世界初!相同組換えのDNA鎖交換の素過程を解明 「RecAはDNA鎖を解離しないで相同鎖を検索する」

~発ガンやガン抑制の仕組み解明に期待~

1 概要

 DNAの相同組換えは、壊れたDNAの修復や遺伝的多様性の創出に必須の化学反応であり、全ての生物に保存されている。相同組換えでは、相同なDNA*1の間で鎖の交換を行うことで、DNA修復や遺伝的多様性創出を成し遂げており、この反応は全ての種に保存されているRecA組換え酵素*2が担っているが、その相同DNA鎖の交換の素過程は長年不明のままであった。今回、東京都立大学大学院理学研究科化学専攻(廣田耕志教授、柴田武彦客員教授)は、東京都立医学総合研究所ゲノム動体研究プロジェクト(正井久雄プロジェクトリーダー)と共同で、相同組換えのDNA鎖交換の素過程を解明した。相同組換え過程の不良はガン発生につながるため、この発見を端緒として、発ガンやガン抑制の仕組みが理解されることが期待される。

 

2 発見の背景

 DNAは細胞内で代謝反応物などの影響で毎日多数のDNA損傷を受けている。DNA損傷の中でも、特にDNA二重螺旋の両方が断裂してしまう損傷(DNA2本鎖切断*3)は、一つでも修復できずに細胞に残ると細胞は死んでしまうことから、最も有害な損傷として知られている。このような有害な損傷は、相同組換え修復によって変異を引き起こさないで正確に修復されることが知られている。相同組換えは、配偶子(精子や卵子)を作るための細胞分裂である減数分裂*4においても重要な働きを担っている。減数分裂において父と母由来の染色体の間でDNAの組換えが起こることで、正確な染色体の配偶子への分配を保証しているとともに、この時に父母間の遺伝情報がDNAの組換えによって混じり合うことになり、その結果配偶子にもたらされる遺伝的多様性*5が生まれることになる。このように、相同組換えはDNA損傷の修復や子孫への遺伝情報の継承において重要な働きを担っている。

 DNAの相同組換えは、大腸菌などの原核生物からヒトなどの高等真核生物にまで保存されているRecA組換え酵素によって、触媒される化学反応である。この酵素の欠損は、ニワトリやマウス細胞において致死となることから、この反応は様々な生き物において根元的に重要なものであると考えられている。RecAタンパク質は損傷したDNAの末端に生成される1本鎖DNAに結合し、相同な配列の2本鎖DNAを探し出したのちに、相同領域への1本鎖DNAの潜り込みを誘導する(図1)。この反応を「鎖交換反応」という。これによって、切断されたDNAは無傷のDNAを鋳型に用いて複製し損傷を正確に修復することができる(図1)。減数分裂での父と母由来の染色体の間でのDNA組換えにおいても同様の「鎖交換反応」を起点とした組換え反応が行われており、遺伝子を子孫に継承するための必須の反応ということができる。

これまで、相同組換えの鎖交換反応において以下の2つの仮説が考えられていた。

(仮説1) 1本鎖DNAにRecAが結合し、相同な2本鎖DNAに接近すると2本鎖DNAを解離させて部分的に1本鎖DNAを露出させて相同な配列を探し、相同領域を見つけたのちに鎖交換を実施する(図2A)。

(仮説2)RecAが2本鎖DNAに接近するが、2本鎖DNAの解離を行わないで相同領域をサーチし、相同領域を見つけたのちに鎖交換を実施する(図2B)。

 東京都立大学理学研究科化学専攻(廣田耕志教授、柴田武彦客員教授)では、DNAの損傷を修復するメカニズムについて研究を行っている。今回、東京都立医学総合研究所ゲノム動体研究プロジェクト(正井久雄プロジェクトリーダー)と共同で、相同組換えにおける鎖交換反応の素過程を解明することに世界で初めて成功した。

図1

 

図2

 

3 発見の詳細

 今回、東京都立大学らの研究チームは、RecAタンパク質を生成し、試験管内で相同なDNA分子の間の鎖交換反応を検出する研究を行った。これまでの研究でRecAタンパク質に一つのアミノ酸の変異を入れることで、2本鎖DNAを解離できないRecA変異体を見つけていた。もし仮説1のように、相同鎖の検索に先立って2本鎖DNAを解離させることが必要なのであれば、この変異体は鎖を解離して1本鎖DNAを露出させることができないため、DNA鎖交換ができなくなるはずであるが、この変異RecAタンパク質でもDNA鎖交換が検出された。このことは、仮説2が正しいことを支持するものであった。さらに、研究チームはRecAによるDNA鎖交換のときのDNA分子における「よじれストレス」に注目をした。DNA2本鎖は螺旋構造をとっており、このような状態の鎖の一部分を解離して開くと、DNA分子内によじれストレスが溜まることがわかっている(図3)。もし仮説1のように、相同鎖の検索に先立って2本鎖DNAを解離させることが必要なのであれば、検索過程でDNA分子によじれストレスがたまるはずである。実験の結果、RecAが相同DNA鎖を検索する過程でよじれストレスは全く発生せず、相同鎖検索の完了後に1本鎖DNAのもぐり込みが起こって初めて、DNA分子内によじれストレスが発生することがわかった。これらの結果から、相同組換え過程の鎖交換反応では、RecA分子が結合した1本鎖DNAの末端が、2本鎖DNAを解離させることなく相同DNAを検索し、相同配列を見つけたのちに、これを解離して1本鎖になった部分とくっついて、鎖交換反応が進むことがわかった。

