先天性難聴の新たな原因遺伝子を発見-新生児の難聴の原因診断、早期医療へ-

2020年4月16日

独立行政法人国立病院機構東京医療センター

国立病院機構東京医療センター(院長:新木一弘、所在地:東京都目黒区東が丘2-5-1)臨床研究(感覚器)センター・聴覚平衡覚研究部の松永達雄部長(兼:臨床遺伝センター長)、務台英樹研究員らを中心とする研究グループは、先天性重度難聴の新たな原因としてSLC12A2遺伝子を発見しました。本研究成果は、新生児難聴の原因診断の向上、より効果的な医療・療育法の決定を可能にするとともに、治療薬の開発も期待されるものです。

 

新生児の難聴は約500人に1人と頻度が高く、約70%は遺伝的原因によると考えられています。しかし原因遺伝子が不明であることも多く、その解明による診断と治療の促進が望まれていました。

 

私たちは、原因不明の難聴患者とその家族に対して、ヒト全遺伝子を網羅的に解読する研究を実施し、複数の家系からSLC12A2遺伝子の変異を検出しました。その後、細胞実験などによる詳細な検証を加え、本遺伝子が常染色体優性遺伝の難聴の原因であることを明らかにし、さらに、変異が本遺伝子の特定領域に集中することを見出しました。本成果は国際学術誌Plos Geneticsに発表(日本時間2020年4月16日午前3時)されました。

 

【背景】

新生児の約500名に一人は、さまざまなレベルの難聴をもって生まれます。そのうち約70%は遺伝的要因を持ち、国内では、原因となる遺伝子変異の一部について保険検査がおこなわれています。遺伝子検査により原因が明らかになると、将来難聴が進行する可能性、効果的な治療方法、難聴以外の障害が発症する可能性、次に生まれる子どもが難聴である確率などがわかる場合があり、医療に役立ちます。一方、遺伝子検査で原因不明となる患者が多く、まだ未発見の遺伝子が多いことがその理由の一つとなっています。

 

【研究内容】

国立病院機構東京医療センターは多施設共同研究により、原因不明の難聴者とその家族、約300家系に対し、全エクソーム解析(注1)を実施しました。それに続く解析もあわせ、計4家系でSLC12A2遺伝子を原因候補として同定しました。これら4家系の難聴者は、いずれも常染色体優性遺伝で、先天性の重度感音難聴(注2)という特徴をもっていました。

4家系から検出された4種類の遺伝子変異はどれも、日本人も含めた全世界10数万人分のゲノムデータベース(注3)に登録がない、非常にまれな変異でした。また4種類の遺伝子変異はどれも、全長約1200アミノ酸からなるSLC12A2遺伝子産物(タンパク質)のうち、わずか16アミノ酸からなるエクソン21領域のどれか一つのアミノ酸を置換、あるいはエクソン21領域の消失をもたらすものでした(図1)。私たちは、それぞれの変異がSLC12A2タンパク質のイオン共輸送体としての機能を消失させるものであることも、細胞実験により示しました(図2)。

SLC12A2タンパク質は、内耳リンパ液の恒常性維持(注4)に重要であり、正常聴覚に必須であることは、マウスでの実験により既に示されていました。このSLC12A2タンパク質は、マウスでは音センサーである内耳蝸牛の外側壁という組織に分布していますが、私たちは、霊長類でもこの分布が同じであることも明らかにしました(図3)。このため、ヒトを含む霊長類でもマウスと同じく、内耳におけるSLC12A2タンパク質は正常聴覚に必須であると示唆されます。

 

【将来の展望】

私たちの研究は、SLC12A2遺伝子の、エクソン21という特定領域の遺伝子変異が、先天性の重度難聴の原因であることを示しています。この成果を臨床での遺伝子検査に活かすことで、難聴の原因診断の向上と早期医療・療育の導入の促進が期待されます。さらに、「なぜSLC12A2の特定領域の遺伝子変異が難聴をひきおこすのか」という疑問を動物実験・細胞実験で解明することで、難聴の新たな病態が解明されて、新しい治療薬の開発につながることも期待されます。

 

<画像>

 

図1

図1 SLC12A2タンパク質の模式図。二つの弧は細胞膜を示す。アミノ酸を丸、エクソン21領域を黄丸、難聴原因となる3変異を赤丸で示す。また、もう一つのc.2930-2A>G変異はエクソン21領域全体の消失をもたらす。難聴原因となる遺伝子変異が全てこの領域に集中していることがわかる。

 

 

図2

図2 細胞実験による、SLC12A2タンパク質の機能解析結果。正常(WT,紫)に比べ、遺伝子変異があるとイオン輸送機能が低下する(傾きが緩やか)ことを示す。

 

 

図3

図3 カニクイザル蝸牛組織。SLC12A2タンパク質(緑)が、外側壁に最も強く分布していることを示す。感覚細胞のあるコルチ器には、ほとんど分布していないこともわかる。

 

【研究組織、事業と成果の公表】

本成果はノースウェスタン大学、理化学研究所、東京医科歯科大学、国立病院機構三重病院、成育医療研究センターとの共同研究によるものです。本研究は国立病院機構共同臨床研究「言語聴覚リハビリテーションの向上を目的とした先天性難聴の遺伝的原因と生後早期の経過の解明」、バイオバンク・ジャパン「オーダーメイド医療の実現プログラム(第3期)」、日本学術振興会科学研究費助成事業「新規難聴遺伝子候補SLC12A2の細胞・動物モデルを用いた分子病態解析」による支援によって行われました。

 

文献情報:Mutai H, Wasano K, Momozawa Y, Kamatani Y, Miya F, Masuda S, Morimoto N, Nara K, Takahashi S, Tsunoda T, Homma K, Kubo M, Matsunaga T. Variants encoding a restricted carboxy-terminal domain of SLC12A2 cause hereditary hearing loss in humans. Plos Genetics (2020): 16(4): e1008643. DOI: 10.1371/journal.pgen.1008643 公開日: 2020年4月16日午前3時

 

 

 

<専門用語について>

(注1)全エクソーム解析:ヒトはタンパク質に翻訳される約2万種類の遺伝子をゲノムDNA上に持っています。その全てのタンパク質コード領域(エクソーム)の遺伝子塩基配列を一度に解読し、解析する手法を全エクソーム解析と言います。近年の遺伝子配列決定および解析技術の進歩により、遺伝性疾患を対象とする主要な研究法となっています。

 

 

 

(注2)感音難聴

難聴はその障害部位により、いくつかに分類されます。感音難聴は、音センサーである内耳蝸牛が正常に機能していないことを意味します。一方、外耳や中耳(耳たぶ、外耳道、鼓膜から耳小骨)までの、音を内耳に伝える部分に問題があるために聞こえが悪い場合は、伝音難聴といいます。

 

 

 

(注3)全世界計10数万人分のゲノムデータベース

世界諸地域の被験者のゲノムDNAを調べ、見つかった遺伝子変異とその頻度をデータベース化したもので、複数存在します。日本人数千人分のデータベースもあり、今回の研究に用いています。先天性疾患を持つ者は被験者に含まれていないため、遺伝子変異がこれらのデータベース上で低い頻度あるいは未登録であることは、その変異が先天性疾患の原因であると判断する根拠の一つとなります。

 

 

 

(注4)内耳リンパ液の成分の恒常性維持

音センサーである内耳蝸牛内の感覚細胞は、特殊なイオン組成のリンパ液に浸かっていることが知られています。SLC12A2タンパク質は、このリンパ液を作り出し、その組成を保つ働きをしています。

 

 

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図1

図2

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