ヌクレオシドアナログ製剤に対する細胞抵抗性に関わる DNA修復因子群の包括的理解
〜がん治療応用への展開に期待〜
ポイント
・12種類のヌクレオシドアナログと24種類のDNA修復因子変異細胞を用いた網羅的解析により、薬剤ごとに異なるDNA毒性防止機構が存在することを世界で初めて示しました。
・がん細胞に一般的に見られるDNA修復機能の減弱を「狙い撃ち」にする次世代のがん治療法開発に直結する知見となります。
・患者ごとのゲノム情報に基づいたテーラーメイド治療の可能性を示唆しています。
・副作用低減や個別化医療の実現に貢献し、抗ウイルス薬のがん治療への再利用など、医療資源の有効活用にもつながります。
概要
ヌクレオシドアナログ製剤は、1980年代からエイズなどのウイルス感染症の治療に使用されてきました。ヌクレオシドアナログとは、DNAを構成するヌクレオチドの材料となるヌクレオシドの類似体の総称であり、現在多くの薬品がウイルス治療のみならずがん治療にも使用されています。これらの薬品は、複製中にゲノムDNAに間違えて取り込まれて、複製反応を停止させることでウイルスやがん細胞の増殖を抑えると考えられています。一方、健全な患者細胞のゲノムにも影響がでるため副作用を伴うことが予測され、これらの薬品の作用機構の理解に基づく薬理作用の評価が必要とされています。しかし、これらヌクレオシドアナログ製剤によるDNA影響に対する細胞抵抗性の分子機構については、完全には解明されないままでした。今回、東京都立大学大学院理学研究科化学専攻の廣田耕志教授らの研究グループは、現在臨床で使用されている薬品を含む12種類のヌクレオシドアナログを対象に、24種類の変異細胞を使用し、それらがDNAに及ぼす影響への抵抗性に関与するDNA修復因子群を包括的に調査し、調査結果を公表しました。この成果は、新たなメカニズムに基づいた抗がん治療法開発などへの応用研究に結びつくことが期待されます。
研究の背景
ヌクレオシドアナログは、DNAの材料となるヌクレオシドに構造がよく似た化学物質の総称であり、1980年代からエイズやコロナウィルス感染症(COVID-19)などのウイルス感染症の治療に使用されてきた実績があります。最近では、白血病などのがんの治療にも使用されています。この化学物質は、DNAの材料によく似ているゆえに、DNAの複製中に新規に合成されるゲノムDNAに取り込まれ、複製反応(コピーを作る反応)を阻害します。このため、複製の頻度が高く、反応の正確性の低い、ウイルスやがん細胞の複製反応をより強く抑制するため、これらの治療に使用されています。一方、健康なヒト細胞がどのようにして取り込んだヌクレオシドアナログの毒性を低下させているのか、ほとんど理解されていませんでした。
東京都立大学理学研究科の廣田耕志教授は、2015年に京都大学医学研究科血液内科の高折晃史教授との共同研究で、アバカビルというエイズ治療薬が、ある種の白血病の治療に高い効果がある原理を報告しました。アバカビルが効果を奏する白血病では、TDP1というDNA修復酵素の働きが弱っており、この酵素が働かないとアバカビルをゲノムから除去することができず細胞死を誘導することを発見しました。この成果は、実際の臨床試験にも進み、社会還元される知見となったことで注目を集めました。
廣田教授の研究室では、2021より東京都高度研究(R3-2)の支援のもと、ヌクレオシドアナログのDNA毒性を防ぐための分子機構を包括的に調査・理解するプロジェクトを推進しています。これまでに調査した様々なヌクレオシドアナログが化学物質ごとに全く違う細胞毒性スペクトラムを示し、薬品ごとにそのDNA毒性の防止に必要なDNA修復因子が異なることを解明しています。このプロジェクトでは、がんのアキレス腱となる「DNA修復機能の減弱」を「狙い撃ち」にした次世代の治療応用へ展開させることを目標としています。今回、廣田耕志教授は、川澄遼太郎助教(東京都立大学理学研究科)とE Tabassum Rubaiat氏(東京都立大学理学研究科博士後期課程3年、グローバルパートナーシップ奨学生)とともに、ヌクレオシドアナログ12種類について、これらの薬品が及ぼす細胞影響やDNA毒性への細胞抵抗性に関わるDNA修復因子群の包括的な研究結果を公表し、がんの弱点である「DNA修復異常」を狙い撃ちにした次世代の癌治療法について提唱しました。
研究の詳細
今回、廣田耕志教授の研究チームは、24種類のDNA修復に関与する遺伝子の変異体を用いて、12種類のヌクレオシドアナログ製剤の毒性(細胞増殖をどのくらい強く抑制するのか)を調査しました。その結果、12種類のヌクレオシドアナログはそれぞれ特有のDNA修復因子を、薬剤耐性に必要とすることが明らかになりました(図1)。この結果は、ヌクレオシドアナログがDNAの材料と似た構造を持つために誤ってゲノムDNAに取り込まれたとしても、取り込まれたヌクレオシドアナログのその後に誘導する細胞効果や毒性作用や、毒性防止機構は「薬品ごとに全く異なる」という、意外な事実を示しています。
