外来アリ類防除に広く利用できる 植物由来で生分解性の駆除剤を開発

1.概要

 日本各地で問題となっている外来アリ類を防除するため、東京都立大学の江口克之准教授、寺山守客員研究員、沓掛丈(博士課程)、松本和也(当時学部4年生)、森林総合研究所の砂村栄力主任研究員、東京都八丈島八丈町 の河野周平主任、株式会社アグリマートの寒川敏行技術グルーブリーダー補佐、白井英男執行役員 技術グルーブリーダー、イカリ消毒株式会社の富岡康浩研究員 は対象となるアリ種を効果的に集めるベイト剤(毒餌)の新規開発と、地元自治体が低予算で省力的に実施できる防除プログラムの開発を進めてきた。海外では高吸水性ポリマーに殺虫成分やショ糖からなる水溶液を含有させたゲル状の毒餌剤「ハイドロジェルベイト剤」が開発され、アルゼンチンアリなどの外来アリの防除に利用されている。甘い液体状のエサを好むアリに大変好まれ、かつ、市販ベイト剤のようにケース入りでなく地面に直接まけるという特長がある。我々研究グループはその手法を日本で初めて取り入れ、八丈島に定着した難防除外来種アシジロヒラフシアリ(図1)を対象として、 地域住民参加型の広域的防除プログラムを開発し、顕著な防除効果を確認した経緯がある 。

 今回新たに植物由来の微細繊維状セルロース(MFC)をゲル化剤として用いた新しいタイプの生分解性ハイドロジェルベイト剤を開発した。MFCはセルロースを化学的に処理した後に、物理的にほぐしたバイオ系新素材として注目されるセルロースナノファイバーの一種で、生分解性であるとともに、水分を保持する特性がある。開発した生分解性MFCハイドロジェルベイト剤は、以前の研究で実用化した合成樹脂製ハイドロジェルベイト剤と同程度に、アシジロヒラフシアリの働きアリ(図1)を非常に効果的に集め、駆除することが野外実験により示された(図2、3)。外来アリ類の防除は難しく、根絶や個体数抑制による被害軽減を目指すにしても長期的な取り組みが必要になるが、生分解性MFCハイドロジェルベイト剤は地面にまいた後、回収しなくても合成樹脂の環境への残留の心配がないため、持続可能な防除ツールとして活用が期待される。本研究成果は2024年12月10日にJournal of Applied Entomology誌でオンライン先行公開された。

2.ポイント

・植物由来の新素材として注目されている「セルロースナノファイバー」が水分を保持する特性を利用して、液体状のエサを大変好む外来アリ類に適したゼリー状のベイト剤(毒餌)を新たに開発した。

・生分解性のため地面にまいた後、回収しなくても環境への残留の心配がない上、外来アリ駆除効果は従来の合成樹脂製のものと同等であり、持続可能な防除ツールとして活用が期待される。

 

3.研究の背景

 近年、外来アリの発見や大量発生、害虫化が日本各地で問題になっている。特定外来生物ヒアリやコカミアリはまだ定着していないが、アルゼンチンアリとアシジロヒラフシアリが住宅地に定着して大きな家屋侵入被害が生じている。アシジロヒラフシアリ(学名:Technomyrmex brunneus)は東南アジアから東アジアに広く分布し、日本国内では南西諸島などで知られていた。日本国内の分布は人為的な移入によるものとされる。本種は林の縁の比較的乾燥した環境に生息し、立木の腐朽部や枯れ枝、地上の比較的乾いた構造物の隙間などに多数の巣を作り、行列を作って行き来する。野外では採餌活動は主に植物上で行われ、アブラムシやカイガラムシの分泌する甘露、花や花外蜜腺から分泌される蜜などを好んで集める。

 2011年ごろから、日本国内の既知の定着地から遠く離れた伊豆諸島の八丈島で、本種のスーパーコロニー(※1)が島全体に広まり、住宅地に進出して家屋侵入被害が目立つようになった。これを受け、2020年から東京都立大学の江口克之准教授と寺山守客員研究員、森林総合研究所の砂村栄力主任研究員らは八丈町とアシジロヒラフシアリ防除のためのプロジェクトチームを立ち上げた。

