【首都大学東京×立命館大学 共同研究】津波堆積物中の石の形状に着目して過去の津波規模を推定
2019年7月17日
公立大学法人首都大学東京
津波堆積物中の石の形状に着目して過去の津波規模を推定
〜より多くの地域で過去の津波規模の解明に期待〜
2011年東北地方太平洋沖地震による津波のような大規模な津波が発生すると、津波によって削り取られた砂や石などが沿岸部の低地に広く堆積します。このような砂や石などのことを“津波堆積物”と呼びます。過去にも繰り返し津波が襲来した地域では、地層中に保存された津波堆積物を調べることで、何年前に津波が発生したのかを知ることができます。一方で、津波堆積物から過去に起きた津波の規模を直接的に推定することは難しく、重要な課題の一つでした。
首都大学東京大学院 都市環境科学研究科の石村大輔 助教と立命館大学 総合科学技術研究機構 古気候学研究センターの山田圭太郎 専門研究員は、津波堆積物に含まれる石に着目し、その形状(丸さの度合)から、津波によって海岸から運ばれた石と、もともと陸にあった石がどの程度の割合で混ざり合っているかを明らかにしました。その割合は津波の規模に関わらず、その津波の浸水距離(注1)に対して一定割合の地点で急激な変化を示すことがわかりました。このことは、歴史・観測記録などから浸水距離と、津波によって運ばれた石の分布との関係を明らかにすることができれば、同地点で歴史・観測記録がない津波についても、その堆積物の分布から浸水距離を推定できることを意味しています。本研究では、この関係を用いることで、地層中に保存された津波堆積物から、三陸海岸中部の沿岸で過去4,000年間に発生した8つの津波について、襲来した津波の規模を推定することができました。
この新たな手法は、小規模な海岸低地など、従来の手法では津波規模推定が困難であった地域においても適用できる可能性があります。また、海岸と陸上に分布する石の割合の変化は、津波による堆積物の運搬・堆積過程を反映しており、より詳細な津波の挙動の解明や沿岸部における津波ハザードのリスク評価の高度化に寄与できると考えています。
ポイント
(1)これまで、津波堆積物から津波の規模を推定することは、難しい課題の一つでした。
(2)津波堆積物中の石の形状を調べ、津波の規模と堆積物の分布との関係を明らかにしました。
(3)この関係を利用し、小規模な海岸低地においても過去の津波の規模を推定することができました。
(4)本研究は、従来と異なるアプローチであり、津波堆積物研究に新たな展開が期待されます。
■本研究成果は、7月16日付け(英国時間)で、Nature Publishing Groupが発行する英文誌Scientific Reportsに発表されました。本研究の一部は、JSPS科研費JP17K18532、JP26882001の助成を受けたものです。
【研究の背景】
プレートの沈み込み帯で発生する地震に伴う大規模な津波は、100~1,000年といった長い再来間隔を持つ低頻度の自然現象であり、より詳細な津波メカニズムの解明やそのリスク評価のためには、直接的な観測記録や歴史記録だけでなく、より長期的な記録である地質記録も利用する必要があります。観測記録や歴史記録が存在しない時代の津波規模を推定する方法の一例として、広い平野に分布した津波堆積物を調べることで、その広がりから浸水範囲・距離、遡上高などを復元し、シミュレーションを用いることでそれらを説明しうる津波の規模を推定する方法があります。しかしながら、本研究で対象とした三陸海岸のような小規模な海岸低地では、このような手法を用いることができません。そのため、2011年東北地方太平洋沖地震以降、本地域では精力的な津波堆積物の調査によって、過去に発生した津波の数やその年代が明らかにされつつある一方で、堆積物から津波の規模を直接的に推定することが難しい課題の一つでした。
【研究の詳細】
本研究では、三陸海岸中部に位置する岩手県下閉伊郡山田町小谷鳥に分布する、2011年津波堆積物を含む計11層の津波堆積物を用いました。津波堆積物に含まれる礫(注2)に着目し、その丸さ度合いを示す円磨度(注3)を用いることで、それぞれの津波がどのように礫を運搬したかについて明らかにしました。
津波堆積物中の礫のほか、供給源となる海岸と陸上(東側と西側の河川で採取)の礫についても円磨度の計測を行いました。従来、円磨度の測定は手作業によって行われることが多かったのですが、本研究では画像解析を用いることで、従来と比較して10-100倍の数の円磨度データを高速かつ高精度に得ることができました(図1)。
その結果、海岸と河川の礫(以下、給源の礫という)の円磨度分布には明瞭な違いがあり、さらに津波堆積物の円磨度分布は給源の礫の混合で説明されることが明らかとなりました(図1)。