図1に示す12種類のヌクレオシドアナログに対する細胞抵抗性に必要な因子の包括的なデータは、がんのアキレス腱となる「DNA修復機能の減弱」を「狙い撃ち」にした次世代の治療応用へ利用可能な知見となります。
12種類のヌクレオシドアナログに対する24種類の変異細胞の感受性スペクトラム
図1 様々なDNA修復因子の変異体が示す、各化学物質に対する感受性のプロファイルの一覧表。各変異細胞の化合物への感受性(また耐性)について、感受性指数を示す。負の値(赤)は感受性を、正の値(緑)は耐性を示す。絶対値が大きいほど、細胞影響が大きいことを意味する。
今後の医療展開に向け、実際の患者由来のDNA修復因子群の遺伝子変異を有するがん細胞での各種のヌクレオシドアナログ製剤とのシナジー効果や、固形腫瘍など血液のがんとは異なる性状を持つがんでの効果についてさらに解明する必要性があり、多くの課題が残っています。
研究の意義と波及効果
今回の研究では、ヌクレオシドアナログが誤ってゲノムに取り込まれた際、取り込まれたヌクレオシドアナログのその後に誘導する細胞効果や毒性作用や、毒性防止機構は「薬品ごとに全く異なる」という、意外な事実を示しています。このような包括的研究データの公開は世界で初めてです。この研究成果は、治療効果の予測や新規の抗がん剤開発などへの応用研究に結びつくことが期待されています。
・新規がん治療への波及効果
DNA修復機能の減弱を狙い撃ちにした次世代の治療方法について、詳しく解説します。2015年の高折教授との共同研究では、TDP1というDNA修復酵素の働きが弱った白血病細胞に「特異的」にアバカビルが効果を奏する(細胞死を誘導する)ことで、白血病の治療に資することを発見しました。この治療法では、アバカビルがゲノムに間違って挿入された時にTDP1が特異的に除去することが、治療原理となっています。
がん細胞の一般的特徴として、ゲノムが不安定化しさまざまなDNA修復酵素やDNA損傷応答因子などが変異で減弱していることが挙げられます。例えば、家族性乳がんには頻繁に相同組換え機構に関わるBRCA遺伝子*1の変異が、大腸がんにはDNA複製エラーを修正するミスマッチ修復の因子群の変異が、さらに広範ながん細胞でチェックポイント機構に関わる因子群の変異が見つかっています。このように、TDP1に限らずがん細胞の一般的特徴としてDNA損傷応答の異常を挙げることができます。
図1の変異細胞ごとの感受性スペクトラムの一覧表をみると、例えばGemcitabineという薬品(ジェムザールと呼ばれる癌治療薬品)についてはRAD17遺伝子変異が特に高い感受性を示します。同様に、CidofovirやGanciclovir、FUdR(いずれもウイルス治療薬品)もRAD17遺伝子変異が特に高い感受性を示します。RAD17はDNA損傷チェックポイントに関わる因子であり、この機能に異常を持つがんでは、これらの薬剤が他のヌクレオシドアナログよりも高い効果を発揮する可能性があります。さらに、正常細胞に影響を与えない低濃度で使用できれば、副作用をほとんど伴わない治療が実現します。加えて、患者ごとのゲノム情報に基づいたテーラーメイドがん治療法の提供も期待されます。
以上のように、本研究成果は今後、新しい医療や治療法開発への応用に結びつくことが期待されます。
【用語解説】
*1 BRCA遺伝子
BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子を指します。どちらの遺伝子も相同組換え反応の推進にとって不可欠な因子をコードしており、その変異により相同組換え経路は不良化すると考えられます。遺伝性乳がん卵巣がん症候群はBRCA1またはBRCA2遺伝子の変異が原因となって引き起こされます。乳がん全体の3−5%、卵巣がん全体の10−15%を占めます(日本HBOCコンソーシアムの資料から)。また、この遺伝子の変異により前立腺がんと膵臓がんの発症率も高まります。
【論文情報】
タイトル:Targeting Genome Maintenance Defects of Cancers Using Chain-Terminating Nucleoside Analogs
著者: Ryotaro Kawasumi, Rubaiat E Tabassum, and Kouji Hirota
12月1日付けのCancer Scienceオンライン版で発表
DOI: 10.1111/cas.70285
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