光子との相互作用を使った超伝導人工原子の自在なエネルギー制御が可能に
情報通信研究機構(NICT)は、日本電信電話株式会社、カタール環境エネルギー研究所、東京医科歯科大学、早稲田大学と共同して、光子と相互作用した人工原子の極めて大きなエネルギー変化(光シフト)の生成と観測に世界で初めて成功しました。人工原子の高速制御など、量子技術分野進展への貢献が期待されます。
2018年5月8日
光子との相互作用を使った超伝導人工原子の自在なエネルギー制御が可能に
~共振回路中のマイクロ波光子との相互作用による巨大なエネルギーの変化~
【ポイント】
■ 超伝導共振回路中の光子1個との相互作用で、超伝導人工原子の準位が反転
■ 原子で観測されるLamb、Starkシフトとは桁違いの巨大光シフトを世界で初めて観測
■ 人工原子の高速制御や量子測定の反作用の最小化など、量子技術分野進展への貢献に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所の吉原文樹主任研究員・仙場浩一上席研究員らの研究グループは、日本電信電話株式会社(NTT、代表取締役社長: 鵜浦 博夫)、カタール環境エネルギー研究所(QEERI、常任理事: Dr. Marc Vermeersch)、東京医科歯科大学(学長: 吉澤 靖之)、早稲田大学(総長: 鎌田 薫)と共同して、光子と相互作用した人工原子の極めて大きなエネルギー変化(光シフト)の生成と観測に世界で初めて成功しました。
実験に用いた超伝導人工原子は、超伝導共振回路中のマイクロ波光子と非常に強く相互作用することで、これまでに人工原子で知られていたエネルギーシフト量のおよそ100倍の巨大なLamb(ラム)シフトと光子1個との相互作用でも準位反転が生じるほど顕著なStark(シュタルク)シフトを受けています。この強い相互作用を巧みに利用することで、人工原子の高速制御や、測定に伴う量子状態への反作用を最小化することが可能となるため、量子分野全般で重要な技術になると考えられます。
この成果は、Physical Review Letters 2018年5月4日号に発表されました。
【背景】
これまで、物質と光の相互作用が極端に強い領域は、適切な実験手段がなく謎に包まれていました。この未解明領域で生じる新現象を見つけ理解することを目的に始まった私たちの研究では、共振回路中の電磁場と非常に強く相互作用できる超伝導人工原子を研究対象にしてきました。2016年には、物質と光の相互作用が非常に強い新たな領域(深強結合領域)を実現し、光子と人工原子から成る分子のように安定な状態が存在することを世界で初めて明らかにしました。
深強結合領域のように、電磁場(光)との相互作用が非常に強い場合に、光子の存在が人工原子のエネルギー準位に及ぼす変化: 光シフト(Lambシフト、Starkシフト)がどれほど大きいかに関し、共同研究者のS. Ashhab博士らの理論的な研究は以前から知られていましたが、系統的な実験研究は今までありませんでした。
図1: 今回観測した人工原子の遷移エネルギー
【今回の成果】
今回、研究グループは、図2に示すような超伝導回路を使って実験を行いました。微細加工技術を用いて作製された超伝導人工原子(図2赤枠内)は、原子と同等の量子的性質を持ちます。また、超伝導共振回路に光子を閉じ込めます。
図2: 実験に用いたアルミニウム製超伝導人工原子(赤枠内)とLC共振回路の深強結合回路
観測できる状態やエネルギーの範囲を広げるため、新たに、二重共鳴分光法を用いて実験を行ったところ、これまでに人工原子で知られていたシフト量のおよそ100倍の巨大な光シフト(Lambシフト、Starkシフト)の観測に成功しました(図1、3)。
共振回路中の真空場との相互作用によって生じるLambシフトは、水素原子の2S 1/2 準位と 2P 1/2 準位との微細なエネルギー差として発見され、その後、量子電磁力学(Quantum Electrodynamics)に飛躍的な発展をもたらし、現代社会を支えている精緻なエレクトロニクス技術の礎となりました。今回、深強結合領域において観測されたLambシフトの大きさは、水素原子で最初に観測されたエネルギーシフト量の割合と比較すると6桁(約218万倍)も巨大なものです。
一方、従来知られていたStarkシフトは、電場の強さ(光子数)に比例する原子準位の僅かな変化のことです(図3左のグラフの黄色の楕円部分)。今回、深強結合領域において観測されたStarkシフトは、桁違いに巨大で、共振回路中に光子がたった1個あるだけで超伝導人工原子の励起状態と基底状態(最低エネルギー状態)が反転してしまうほどです(図3右のグラフ内の紫色の四角部分及びその上の紫枠内の模式図)。
これらの巨大な光シフトの観測値は、共同研究者のAshhab博士らが導出した理論曲線と良い一致を示しました(図3右のグラフ)。また、今回の測定結果は、相互作用の強さや光子数をコントロールすることで、超伝導人工原子の自在なエネルギー制御が可能なことを示しています。
図3: LC共振回路中の光子の数が0個、1個、2個のときの人工原子の遷移エネルギー
それぞれ、相互作用ゼロの人工原子(左上)の遷移エネルギーからの光シフト(Lambシフト、1光子及び2光子Starkシフト)を受ける。実線が理論曲線、黒色●、赤色●、青色●は測定結果を示す。左のグラフは、右のグラフの左隅の小さな緑色の四角部分の拡大図である。光シフトが100%を超えると原子の遷移エネルギーがマイナスになり、エネルギー準位の反転が起こる。グラフの横軸は、光子のエネルギーωで表した結合エネルギーである。右上、紫枠内の模式図は、右のグラフ内の紫色の四角部分での、光子と相互作用した人工原子の遷移エネルギー変化を示す。
(紫枠内・左) 共振回路中の真空場との相互作用で、原子の遷移エネルギーが減少している(Lambシフト)。
(紫枠内・中) 共振回路中に光子が1個あると、エネルギー準位の反転が生じ、人工原子の遷移エネルギーがマイナスになる(1光子Starkシフト)。
(紫枠内・右) 共振回路中に光子が2個あると、更にエネルギー準位の反転が生じ、人工原子の遷移エネルギーが再びプラスになる(2光子Starkシフト)。
本研究における役割分担: NICTと早稲田大学は実験と解析、NTTは試料作製、QEERIと東京医科歯科大学は理論解釈をそれぞれ担当しました。
【今後の展望】
今後は相互作用の強さを自在に制御することにより、人工原子の高速制御や、測定に伴う量子状態への反作用を最小化する研究を進め、量子状態の精密制御や、量子通信の長距離化に必要となるノード技術への応用を目指します。また、この状態を用いた新たな量子もつれ生成方法などの研究を展開する予定です。
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このプレスリリースを配信した企業・団体
- 名称 国立研究開発法人情報通信研究機構 広報部
- 所在地 東京都
- 業種 その他情報・通信業
- URL https://www.nict.go.jp/
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