気候変動は東南アジアの熱帯雨林樹木の開花・結実頻度を減少させる
1. 概要
東京都立大学大学院都市環境科学研究科の沼田真也教授、九州大学理学研究院の佐竹暁子教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の保坂哲朗准教授、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の櫻井玄上級研究員らのグループは、マレーシア森林研究所に保管されていた35年を超える樹木の開花・結実フェノロジー(生物季節)1)データと気象データから開花・結実を予測する統計モデルを構築し、将来の気候変動が東南アジア熱帯雨林の開花・結実頻度を減少させる可能性があることを明らかにしました。
2. ポイント
1. 東南アジアの非季節性熱帯雨林では他地域では見られない開花・結実フェノロジーが見られるが、気候変動が開花・結実フェノロジーに対してもたらす影響については不明。
2. 多くの熱帯樹種(41科210種)の長期開花・結実記録(> 35年)をデータ化し、数理モデルと複数の気候変動シナリオから、将来の気候変動が東南アジア熱帯雨林の開花・結実フェノロジーに与える影響を検討。
3. 58%のフタバガキ科2)植物が低温と乾燥に応答して開花。東南アジアにおける複数の地域において、一部の種グループは開花頻度が減少すると予測。
研究のアプローチ
3. 研究の背景
東南アジアの熱帯林は、インドネシア、マレーシアを中心とした島嶼部とユーラシア大陸の一部に広がり、時に樹高70mを超えるような巨大な樹木を中心に様々な生き物たちが生息しています。この地域の熱帯林では、優占樹種であるフタバガキ科を中心とした様々な分類群の植物が、数年に一度の間隔で同調的に開花、結実する、一斉開花(general flowering)と呼ばれる現象がみられます。一斉開花では、様々な植物種が超年的に開花、結実を同調させるという点で、極めて独特なものであり、このような植物の繁殖リズムは気温や降雨などの気象が密接に関連していることが明らかになりつつあります。
一方、多くの研究が地球規模の気候変動は様々な地域の生態系において不可逆的な形で影響を与えうることを明らかにしています。しかし、東南アジアの熱帯雨林生態系が気候変動によってどのような影響を受けるのかはあまりよく分かっていませんでした。
4. 研究の詳細
本研究では、マレーシア森林研究所で1970年代から記録されてきた開花・結実フェノロジーの記録(41科210種)をデータ化し、著者らが構築してきた開花予測モデルを用いて、複数の気候変動シナリオ下における繁殖フェノロジーの応答について検討しました。
第一に、データ化した210種の開花・結実フェノロジーを分析し、開花・結実は大きな年変動がみられ、1970年代と比べて2000年代には開花頻度が低下していたことが明らかになりました(図1)。また、開花・結実には季節性があり、開花は4月と10月にピークが見られました。
図1 210種の開花・結実フェノロジー。a: 対象とした分類群の内訳、b: 1976年から2010年までの開花フェノロジー(フタバガキ科、非フタバガキ科、全種)、c: 1976年から2010年までの結実フェノロジー(フタバガキ科、非フタバガキ科、全種)、d: 1976年から2010年までの日最低気温偏差の変化、e: 1976年から2010年までの日降水量偏差の変化。
続いて、フタバガキ科95種を開花フェノロジーに基づき6つのクラスターに分類したところ、乾燥に応答し開花するクラスター1、2,5及び6(34種)と乾燥及び低温に応答し開花するクラスター3及び4(55種)があることが分かりました(図2)。そこで、これらのクラスターごとに2つの気候変動シナリオ(RCP2.6及びRCP8.5)3)下において開花フェノロジーを予測したところ、乾燥及び低温に応答し開花するクラスター3及び4では大幅に開花確率が低下することが明らかになりました(図3)。さらに、これらのモデルを用いて、東南アジア熱帯季節林気候と熱帯多雨林気候を含む地域5箇所における開花季節と開花確率を過去(1976~1996年)と将来(2050-2099)で計算したところ、いずれの地域においても同様の傾向が見られました。予測される季節の開花パターンと過去の観察記録と一致しており、本研究で用いた数理モデルは東南アジアの広い地域に適用できることを示唆しています。
図2 フタバガキ科95種のクラスター分類(a)と統計モデルによる各クラスターにおける開花予測。
図3 2つの気候変動シナリオ(RCP2.6およびRCP8.5)における(a)日最低気温、(b)日降水量、(c)フタバガキ科の6つのクラスターにおける開花確率の予測。
フェノロジーの長期的な変化は生態系の気候変動に対する影響を理解するために多くの研究が行われています。熱帯では多くの植物が時間的な環境変動が小さい状況で進化したため、温帯種や北方種よりも気候変動に対して敏感であることが示唆されています。本研究の結果から、気温が1.2°C上昇するシナリオ(RCP2.6)でさえ、フタバガキ科植物の57%の種において将来の開花確率が約50%低下することが予想されました。そのため、熱帯植物は繁殖フェノロジーを通じて、温帯植物よりも気候変動に対してより敏感で脆弱である可能性があると考えられます。
5. 研究の意義と波及効果
本研究では200種を超える樹種を対象に35年以上に渡って行われた開花・結実観察の記録をデータ化し、低温と乾燥に対する開花応答における最新のモデルを構築し、気候変動における予測を行いました。本研究により得られた知見および開発されたモデルと方法論は、気候変動に対する熱帯雨林樹木のフェノロジー応答の理解を促進し、地球規模での植物繁殖フェノロジー予測に貢献することが期待されます。
6. 論文情報
論文タイトル:
“Impacts of climate change on reproductive phenology in tropical rainforests of Southeast Asia.”
著者名:
Numata, S., K. Yamaguchi, M. Shimizu, G. Sakurai, A. Morimoto, N. Alias, N. Z. Noor Azman, T. Hosaka, and A. Satake
雑誌名: Communications Biology
DOI: https://doi.org/10.1038/s42003-022-03245-8
7. 補足情報
1)フェノロジー:生物季節と訳され、植物の発芽・開花・落葉や動物の渡りなど、季節の移り変わりに伴う生物の行動や状態の変化を示す。
2)フタバガキ科:主に東南アジアに分布する常緑高木で、約15属600種が含まれる。多くは木材資源としても有用で、日本ではラワン材として知られる。
3)RCPシナリオ:気候モデル予測で用いられる温室効果ガスの代表的な濃度の仮定(シナリオ)を指す。RCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5と4つのシナリオが用意されており、本研究ではRCP2.6とRCP8.5を用いた。
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