2021年福徳岡ノ場噴火に伴う漂着軽石の1年の記録

1.概要

 2021年8月13日、小笠原諸島に位置する福徳岡ノ場(FOB)にて噴火(以下、2021年FOB噴火)が生じました。この噴火は、最近100年に国内で発生した火山噴火の中で最も規模(噴出物の体積)が大きなものでしたが、海域であったため、この噴火による直接的な被害は生じませんでした。一方、この噴火により海域へ大量に放出された軽石は、漂流軽石(drift pumice)として海流に乗って輸送され、洋上に軽石いかだ(pumice raft)を形成し、FOBから西へ運搬され、南西諸島へ到達して大量に漂着しました。その後、漂流軽石は南北に分かれて、南へ向かったものは台湾、フィリピン、タイへ輸送され、北へ向かったものは途中で黒潮と対馬海流に分かれて太平洋岸と日本海側へ運搬され、最終的には噴火から1年余で北海道まで到達しました。

 東京都立大学大学院 都市環境科学研究科の石村大輔助教らは、日本、フィリピン、タイの合計213地点にてFOBを起源とする漂着軽石を採取し、その漂着量、サイズ、形状、付着生物を記録しました。その結果、漂着量とサイズは時間とともに(輸送距離に応じて)減少していること、噴火から洋上での2ヶ月間で軽石は十分に丸くなること、付着生物は噴火から7ヶ月以降にその種類と量が大きく増加することが明らかになりました。従来研究で述べられていたことを追認できたことに加えて、洋上で軽石が濃集する密度(軽石いかだの有無)が軽石の円磨過程や付着生物の付着率やその成長に影響を与えていることが示唆されました。このような現象は多くの地点で軽石採取を実施したことで捉えられたものであり、日本という地の利を活かした研究といえます。加えて、2021年FOB噴火による軽石を使用した浮遊実験を行ったところ、粒径の小さなものでもその多くが長期間(1年以上)浮遊することがわかりました。このような情報は、漂着軽石の挙動の理解(どのように運搬され、堆積し、海域から除かれていくのか)、漂流シミュレーションの高度化、今後起こり得る同様の軽石漂流イベント(注1)への対策などに活かされることが期待されます。特に、海域に活火山が多く分布する伊豆・小笠原諸島での火山噴火とそれに伴う諸現象(軽石漂流を含む)への対策は、十分に講じられているとはいえないため、そのような減災・防災面で本データが活用されることが期待されます。

 

 本研究成果は、1月15日付けで、Springer Natureが発行する英文誌Progress in Earth and Planetary Scienceに発表されました。本研究の一部は、JSPS科研費JP21H00631、JP24K00173、JP22J14775、JP22KJ2555と笹川科学研究助成の助成を受けたものです。

 

2.ポイント

・2021年8月13日に発生した福徳岡ノ場噴火によって海域に供給された漂流軽石の挙動を1年にわたって追跡し、その漂着量、サイズ、形状、付着生物の時系列変化を明らかにしました。

・漂着軽石の漂着量とサイズは時間とともに減少し、海域で拡散し、時間とともに細粒化していることを実証的に示すことができました。

・漂着軽石の形状は漂着初期で十分に円磨されており、洋上の軽石いかだの中でお互いに衝突することで速やかに円磨が進行することを示しています。

・軽石に付着している生物の種類・量は時間とともに増加しました。その種類と量の増加は、漂着軽石の堆積量の減少と対応し、洋上で軽石が分散することで、軽石同士が衝突する頻度が減少したことが付着生物の付着と成長に影響を与えていることが示唆されました。

 

3.研究の背景

 軽石の大量漂着は、低頻度(地球上で平均して約10年に1度)で生じており、近年では南半球のトンガ・ケルマディック弧で発生した火山噴火により生じたことが知られています。日本国内では、大規模なものとして、1914年桜島大正噴火、1924年西表島北北東海底火山噴火、1929年北海道駒ヶ岳噴火、1986年FOB噴火によるものが知られており、このうち1924年と1986年の噴火が海底火山によるものです。このような低頻度の現象を記録できる機会は少なく、2021年のFOB噴火による軽石漂流は35年ぶりの現象でした。大量に漂流・漂着した軽石により、南西諸島では港湾や船舶の利用に影響が出ており、漂流・漂着軽石の挙動の理解は科学的にも社会的にも重要な課題です。特に、漂着軽石の情報は国内外でも定量的なものは限られるため、日本という島嶼国であることを活かして、噴火から1年間に日本全国に漂着した軽石の記録は重要なものとなります。