 八丈島では、暖かい時期の頻繁な家屋侵入と、それによって引き起こされる屋内電気設備の故障が最も大きな問題となっているため、集落内での本種の個体密度を可能な限り低くすることが当面の目標である。一方で、八丈島においてアシジロヒラフシアリが在来森林植生へ進出し始めていることが確認されており、固有種・亜種の昆虫類への悪影響も懸念される。本種は環境省の「生態系被害防止外来種リスト」の新規候補種にも挙がっており、生態系リスク、他の地域への拡大リスクを鑑みると、全島的な根絶も視野に入れる必要がある。

 外来アリ類の防除においては、ベイト剤(毒餌)の設置が最も現実的な手段である。働きアリに好まれる喫食成分、遅効性の殺虫成分(餌を見つけた働きアリが巣仲間を動員する前に死んでしまわぬために、遅効性であるが強力な殺虫成分が必要)、それらを包含・担持する基材からなるベイト剤を設置し、働きアリに巣へと持ち帰らせ、巣ごと駆除するという手段である。しかし、アシジロヒラフシアリを含む一部のアリ種では、固形物の持ち帰りや、液体物を消化管の一部(そのう)に溜めて持ち帰り、口移しで巣仲間(幼虫や女王を含む)に与えるという方法での栄養の分配を行わないことがすでに知られているため、薬剤がコロニー内で水平伝搬することは期待できない(※2)。その場合、標的アリ種の働きアリをより一層効果的にベイト剤に集め、駆除することでコロニー全体を餓死させるという戦略を取ることになり、水平伝搬効果を前提とする市販のベイト剤を上回る、標的アリにとって「魅力的な」ベイト剤の開発が、駆除戦略の成否の鍵を握ることになる。

我々は、飼育下や野外での実験を重ね、ポリアクリル酸ナトリウム系(ACR)の高吸水性ポリマーを基材とするハイドロジェルベイト剤を新規開発し、広域的な試験防除で高い効果を確認した(2022年6月24日プレスリリース「外来家屋害虫アシジロヒラフシアリに対するハイドロジェルベイト剤の新規開発と住民参加型防除プログラムの効果の評価について」)。

 一方で、アシジロヒラフシアリは定着から時間が経ち、高密度化するに従い、在来生態系へ進出することが知られており、八丈島でもその予兆が捉えられている。ハイドロジェルベイト剤の設置を自然度の高い地域でも行うためには、低環境負荷の製剤レシピや設置方法の開発も必要である。

そこで、本研究では、株式会社アグリマート、イカリ消毒株式会社を共同研究チームに招き、彼らの専門的な技術を取り入れながら、生分解性ハイドロジェルベイト剤の新規開発に取り組んだ。

 

4.研究の詳細

【MFCハイドロジェルベイト剤の作成】

 MFCは原料となるセルロースを化学的に処理した後に、物理的にほぐすことによって製造するが、本研究では製造方法を変えて特性が異なる3種類のMFCを使用した。TEMPO酸化という化学的な処理を施し、その後強い物理的な力を加えてほぐしたもの(T-MFC(H))と、比較的軽微な力を加えてほぐしたもの(T-MFC(L))、これらとは異なるカルボキシルメチル化という化学的な処理を施した後に、強い力を加えてほぐしたもの(C-MFC)の3種類である。

