今ある建物や素材に価値を見いだす アップサイクルを通じて、 日本の建築の未来を考える

【東洋大学 SDGs News Letter Vol.16】東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します

東洋大学

2023.1.18発行

東洋大学

東洋大学 SDGs News Letter Vol.16

東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します

 

今ある建物や素材に価値を見いだす

アップサイクルを通じて、

日本の建築の未来を考える

 

今あるものに価値を見いだし再利用する「アップサイクル」に注目が集まっており、建築業界においても「スクラップアンドビルド」を見直す動きが徐々に広がっています。「アップサイクル」の重要性や建築業界における浸透具合について、建築家でライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授の内田祥士教授がお話しします。

 

Summary

・アップサイクルとは、廃棄されるものに価値を見いだし、付加価値を付けて新しいものに生まれ変わらせること。

・本来の意味における「営繕」は、建築業界や社会の持続可能性の向上に寄与する。

・現在の美意識や価値観を変えることも、SDGsの達成に向けた第一歩となる。

 

廃棄される机椅子の素材に着目。貴重な「国産ブナ材」を用いた椅子の制作

学内で大量廃棄された講義用の机や椅子を、より座り心地のよい椅子に再生する「アップサイクル」に取り組んでいるそうですね。

 

 大学校舎の建て替えで跳ね上げ式の机椅子が大量に廃棄されると聞き、その背板と座板を譲り受けて、ダイニングチェアに「アップサイクル」しました。アップサイクルとは、本来は捨てられるはずの製品の素材を生かし、新たな価値を与えて再生する創造的再利用のことです。家具メーカーや木工関連の工房の協力のもと、試行錯誤の末に完成させた作品「リサイクルチェア-座り心地に御記憶ありませんか」は、「木材を使った家具のデザインコンペ2016」でようやく入選を果たしました 。

 

 

 跳ね上げ式の机椅子と言えば、大学の講義室や高校の視聴覚教室で広く使われており、その座り心地に記憶がある方も多いのではないでしょうか。元々跳ね上げ式の机椅子は、建築家・大江宏氏が1950年代に大学校舎で使用するためにデザインし、その後全国の大学に普及したものです。実は、この机椅子は戦後最初期の「曲げベニヤ」を使用した製品です。東洋大学(川越キャンパス内)の旧校舎にも1961年に同じタイプの椅子が設置され、長年使われていました。写真のリサイクルチェアを制作した折に、この曲げベニヤを洗浄したところ、高度経済成長期の大量消費が原因で大きく減少した「国産のブナ材」が使用されていることがわかりました。また、その後の高度経済成長期、大学、特に私立大学が、マスプロ教育に傾倒した時代に制作された机椅子には、東南アジア産の南洋材が使用されていましたが、いずれも現在では手に入りにくい貴重な木材です。

 近年、跳ね上げ式の机椅子は、建て替えや老朽化による交換のタイミングで大量に廃棄されています。東洋大学でも状況は同じです。記憶に残らないほど身近な製品ですが、現代においては貴重な素材です。そこで、その廃材を利用して全く違った椅子を創りあげた次第です。

 

「座り心地に御記憶ありませんか」

(東洋大学研究シーズ集)

https://www.toyo.ac.jp/-/media/Images/Toyo/research/industry-government/ciit/seeds/2017-2018/113213.ashx

 

「新しいものが美しい」という既存の価値観を変える

先生は建築がご専門ですが、現代の建築物においてもアップサイクルが進められているのでしょうか。

 

 戦後日本では、長らく「あるものを直して使うより、新しくつくる方がよい」という価値観が広がり、アップサイクルの機運はなかなか高まりませんでした。その背景には、高度経済成長期に生まれた「建て替えは常に品質の向上につながる」という考え方がありました。

 「営繕」という言葉をご存じでしょうか。現在は「修理」の意味で用いられることが多いですが、奈良時代に中国から伝わった専門用語で、本来の意味は「営造と修繕」のふたつが統合された言葉です。今日のように新築と修理を区別する考え方は、近代以前において余り明確に存在しなかったと言うことです。「新築・建て替え」だけでなく、創造行為を含む「営繕」の考え方を現代建築に取り入れることは、建築業界、ひいては社会の持続可能性の向上に寄与するはずです。

 

素材となった机椅子(イメージ)

 

 現在、日本中の学校には、耐震改修が行われた後者が多数存在します。多くの子ども達が「耐震補強を施された校舎」で教育を受けています。鉄骨をVの字に取り付けた補強は、一見すると見栄えが良くない建物に見えるかもしれませんが、建て替えよりも迅速かつ現実的な対策です。耐震補強された校舎で過ごした若者たちにとって、V字の鉄骨は見慣れた存在で、そのような姿を見慣れた世代の価値観には「新しいものが美しい」という従来の価値観とは異なる感性が育まれている可能性がある――私はそのように考えています。

 戦後、日本は工業化を糧として大量生産・大量消費によって経済成長を遂げてきました。しかし、少子高齢化が進み、成長が緩やかになった現代においては、「新しいものを次々に生み出すことこそ、豊かである」という考え方を見直す必要があります。アップサイクルという考え方は、従来の価値観や手法に対する問題提起を含んでいます。これからはむしろ、既存建物を修理のしやすさや保全性の高さで選別し、それをいかにして維持していくかを考えてこそ、持続可能な社会への道が現実味を帯び、建築業界や私たちのこれからの生活や社会に、新たな価値を与えることができるようになるのではないでしょうか。多くの人々がそのように考えれば、「地獄の営繕」を「希望の営繕」に変えることができるはずです。

 

内田 祥士(うちだ よしお)

東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授/博士(工学)

 

専門分野:建築学、建築史・意匠・建築設計論

研究キーワード:建築歴史・意匠、建築設計論、営繕

著書・論文等:東照宮の近代-都市としての陽明門 [ぺりかん社]、

       営繕論-希望の建設・地獄の営繕 [NTT出版]

 

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TOYO SDGs News Letter

https://www.toyo.ac.jp/sdgs/

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