図3

4 意義と波及効果

 今回の研究では、相同組換えの鎖交換の素過程を解明した。RAD51はヒトのRecAに対応する因子であり、これを1本鎖DNAに結合させるのに必要な因子として、家族性乳ガン含む遺伝性乳癌卵巣癌症候群*6の原因遺伝子として知られるBRCA1やBRCA2が知られている。これらの変異で、RAD51の機能が十分に発揮できず、相同組換えによる正確な修復(図1)が不良となった結果、ガンが頻発するものと考えられる。すなわちこれは、正常な相同組換えの制御がゲノムを安定に保ち、ガン発生を抑制していることを示す典型的な例といえる。

 今回発見した相同組換えにおける鎖交換の素過程を基として、さらに相同組換えの制御の仕組みの理解が広がれば、正しく相同組換えを進行させる仕組みの理解が大幅に進むことが期待される。今後、本研究のような詳細な基礎研究の成果を基盤として、発ガンやガン抑制の仕組みが明らかにされていくと考えられる。

 

【用語解説】

*1 相同なDNA(相同DNA)

DNAはA、 C、 G、 Tの4種類の塩基をもつヌクレオチドが重合した鎖が2本向き合って、AとT、CとGの組み合わせで対を作ったものである。構造的には二重螺旋構造をとっている。A、C、G、Tの4種類の塩基は文字情報としての意味を持ち、遺伝情報を担っている。この塩基配列が相同(同じという意味)なDNAを相同なDNAという。

 

*2 RecA組換え酵素

相同組換えの中心的な反応であるDNA鎖交換反応を触媒するタンパク質。酵母などの単細胞真核生物からヒトまで、全ての真核生物に存在する。大腸菌のRecAタンパク質とヒトのRAD51タンパク質は同じ祖先タンパク質から分岐してできたものである。RAD51やRecAタンパク質は、一本鎖DNA上に右巻らせん状に巻き付き、このタンパク質DNA複合体は、相手となる2本鎖DNAの相同性を検索し、相同性が見つかればDNA鎖の交換反応を推進する。

 

*3 DNA2本鎖切断

2本の鎖が二重螺旋になっている2本鎖DNAの両方の鎖が同時に断裂する損傷をDNA2本鎖切断と呼ぶ。この損傷は最も毒性が高く、一定時間内に修復できないと細胞はアポトーシスと呼ばれる経路により死んでしまう。

 

*4 減数分裂

ヒトなどの動物の体を形成する細胞は、父母由来の2セットの染色体を持つ。子孫に遺伝情報を継承する際には、精子や卵子などの配偶子によって遺伝情報が子に伝えられる。その際、染色体を2セットから1セットに減らす必要がある。それは、精子と卵子の受精によって、染色体数が倍になるからである。このような染色体のセットを半減させる細胞分裂を減数分裂と呼ぶ。通常の細胞分裂と異なり、染色体のコピーに続き、2回の連続した染色体の分離が行われ、その結果染色体のセットは半減し1セットとなる。

 

*5 遺伝的多様性

減数分裂時にランダムに父-母のどちらかの染色体が選ばれて配偶子に分配される。ヒトの場合23組の染色体が2分の1の確率でランダムに分配されるので、2 ^ 23通りのバラエティーが配偶子にもたらされる計算になる。さらに、父母の間の染色体がDNAの組換えによって部分的に入れ替わったり乗り換えたりするので、子孫に伝えられる配偶子の遺伝的多様性は事実上無限大となる。これが、兄弟が少々似ていてもみんな違った個性を持つ理由である。

 

*6 遺伝性乳癌卵巣癌症候群

優性に遺伝する乳癌と卵巣癌。BRCA1またはBRCA2 遺伝子の変異が原因となって引き起こされる。乳癌全体の3−5%、卵巣癌全体の10−15%を占める(一般社団法人 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)をご理解いただくために ver.2023_1」から)。前立腺癌と膵臓癌の発症率も高まる。

 

【論文情報】

タイトル: Homology recognition without double-stranded DNA-strand separation in D-loop formation by RecA

著者: Takehiko Shibata, Shukuko Ikawa, Wakana Iwasaki, Hiroyuki Sasanuma, Hisao Masai, and Kouji Hirota

雑誌名: Nucleic Acids Research

DOI: https://doi.org/10.1093/nar/gkad1260

 

1月12日付けのNucleic Acids Researchオンライン版で発表

 

 

 

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図1

図2

図3

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