【MFCハイドロジェルベイト剤の動員効果試験】

 初めに、殺虫成分としてピリプロール(0.001%)を配合した場合としない場合のMFC(T-MFC(L))およびACRハイドロジェルベイト剤(喫食成分は20%ショ糖)、20%ショ糖を含ませた脱脂綿、水の合計6種類の餌に動員されるアシジロヒラフシアリの働きアリ数を測定した。その結果、MFCとACRで同等の動員効果(働きアリを集める効果)が見られた。またピリプロール0.001%濃度では働きアリに対する忌避効果(薬剤を避ける効果)は見られなかった。ついで、殺虫成分を配合しない場合での、3種類のMFC(T-MFC (H)、T-MFC (L)、C-MFC)、ACRハイドロジェルベイト剤(喫食成分は20%ショ糖)、20%ショ糖を含ませた脱脂綿、水の合計6種類の餌に動員されるアシジロヒラフシアリの働きアリ数を測定した。その結果、T-MFC (H)、T-MFC (L)そしてACRハイドロジェルベイト剤では、同等の動員効果が見られたが、C-MFCハイドロジェルベイト剤の動員効果はT-MFC (H)、T-MFC (L)ハイドロジェルベイト剤よりは低かった。つまり、MFCの物性によって動員効果が異なることがわかった。

【小規模防除試験】

 八丈町で現在は空き家となっている町営住宅の敷地内に3つの同等の広さの区域を設定し、A区をT-MFC(L)ハイドロジェルベイト剤処理区、B区をACRハイドロジェルベイト剤処理区、C区を無処理区(ハイドロジェルベイト剤を処理しない)として、7月21日、8月4日、8月22日の3回、A区とB区には15g/m2の量のハイドロジェルベイト剤を設置した。そして、それらの設置日の直前と9月2日、9月21日に、薬剤を含まないハイドロジェルベイトを用いて、アシジロヒラフシアリの働きアリの個体数の測定(モニタリング)を行った。その結果、生分解性MFCハイドロジェルベイト剤処理区と従来の合成樹脂製ハイドロジェルベイト剤処理区のいずれにおいても、無処理区と比較して、アシジロヒラフシアリの働きアリの個体数は90%以上も減少した。生分解性MFCハイドロジェルベイト剤と合成樹脂製ハイドロジェルベイト剤の防除効果は同等であった。最後の処理から4週間後の9月21日においても、A区とB区は無処理区に比べて個体数が顕著に少なかった。

 

5.研究の意義と波及効果

 本研究は、MFCハイドロジェルベイト剤を定期的に処理することで、個々の建築物周辺の個体密度の回復を抑制できることを明らかにした。現在、八丈島において全世帯の約6割が参加し、MFCハイドロジェルベイト剤を用いた居住地全域防除が 行われている。従来の合成樹脂製ハイドロジェルベイト剤を適用した場合、高吸水性ポリマーが土壌中に長期間残留する可能性がある。これに対し、新たに開発された生分解性MFCハイドロジェルベイト剤に用いられる基材であるMFCは、二酸化炭素、水、および微量の無機塩に比較的速やかに完全に分解される。その点で、環境負荷の比較的小さい防除手法と言える。

 アシジロヒラフシアリがかなり前に侵入定着した沖縄本島や奄美大島と同様に、八丈島においても、本種の在来の森林へ進出の兆候が見られる。本種の生態系リスクを考えると、そうした環境でのハイドロジェルベイト剤の設置も検討される段階にある。今回の研究により、ハイドロジェルベイト剤の基質を生分解性MFCに置き換えることができたことは大きな前進である。今後は、殺虫成分をハイドロジェルベイト剤に担持させる条件のもとで、在来生態系に影響を及ぼさない単位面積あたりの殺虫成分総量の見積り、在来の動物による誤食を低減する生分解性のベイト・ケースおよびその設置方法の開発なども必要となる。一方で、従来の合成樹脂製ハイドロジェルベイト剤による広域防除法であっても、実際に処理区に残される合成樹脂の量は極めて微量である。すでに公表している防除法では1世帯(100 m2を想定)に1回あたり1800 gのハイドロジェルベイトを15g程度に小分けして敷地内に設置することになっているが、合成樹脂の総量は9gに過ぎない。使用した合成樹脂は土壌含水量を調整するための土壌改良剤としても用いられており、毒性があるわけではない。合成樹脂製ハイドロジェルベイト剤はインターネットで入手できる材料で住民自ら容易に作成できるという点で、MFCハイドロジェルベイト剤よりも汎用性が高い。それに対してMFC基材の調製には特殊な攪拌装置が必要である。よって、状況に応じてACRハイドロジェルベイト剤とMFCハイドロジェルベイト剤を使い分けることが望ましい。

