 μK-1であり、NiZr2のαcが約+18 μK-1であるため、同一の結晶構造タイプにおける単純な元素置換で、αcを約38 μK-1も変化させられたことになり、通常の熱膨張制御と比べて非常に大きな変化といえます。
また、正方晶構造における一軸圧縮の効果を検証するため、図4に示すような格子定数比(c/a)のNi置換量依存性を評価しました。興味深いことに、x ~ 0.6の領域でc/aが大きく変化することがわかりました。この現象は、正方晶構造を維持しつつ格子が一軸方向につぶれる格子コラプス現象と捉えられ、様々な超伝導体の発現機構と密接に関わっていることがわかっています。本研究でも、コラプス正方晶領域でバルク超伝導が消失しているため、超伝導発現と一軸圧縮が相関している可能性が高いです。実際に、電子状態を理論計算したところ、多量のNi置換は超伝導発現に不利には働かない結果が得られており、異常な格子圧縮が超伝導消失の原因と結論付けました。さらに、コラプス正方晶領域でαcが正になるため、格子コラプスがc軸の熱膨張特性とも相関していることがわかります。以上の結果から、遷移金属ジルコナイド(CoZr2系)において、c軸方向の格子コラプスを避けた元素置換を行い、c/a比を大きくすることができれば、バルク超伝導発現と、より大きな負の熱膨張の発現が期待できます。
図2.Co1-xNixZr2の超伝導転移温度のx依存性。
図3.Co1-xNixZr2のc軸線熱膨張係数(αc)のx依存性。
図4.Co1-xNixZr2の格子定数比c/aのx依存性。
5. 研究の意義と波及効果
遷移金属ジルコナイド超伝導体(CoZr2)において、格子定数比(c/a)を大きくし格子コラプスを避けることで、バルク超伝導と大きな負の熱膨張(c軸)が同時に発現することがわかりました。
本成果は、今後の新物質開発の指針となるもので、さらなる物質開発により体積ゼロ熱膨張を示す超伝導体の開発につながります。遷移金属ジルコナイドは超伝導体であると同時に、Tc以上では金属であるため、本物質系が示す異常な熱膨張は金属系材料への応用にも期待できます。
【用語解説】
[1] 超伝導
特定の金属を低温に冷却するとある温度(超伝導転移温度)以下で電気抵抗が消失します。これを超伝導転移と呼び、超伝導転移を示す物質を超伝導体と呼びます。
[2] 超伝導転移温度(Tc)
超伝導体は温度の上昇によって、超伝導状態から金属状態に転移します。その温度のことを超伝導転移温度と呼びます。
[3] ケルビン(K)
温度の単位であり、0℃は約273 Kです。
[4] 熱膨張
物質の温度が変化した際に膨張したり収縮したりする現象。多くの物質は温度の上昇とともに膨張し、正の熱膨張と呼ばれます。逆に、温度の上昇とともに収縮する現象を負の熱膨張と呼びます。また、直線的な熱膨張を線熱膨張と呼びます。本研究ではc軸方向の線熱膨張を、線熱膨張係数αcを用いて評価した。αcは300 Kのc0を用いて、αc = (1/c0)(dc/dT)で計算しました。
[5] バルク超伝導
物質が均一な超伝導状態にあり、例えば磁化率測定で大きな反磁性シグナルが観測される状態を呼びます。バルク超伝導に対し、不純物の存在や結晶中の歪みなどの影響でバルク性が失われた状態をフィラメンタリー超伝導と呼び、微弱な反磁性シグナルが検出されます。
[6] 格子定数
結晶中の最小ユニットを単位格子と呼び、単位格子を構成するそれぞれの軸長を格子定数と呼びます。正方晶系の場合、単位格子は直方体であり、長さの異なるa軸とc軸からなります。正方晶構造の一軸的な圧縮の程度を評価する指標として、格子定数比c/aが用いられます。
【論文情報】
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Sign change in c-axis thermal expansion constant and lattice collapse by Ni substitution in transition-metal zirconide superconductor Co1−xNixZr2
著 者:Yuto Watanabe, Hiroto Arima, Hidetomo Usui & Yoshikazu Mizuguchi
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-28291-y
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