傷を自力で治す硬い多層シリコーン系薄膜を開発
2025年3月4日
早稲田大学
傷を自力で治す硬い多層シリコーン系薄膜を開発
詳細は早稲田大学HPをご覧ください。
【発表のポイント】
● 損傷を自己修復可能な材料の開発は長寿命やメンテナンスフリーの観点から高いニーズがあります。
● シロキサン(Si−O−Si)結合からなるシリコーン系材料は、日用品から医療、航空・宇宙分野に至るまで広く利用されています。従来のシリコーン系自己修復材料は、柔軟なゴム状材料に限定されており、また低分子量のシロキサン分子の生成により徐々に分解するため、長期的な安定性に課題がありました。
● 本研究では、自己組織化プロセスを利用して架橋構造のシロキサン成分と直鎖構造のシロキサン成分をナノレベルで積層することで、亀裂の修復能力と高い硬度、長期的安定性を兼ね揃えた新材料の開発に成功しました。
● 本材料は作製が簡便で、透明な薄膜として得られるため、保護コーティングなど様々な応用が期待できます。
早稲田大学理工学術院の宮本佳明(みやもと よしあき)助手、松野敬成(まつの たかみち)講師、下嶋敦(しもじま あつし)教授らによる研究グループは、微細なひび割れの修復能力を有するシリコーン系薄膜を開発しました。シロキサン(Si–O–Si)結合からなるシリコーン材料は高い耐熱性、耐候性、透明性、絶縁性などの優れた特性から、幅広い分野で利用されています。ブロックコポリマーの自己組織化を利用してナノレベルの多層構造を構築することにより、従来のシリコーン系自己修復性材料の課題であった低分子量成分の生成・揮発による分解が抑制されると同時に、膜の硬度が大幅に向上しました。
本研究成果は英国王立化学会が発行するChemical Communications誌に2025年1月6日(月) (現地時間)に掲載されました。論文名:Multilayered organosiloxane films with self-healing ability converted from block copolymer nanocomposites
図 本研究で開発した自己修復能を持つシリコーン系薄膜
(1)これまでの研究で分かっていたこと
主骨格がシロキサン (Si–O–Si) 結合から成るシリコーン系材料は、透明性、絶縁性、高い化学的・熱的安定性を有し、幅広い分野で利用されています。損傷や機能劣化を温和な条件下で修復する能力を付与することは、材料の長寿命化、耐久性、安全性の向上の面で重要です。高分子材料においては、結合の組み換え反応を利用することで、外力により生じた傷を分子レベルで修復することが可能となります。シリコーン系材料の中でも最も一般的なポリジメチルシロキサン ((Si(CH3)2O)n, PDMS) 系材料では、シラノレート (Si–O−)基の導入によって、Si–O–Si結合の組み換えが促進され、切断しても再接合が可能となることが知られています。しかし、この修復機構では自己修復性と材料の硬さがトレードオフの関係にあり、従来の自己修復性PDMS系材料は、柔らかいゴム状のものに限定されていました。また、結合の組み換えに伴って低分子量環状シロキサンの生成と揮発が徐々に進行するため、材料の長期安定性を損なうだけでなく、揮発成分が周囲の電子部品に付着し、接触不良などの深刻な問題を引き起こす懸念もあります。
(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法
本研究グループは、3次元網目構造の有機シロキサン層と直鎖構造のPDMS層からなる多層構造体の新たな構築プロセスを提案しました。
まず初めに、ポリエチレンオキシド((C2H4O)n, PEO)とポリジメチルシロキサン(PDMS)からなるブロックコポリマー※1を用い、自己組織化プロセス※2によって有機シロキサン層とブロックコポリマー層からなる多層ナノコンポジット※3薄膜を作製しました。その後、PEOブロックを空気中での加熱により除去し、ブロックコポリマー層をPDMS層に転換しました(図1)。その後、得られた多層シリコーン薄膜中にシラノレート基を導入することで、薄膜上に生じた亀裂が80 °C、相対湿度40%の条件で修復することが確認されました(図2)。
図1. ブロックコポリマーナノコンポジットから多層ブロックコポリマーへの転換
図2. 亀裂の修復挙動の観察
従来の自己修復性PDMSエラストマーでは、60~200 °Cで低分子量の環状シロキサンが揮発することが確認されました。一方で、今回作製した材料ではこれらの揮発が全く確認されませんでした。このことから有機シロキサン層によって環状シロキサンの拡散が制限されたことが示唆されます。さらに、今回作製した材料は従来のPDMSエラストマーと比較して、約30倍の硬度を示すことが確認されました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
今回開発した材料は、高い硬度、亀裂の修復能力、透明性などの特徴から、保護コーティングとして有望です。環状シロキサンの揮発性が低いため、長期的安定性が高く、汚染リスクに敏感な電子部品へも適応可能と考えられます。
(4)課題と今後の課題
現状の修復プロセスは加熱や水蒸気を必要とするため、用途が制限される可能性があります。より穏やかな条件下で亀裂の修復を達成するために、さらなる材料設計が必要と考えています。
(5)研究者のコメント
自己修復材料は市場規模の拡大が目覚ましい分野です。今回開発した自己修復性シリコーン系薄膜は従来の課題であった低分子量の環状シロキサンの揮発を抑制するとともに、比較的高い硬度を示します。無機のシロキサン骨格に由来する優れた耐熱性や耐候性と相まって、本材料は様々な分野における利用が期待できます。
(6)用語解説
※1 ブロックコポリマー
2種類以上のポリマーを連結したポリマーのこと。特に親水的なポリマーと疎水的なポリマーを連結することにより界面活性剤として用いることが可能で、洗剤などに広く利用されている。
※2 自己組織化プロセス
外部からの誘導なしに、構成要素が自発的に秩序ある構造に配列するプロセスのこと。界面活性剤の自己組織化を利用することにより、層状やシリンダー状などの規則構造を数~数十ナノメートルスケールで有する構造体の作製が可能となる。
※3 ナノコンポジット
少なくとも1つの相がナノメートルのサイズである2つ以上の相によって形成される固体材料。ナノシートやナノ粒子、ナノファイバーなどを材料に導入することは工業的に良く行われている。
(7)論文情報
雑誌名:Chemical Communications
論文名:Multilayered organosiloxane films with self-healing ability converted from block copolymer nanocomposites
執筆者名(所属機関名):Yoshiaki Miyamoto,a Takamichi Matsuno,a,b,c Atsushi Shimojima a,b,c*
a 早稲田大学先進理工学部応用化学科
b 早稲田大学理工学術院総合研究所
c 早稲田大学各務記念材料技術研究所
掲載日時(現地時間):2025年1月6日
掲載URL:https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2025/CC/D4CC05804F
DOI:https://doi.org/10.1039/d4cc05804f
(8)研究助成
本研究は文部科学省先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム)JPMXS0440500024で共用された機器(C1025, C1028, C1049, C1051, G1026, G1028, G1033, G1036, G1064)を利用した成果です。
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