 世界自然遺産地域である小笠原諸島父島でも、生態系リスクの高いアシジロヒラフシアリの防除が検討されている。環境負荷に関して特に敏感な地域であるため、MFCハイドロジェルベイト剤は注目されている。

合成樹脂製ハイドロジェルベイト剤やMFCハイドロジェルベイト剤に、殺虫成分と共に性フェロモンや集合フェロモンを担持させることも可能である。殺虫成分やフェロモンが非水溶性の場合では、界面活性剤を用いて乳化させることが一般的であるが、MFCを用いて物理的にエマルジョン化(微粒子状態で懸濁)させることにより、MFCハイドロジェルに混ぜ込むことができる。よって、MFCハイドロジェルベイト剤は、環境負荷の小さい基材としてアリ以外の害虫の防除にも利用可能な手法と言える。

 海外では、褐藻に由来する水溶性基材(アルギン酸)を用いた生分解性ハイドロジェルベイト剤が開発され、その有効性が確認されているが、製品化には至っていない状況である。しかし日本では、国内外で広く利用可能な生分解性MFCハイドロジェルベイト剤を開発でき、さらには製品化され 、2024年度の八丈島における全島規模の防除事業でも用いられている。各世帯では、あらかじめベイト剤を充填して配布されたチューブから、適量(1箇所当たり大さじ1杯量程度)を絞り出して、庭や家屋の外壁周りなどに50箇所程度設置するだけであり、簡便である。また、公園や空き地などの広い面積を省力的に処理するため、 既存の肩掛け式液剤散布機を粘度のある生分解性MFCハイドロジェルベイト剤を排出できるように改良するなど、処理技術の開発を進めている(図4)。この防除方法は、八丈島以外の自治体でもアルゼンチンアリ防除に用いられ始めている。

 

【用語解説】

※1スーパーコロニー:アリ類は、コロニーと呼ばれる血縁集団(一般的には、1ないし複数の交尾済女王とその子からなる家族)で生活しており、同種であっても異なるコロニーは餌や営巣場所などの資源を巡って敵対性を示す。しかし、何らかの理由でコロニー間の敵対性が失われると、アリ道で接続された多数のコロニーの集合体が非常に広い面積を占有することがある。そうした集団構造をスーパーコロニーと呼ぶ。外来種アルゼンチンアリもスーパーコロニーを形成していることが知られている。

※2アシジロヒラフシアリは、巣への固形物の持ち帰りや、餌の吐き戻し・口移しによる巣仲間への栄養の分配は行わない。その代わり、巣の外で餌を食べた働きアリは、「栄養卵」と呼ばれる栄養交換に特化した卵を自ら産み、それを巣仲間に与えることで、栄養を分配する。

 

【論文情報】

Terayama M, Kankawa T, Shirai H, Tomioka Y, Kohno S, Matsumoto K, Kutsukake J, Sunamura E, Eguchi K. 2024. Field Evaluations of a Novel Biodegradable Microfibrillated Cellulose Hydrogel Bait Targeting the Invasive White-Footed Ant, Technomyrmex brunneus. Journal of Applied Entomology. オンライン公開:https://doi.org/10.1111/jen.13388

  

 

図1:アシジロヒラフシアリの働きアリ。     

 

 

 

図2:生分解性MFCハイドロジェルベイト剤に群がるアシジロヒラフシアリの働きアリ。

 

 

 

図3:生分解性MFCハイドロジェルベイト剤処理区、ACRハイドロジェルベイト剤処理区、無処理区における、処理前後のモニタリングで確認されたアシジロヒラフシアリの働きアリの平均個体数と標準偏差。図3-A:処理前のアシジロヒラフシアリ個体数;図3-B:処理後のアシジロヒラフシアリ個体数。モニタリングは各区につき20地点で行われた。

 

 

図4:既存の肩掛け式液剤散布機を、粘度のある生分解性MFCハイドロジェルベイト剤を排出できるように改良したハイドロジェルベイト剤散布機。

 

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  • エリア
    東京都
  • キーワード
    都立大、東京都立大学、外来アリ
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