 また、漂着軽石は様々な研究分野で知られています。1つ目は、漂流・漂着軽石による生物拡散です。古くから漂流・漂着軽石は生物拡散に寄与していることが指摘されており、実際にFOB噴火による軽石にも様々な生物(フジツボの仲間、コケムシ、サンゴ、ゴカイ、二枚貝、藻類、それらを捕食する動物など)が軽石表面に付着しています。時間経過とともにその種類が増加していくことが知られていますが、噴火直後での詳細な記録は得られていません。2つ目は、漂着軽石から知る火山の特徴です。2021年FOB噴火による軽石は、アクセス困難な海底火山噴火による産物であるため、岩石学的な研究からマグマの特徴やその噴火プロセスに関する議論も進められています。3つ目は、堆積物から見つかる漂着軽石です。日本では、過去の火山噴火による火山灰や軽石などが地形や地層の年代推定に用いられています。その中でも漂着軽石は過去の海面変動に対応して形成された海成段丘を構成する堆積物から見つかっており、年代はもちろんのことその堆積環境推定にも用いられています。海成段丘は地盤の長期的な隆起傾向とその量を知るためによく用いられており、海域の活断層や沈み込み帯で発生する地震の活動性評価にもつながっています。このように漂着軽石を対象とした研究は多岐にわたりますが、その生産・運搬・堆積過程といった基礎的な部分の理解は十分ではなく、それを一般化することが漂着軽石研究の重要な課題です。

 

4.研究の詳細

 本研究では、2021年8月13日のFOB噴火以降、XなどのSNSでの情報収集や研究機関、行政への連絡を行い、可能な限り海岸に漂着してすぐに現場でのサンプリングを心掛け、国内外213地点での漂着軽石試料を得ることができました(図1)。その結果、噴火直後に軽石は西へ輸送され、同年9月下旬には南西諸島の南・北大東島に最初に漂着したことがわかりました。その後、沖縄本島、喜界島、奄美大島で大量の漂着があり、そのほかの南西諸島にも同様に漂着しました。南へ向かったものはフィリピンを経由して、タイまで漂流しました。北へ向かったものは、同年11月に関東近辺で確認されたのちに、西日本の太平洋岸でも確認されました。2022年の春以降は黒潮と対馬海流に乗って、北上し、太平洋側と日本海側でほぼ同時に北海道へ到達したと考えられます。このように約1年かかって日本中に漂着したといえます。この結果は、1924年西表島北北東海底火山噴火と同様の推移であり、日本周辺で軽石漂流が生じた際には約1年で日本中に漂着し得ることを示しています。

 漂着軽石の時系列変化に関しては、その漂着量(単位面積当たりの堆積量計測)、サイズ(各海岸で最大のもの20個の長径計測)、形状(粒径ごとの円磨度(注2)計測)、付着生物(サイズ計測に使用した軽石に付着した生物の記載)をまとめました(図2)。また、上記の結果を基に約1年間の記録を3つのフェイズに分けました(図3、4)。

 フェイズ1は、洋上での期間であり、円磨度が急激に上昇します。円磨度については、比較対象として、割ったFOB軽石(噴火時の初生的な形状(最も角張っている状態と想定される)を示す試料が得られなかったため比較対象となるサンプルを製作)と気象庁によって噴火から9日後に洋上で採取されたFOB軽石を使用しました。また、付着生物はカルエボシ(フジツボの仲間)のみでした。

 フェイズ2は、漂着量とサイズが減少する期間にあたります。このことは、時間経過に対応した洋上での軽石の拡散と破片化・細粒化を示しています。実際に、噴火直後は衛星画像によって追跡できていた軽石いかだが、南西諸島周辺に達した際には視認が難しくなったことに対応しています。円磨度は、陸地への漂着初期の値から変化しないため、フェイズ1の時点、つまり洋上で既に円磨度が十分な値に達していたことを示しています。このことは、軽石いかだ内でのお互いの衝突によって円磨が進むことを意味しています。また、既存研究でも指摘されてきた「漂着軽石は円磨されている」という特徴が、洋上で速やかに獲得されることを実証的に示しました。一方、軽石のサイズが減少しているため破片化が進行していることが読み取れますが、破片化したものが速やかに円磨されることで円磨度の値が維持されていると考えられます。円磨度に関しては、より詳細に島ごと、海岸ごとに比較すると傾向が認められますが、それは今後の継続的な解析結果を持って報告する予定です。付着生物はカルエボシに加えて、コケムシが増加し、一部二枚貝などの生物も少量認められます。生物が付着している軽石の割合にはフェイズ1との大きな違いは認められません。

 フェイズ3では、漂着量は減少しますが、サイズと円磨度の値に大きな変化は認められません。洋上での軽石の拡散が引き続き生じていることを示しています。一方、付着生物についてはフェイズ3で大きく変化し、その種類と生物付着している軽石の割合が急増します。付着生物の種類に関しては、様々な生物の幼体と接近する機会が増加したことが挙げられます。洋上での拡散により軽石同士の衝突が減少すると、衝突による円磨・破片化によって付着した生物が軽石から取り除かれることが少なくなります。こうして速やかに付着・成長できる環境が形成されたため、生物が付着する軽石の割合が増加したと考えられます。このような視点での付着生物の挙動は本研究で初めて示したものであり、多地点の軽石採取と漂着量・サイズ・円磨度を同じ時系列で比較したことによってわかったものです。

