「一つの解」となり得るEU独自のガバナンスに基づいたエネルギー政策

【東洋大学 SDGs News Letter Vol.27】東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します

東洋大学

2024.1.19

東洋大学

東洋大学 SDGs News Letter Vol.27

東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します

 

 「一つの解」となり得る

EU独自のガバナンスに基づいたエネルギー政策

 

 既存の経済・社会構造の変革が叫ばれている今、多様なアクターの連携が求められています。環境問題(特に気候変動)への対策においては、国家レベルでの協力が欠かせません。複雑な思惑が絡み合う中でどのようなアプローチが考えられるのか、「EU(欧州連合)のエネルギー政策」を例に国際学部グローバル・イノベーション学科の市川顕教授がお話しします。

 

Summary

・間接的な影響も含めてSDGsと広く関わるEUのエネルギー政策は、国際社会の「一つの解」となり得る

・リスボン条約に基づき、長期的なスパンで一貫した政策を推進できるEU独自のガバナンス

・「規範の共同体」として各アクターの多様な動機を踏まえた上で、目標に対する制度設計が行える強み

 

ロシアのウクライナ侵攻が招いた混乱にも効力を発揮

EUにおけるエネルギー政策の概要と、SDGsとの関連性について教えてください。

 

 

 EUのエネルギー政策には大きく三つの柱があります。まず、一つ目は「化石燃料依存からの脱却」です。再生可能エネルギーへの移行は、気候変動問題に加え、新たな産業の創出や企業の競争力向上にも貢献します。次に、二つ目が「エネルギー効率の改善」です。特に寒さが厳しい北欧の場合は、建物の断熱性がエネルギー効率に直結するため、省エネを見据えたリノベーションなどが有用な手段となります。さらに、生物由来で再生可能なバイオマス燃料を利用し、十分に暖を取ることができれば、循環型社会の実現にも寄与するでしょう。そして、三つ目が「誰一人取り残さない」という考え方で、SDGsの理念とも合致します。あまり知られていませんが、EUの中には生活に必要なエネルギーサービスを十分に享受できていない地域が存在し、「エネルギー貧困問題」の解決は貧困撲滅という世界的な課題と密接に関わるテーマです。EU域内の人々に満遍なくエネルギーを供給できる体制の構築は、エネルギー安全保障の維持の観点からも極めて重要な意義があります。

 EUが推進するエネルギー政策は、間接的な影響も含めてSDGの17の目標と広く関わっています。パリ協定で定められたカーボンニュートラルの実現に向けても、国連がEUの取り組みを「1つの解」として参照しており、同様のアクションが世界に広がっていくことが期待されます。

 

これまでのエネルギー政策がもたらした功績にはどのようなものがありますか。

 

ポーランド・クラクフのヤギエヴォ大学の玄関に並ぶ

ウクライナ、ポーランド、EUの旗

 

 EUのエネルギー政策は2009年に締結されたリスボン条約での決定事項が基礎となっており、以後、方針・内容が大きく変化はありません。EU独自のガバナンスがもたらす一貫性は、エネルギー問題や環境問題などの政策領域に長期的なスパンで取り組むにあたって強みとなります。今般のロシアのウクライナ侵攻といった問題に対しても、加盟国のエネルギー政策では一部脆弱性が見え隠れしましたが、EUのエネルギー政策は効力を発揮しました。

 元を辿ると、2006・9年に生じたロシア・ウクライナ間のガス紛争を機に、EU域内でエネルギーを相互融通することを目的とした「エネルギー同盟」が結成されます。その後、脱炭素化に向けた政策「欧州グリーン・ディール」が掲げられますが、新型コロナのパンデミックが起こり、EU域内で不協和音が生じます。そして、2022年にロシアのウクライナ侵攻が始まるわけですが、EUでは紛争前からロシア産化石燃料依存の脱却を進めていました。ノルウェーのガスをデンマーク経由でポーランドに運ぶ「バルティックパイプ」や、ポーランドとリトアニアをつなぐガスパイプライン「ガス・インターコネクション・ポーランド・リトアニア(GIPL)」、バルト海沿いに設置された「液化天然ガス(LNG)ターミナル」などが一例です。これらのインフラを紛争までに稼働できていたことが、結果的にEU内の混乱の抑制につながったと言えます。

 

目標に向けた制度設計の巧みさはEUに一日の長がある

EU加盟国の連携において重要なポイントと、企業や市民に与える影響について教えてください。

 EUの27カ国が一枚岩というわけでは決してありませんが、意見の食い違いや衝突があったとしてもEUという地域統合体を維持することが、得られるメリットが大きいのです。小さな魚がまとまって巨大魚のような力を発揮する絵本「スイミー」のように、各国の人口規模が小さくても、EUとして連携することで域内市場の大きさから経済発展しやすく、国際貿易においても存在感を示せます。

 もう一つ重要なのは、EUが規範の共同体であるという点です。エネルギー政策に限らず、自分たちで定めた「こうあるべき」という理念を、諸外国との経済連携においても押し通す強さがあります。ただし、SDGs達成に向けては、綺麗ごとだけを並べても企業や市民が納得するわけではありません。例えば、環境・社会・ガバナンスの観点から投資先を評価する「ESG投資」や、企業のCO2排出量に枠を設けてその過不足を取り引きできる「排出量取引制度」などの仕掛けは非常に重要です。各アクターの動機はバラバラだとしても、一つの目標に向けて足並みが揃うようにレールを敷くことが肝要なのです。こうした制度設計の巧みさは、国家レベルで激しい議論を重ねながら政策を策定してきたEUに一日の長があります。

 また、EUには国境を越えた移動と協働を支援する「エラスムス・プラス」という教育助成プログラムが存在します。学生以外でも、研究者や医者、弁護士などのエリートに関してはEU域内を自在に行き来して仕事をしています。人材の流動性が高く、知識・技術が伝播しやすい環境は、規範意識の醸成や産業の活性化においてもメリットをもたらしていると言えるでしょう。

 

日本という国がEUから学ぶべきことは何でしょうか。

 EUはネットワーク力に優れ、「多様性」と共に発展してきた歴史があります。ひるがえって、日本はグローバリゼーションによって生じた多様性ある社会に対応する取り組みが、まだまだ途上であると思います。まずは、多様性に富んだ社会こそが政治的にも経済的にも強い、という事実を理解すべきです。私は現在、東洋大学グローバル・イノベーション学研究センターにおいて、センター長としての仕事をしていますが、そこでも多様性の富んだしなやかな社会の方が、技術的・社会的イノベーションを起こしやすいということがわかってきています。日本の伝統を踏まえた良い点は継承しつつも、現状に即した多様性を認め合う(お互いの違いを尊重し合う)社会が必要なのではないでしょうか。そのためには、企業や教育・行政機関まであらゆる現場で多様性を生かすための仕組みづくりを、これまで以上に推進していく必要があります。私自身も今後の研究活動を通して真の課題を浮き彫りにし、日本社会に問題提起をしていきたいと考えています。

 

 

市川 顕(いちかわ あきら)

東洋大学国際学部グローバル・イノベーション学科教授/博士(政策・メディア)

 

専門分野:国際関係論/環境政策、環境配慮型社会/地方創生

研究キーワード:EU政治/地方創生/グローバル・ガバナンス/環境ガバナンス/環境・エネルギー・気候変動

著書・論文等:EUの規範とパワー(共編著) [中央経済社]、世界変動と脱EU/超EU─ポスト・コロナ、米中覇権競争下の国際関係─(共著)[日本経済評論社]

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