給源の礫の円磨度分布を正規分布あるいは混合正規分布と仮定し、各津波堆積物を構成する各給源の割合を計算すると、海から陸に向かって河川の礫の割合が上昇するなど、混合比の変化が認められました(図2)。特に2011年東北地方太平洋沖地震津波による津波堆積物(E1)、1896年明治三陸津波によって形成された津波堆積物(E2)、1611年慶長津波によって形成された津波堆積物(E3)は、観測記録や歴史記録から浸水距離が明らかになっており、それぞれの津波規模が異なるにもかかわらず、いずれも海岸からの浸水距離の約40%地点(論文では「TGIP」と呼んでいる)において、その混合比が劇的に変化することが明らかとなりました(図3)。これは津波の押し波と引き波による礫の運搬・堆積過程を反映したもので、TGIPは地域固有の値と考えられます。
これまで、本地域に約1,000年前に襲来し、津波堆積物(E4)を形成した津波の規模は不明でしたが、この礫の混合比の連続的な変化から、1896年明治三陸津波(E2)と同程度の規模であったことが推定されました(図3)。また、1地点のデータであっても河川礫の割合25%を閾値として、試料採取地点が浸水距離の40%地点よりも海側か陸側かを推定することができ、相対的な津波規模の推定も可能となりました(図3)。これらの推定は、海岸線位置が現在と同様であったと仮定しているため、より正確な規模推定を実現するためには過去の海岸線復元が重要となり、今後の課題と言えます。
以上のことから、本研究では8層の津波堆積物を用いることで、過去約4,000年間に発生した津波の規模を推定することができました。津波堆積物に残された痕跡を利用することで、従来は規模推定が困難であった地域でも、この新たなアプローチに基づき過去に発生した津波の規模推定ができる可能性があります。
図1.海岸・河川の礫と2011年津波堆積物中の礫の写真(左列)と円磨度分布(右列)
円磨度分布の右上の数字は、使用した礫の個数です。
図2.海陸方向の4層の津波堆積物の円磨度分布
円磨度分布の右上の数字は、使用した礫の個数です。海岸に近い場所では、各津波堆積物の円磨度分布に差異は見られませんが、E2やE4では内陸へ向かって円磨度の低い(角張った)礫が多く含まれてくるのが見て取れます。また、規模の大きな津波(E1とE3)ほど円磨度の低い(角張った)礫が含まれ始める地点は内陸側に位置しています。
図3.(A)4層の津波堆積物における河川・海岸礫の割合の変化と(B)1地点における11層の津波堆積物の河川礫の割合
(A)は図2をグラフ化したものです。横軸は、試料採取地点の海岸からの距離を各津波の浸水距離で規格化したものです。E4については、E1〜E3の傾向に合うようにE4の浸水距離を675 mと仮定しており、この値が推定された浸水距離となります。(B)では、1地点における各津波に含まれる河川礫の割合を示しています。この場合、河川礫の割合が低いほど、推定される津波の浸水距離は大きくなります。
図4.津波の規模の違いによる給源の礫の堆積・運搬過程を示した模式図
【研究の意義と波及効果】
本研究で明らかとなった、津波堆積物中に認められる給源の礫の割合に基づく値(浸水距離の40%や河川礫の比率25%といった値)は、本研究地域固有の値であり、他地域へそのまま適用することはできないと考えられます。しかし、津波堆積物の分析を通して、その地点固有の関係をつかむことができたならば、小規模な海岸低地であっても、その地域に襲来した津波の規模を推定することができる可能性を示しています。また、円磨度に限らず津波堆積物に含まれる粒子の特徴(サイズや種類)を指標にすることで、同様に津波の規模推定ができる可能性もあります。本研究は、従来とは全く異なるアプローチであるため、津波堆積物の研究に新たな展開が期待されます。
【用語解説】
注1)浸水距離
津波が最も内陸まで浸水した地点と海岸の間の水平距離。
注2)礫
礫とは2 mm以上の粒径を持つ粒子を指します。
注3)円磨度
粒子の角がどれほど丸くなっているかを示す指標。
【発表論文】
“Palaeo-tsunami inundation distances deduced from roundness of gravel particles in tsunami deposits”
Daisuke Ishimura and Keitaro Yamada
Scientific Reports 9, Article number: 10251 (2019) DOI: 〜〜〜〜〜
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