 軽石の浮遊実験では、海岸に漂着したFOB軽石は一向に沈まなかったため、FOB軽石を割ったものと気象庁により噴火から9日後に採取されたものを使用しました。その結果、その多くが1年以上浮遊したままであり、2年を超えても浮遊し続けることがわかりました。この結果は、FOB軽石の内部構造を調べた既存研究とも整合的であり、2021年FOB噴火に伴う軽石が長期間浮き続けられることを示しています。また、概算ではありますが、南西諸島の漂着軽石の最大量(各島の単位面積当たりの堆積量の最大値を使用し、海岸線に10m幅で一様に堆積したと仮定)を計算したところ、2021年FOB噴火で噴出した物質の1%以下であることがわかりました。このことは軽石漂流のシミュレーション結果とも整合的であり、南西諸島であれほどの量が漂着したにもかかわらず、その量は噴出した物質のごく一部であることを示します。それ以外の物質は、洋上での円磨・破片化・生物付着によって沈降したり、現在も洋上に拡散して浮遊したり、海岸に漂着したりしているものと推定されます。

 

図1FOB軽石の漂着時期と場所

シンボルはサンプル採取場所を示し、その横に*があるものはサンゴが付着した FOB軽石が認められた地点です。

 

図2

FOB軽石の種類と付着生物

A:明灰色軽石、B:黒色軽石、C:茶色軽石、D:灰色縞状軽石、E:黒白縞状軽石、F:白色軽石、G:ピンク色軽石、H:黒曜岩を含む軽石、I:カルエボシが付着する軽石、J:コケムシと藻類が付着する軽石、K:サンゴが付着する軽石。A-Jのスケールバーは5cm、Kのスケールバーは1cm。

 

図3

FOB漂着軽石の特徴の時系列変化と軽石の浮遊実験結果

A:単位面積当たりのFOB軽石漂着量、B:各海岸の大きい方から20個の長径平均、C:円磨度、D:付着生物の種類の割合と各海岸の大きな方から20個の軽石中で生物付着が認められた軽石の割合、E:軽石浮遊実験における浮遊時間と沈んだ軽石の割合の関係。Dでは、30日ごとのデータをまとめて示しています。Eでは、FOB軽石を2種類(気象庁によってサンプリングされたFOB軽石と割ったFOB軽石)と比較対象としてATテフラの軽石を使用しました。ATテフラの軽石は、現在の海岸で多く認められるため使用しました。

 

図4

FOB漂流・漂着軽石の時系列変化を模式的に示したもの

フェイズ1からフェイズ3にかけて、洋上でのFOB軽石の密度が変化し、それに伴って軽石の漂着量、サイズ、円磨度、付着生物が変化していきます。

 

5.研究の意義と波及効果

 以上のように、約1年間の漂着軽石の記録に基づき、噴火直後の漂着軽石の挙動を明らかにすることができました。このような複数の指標に基づく漂着軽石の挙動は、漂流・漂着軽石の運搬・堆積過程の理解に加えて、生物付着と軽石いかだの密度との関係や漂流シミュレーションとの対応など、多くの研究分野に示唆を与えるものと考えられます。また、将来発生する大規模な軽石漂流イベントを考えた際には、その漂着量の減少傾向や軽石内部構造(浮遊時間との関係)が重要であることなどを示すことができました。一方で、今回の軽石漂流イベントの記録をアナログとして、これまでに見つかっている堆積物中の漂流・漂着軽石の再検討やそこから推定される古環境の高精度化につながることも期待されます。最後に、日本では伊豆・小笠原諸島に海域火山が数多く分布するため、火山噴火による漂流軽石イベントへの対策は港湾や船舶への影響を考えると考慮すべき課題です。本研究データが、そのような対策に活かされることを期待しています。

 

【用語説明】

(注1)軽石漂流イベント:火山の噴火によって放出された軽石が海流や風の影響を受けて広範囲に漂流する現象

(注2)円磨度:0-1の値をとり値が大きいほど丸いことを示すパラメータ

 

【論文情報】

タイトル:Dispersion, fragmentation, abrasion, and organism attachment of drift pumice from the 2021 Fukutoku-Oka-no-Ba eruption in Japan

著者:Daisuke Ishimura, Reona Hiramine

掲載誌:Progress in Earth and Planetary Science.

DOI:10.1186/s40645-024-00678-z

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プレスリリース添付画像

図1

図2

図3

図4

  • エリア
    東京都
  • キーワード
    東京都立大学、都立大、噴火、軽石、火山
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