環境保全に寄与する観光 ガイドの育成でサステナブル・ツーリズム実現に貢献する

【東洋大学 SDGs News Letter Vol.22】東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します

東洋大学

2023.7.14

東洋大学

東洋大学 SDGs News Letter Vol.22

東洋大学は“知の拠点”として地球社会の未来へ貢献します

 

環境保全に寄与する観光

ガイドの育成でサステナブル・ツーリズム実現に貢献する

 

現在の観光業は世界的に需要が回復の兆しを見せる一方で、オーバーツーリズムといった問題点を指摘する声が上がっています。自然環境や人々の暮らしと密接に関係する観光のあり方が問われている今、サステナブル・ツーリズムや観光の今後について国際観光学部国際観光学科の武正憲教授がお話しします。

 

Summary

・オーバーツーリズムは自然環境に負の影響を与えるだけでなく、観光体験の質も低下させる。

・サステナブル・ツーリズムとは、自然観光資源の価値を損なわずに、観光客の満足度を維持すること。

・観光地の文化や自然について現地の観光ガイドから案内してもらうことが観光を通じたSDGs達成に貢献する。

 

環境・社会文化・経済の持続可能性を満たすツーリズム

観光によって生じる「負」の影響について、教えてください。

 

 都市から離れた自然豊かな観光地では、上下水道などのインフラが整備されていないことから、排せつ処理に関する課題は避けられません。特に、世界自然遺産登録地では多くの観光客が来訪するため、生物学的な環境容量を大きく上回る量の「し尿」が蓄積します。野外におけるし尿は、大腸菌による水質汚染や、土壌が富栄養化することで本来は生息しない野生動物が侵入し、それを起因とする生態系の破壊など、自然環境に深刻な影響を及ぼし、さらに、悪臭や風景の阻害によって観光客の満足度が低下することにもつながります。また、本来は道ではないところに人が分け入ることで、土壌が踏み固められたり、靴の裏に付着した種子等により外来種問題が生じたりといったこともあります。そして、混雑によって観光客が期待していた自然環境の魅力が損なわれる、自然らしさが喪失するといった問題も発生しています。

 しかし、このような課題をクリアしようと、地域によっては新しい動きも見受けられます。沖縄県にある西表島では、2022年12月に環境省からエコツーリズム推進全体構想の認定を受け、利用区分に応じたゾーニング、利用ルールや立入り制限の設定などを実施する予定です。し尿問題においても、有名なスポットの一つであるピナイサーラの滝周辺で携帯トイレが配布・回収されるなど、先駆的な取り組みが地元のカヌー組合などの協力によって進められています。

 

 

持続可能性に着目したサステナブル・ツーリズムとは、どのようなものでしょうか。

 

 日本で普及したエコツーリズムは、里山の維持・管理といった自然地へのアプローチを含む環境保全を重視しているのに対し、サステナブル・ツーリズムは「環境的に適正である」 「社会文化的に好ましい」 「経済的に成長できる」という3つの基本要素全てを満たさなければなりません。例えば、京都の町中で舞妓さんを執拗に追跡して写真撮影する「舞妓パパラッチ」の問題や、宿泊施設がコロナ禍で経営不振だったことなどの問題からもわかる通り、環境負荷の低減だけでなく、伝統や文化の尊重、産業としての発展も、持続可能性の重要な条件です。

 一方で「ツーリズム」という言葉を用いる以上、観光者が非日常を体験して満足感を得ることは不可欠です。ですから、環境負荷を低減するためにゾーニングなどの措置を行うのであれば、一人当たりの利用料を上げることで混雑を防ぎ、それによって快適な空間をつくることでより質の高い体験を提供するなどの施策が必要と考えます。そのためには単なる環境保全ではなく、環境負荷を低減して自然地の魅力や観光資源の価値を損なわずに、観光客の満足度を維持することがサステナブル・ツーリズムの目指すゴールと言えるのではないでしょうか。

 

観光ガイドに期待される役割

課題解決に向けて現在までに取り組んできた研究について教えてください。

 

 コロナ禍を経て、観光者の増加によって生じる地域住民の生活や自然環境、景観等への負の影響「オーバーツーリズム」が再び話題になっています。富士登山の研究結果から、安全管理面で混雑が負担になると判明していた一方で、観光者が多いという事実が観光地の評価を上昇させるという点に着目しました。コロナ前から、オーバーツーリズムは問題視されていたので、観光者の混雑に対する許容度合いである「混雑感」と満足感の関連等を調べるための研究を進めてきました。東京都式根島の海水浴場でのアンケート調査結果から、海のアクティビティでのサンゴや熱帯魚といった海中の観光資源の魅力を楽しむ体験では、その観光資源の質が重要で、混雑していても満足感を下げない可能性を示しました。その他、沖縄県慶佐次川におけるカヌー利用者の調査では、観光ガイド、利用者、行政等観光関係者の順に混雑状況に対する評価基準が厳しくなるという結果から、立場の違いにより混雑感は異なることから、人数制限といった政策実施には十分な議論が必要であることが判明しました。オーバーツーリズムは問題ですが、単に観光に制限を設けるだけではなく、環境・文化・経済それぞれの観点からサステナブルな政策を導入するための議論の素地となるデータを収集し、社会科学的指標を行政に提示できるように研究を続けています。また、コロナ禍で観光者は空いている観光地を経験したことで、混雑状況の基準の変化やそれに基づく満足感にも変化が生じているかという点にも注目しています。

 現在、日本では景勝地において人数制限などの環境保全を目的とした制約は普及していません。そのため、観光客の人数や行動をコントロールできる案内役である、現地在住の観光ガイドが環境保全管理の補助的な役割を果たすことが期待されてきています。 私の研究フィールドである小笠原諸島では一部地域への立ち入りに関して観光ガイドの帯同を義務付けたり、三重県鳥羽市では漁師の語りによるツアーを含む、漁村資源を活かしたブルー・ツーリズムが実施されたりしています。観光ガイドと一緒に観光地を巡ると、観光客が気づかないような自然環境の魅力や状態、地域に住む人々の暮らしの課題についてより深く理解することができます。観光ガイド帯同で観光することがSDGs達成への第一歩と言えるでしょう。

 

 

パラオでの「混雑感の把握調査」の様子

 

研究に関する今後の展望についてお聞かせください。

 

 観光ガイドの普及には、少子高齢化の深刻化や移住してきた若年層の離職、個人経営による限界など、課題が多く議論の余地があります。今後は、小笠原諸島の実態把握に基づき、観光ガイドを支援できる制度モデルの提案に向け、エビデンスや事例の収集を進展させる予定です。将来的には、環境保全に直接貢献できる「自然ガイド」の人材育成や教育システムの構築を実現させたいと考えています。研究者としてだけでなく教育者としての責務を果たし、観光ガイド制度の持続可能性、そしてサステナブル・ツーリズムの発展に貢献できるような研究・教育を進めていきたいと思っています。

 

 

 

武 正憲(たけ まさのり)

 

東洋大学国際観光学部国際観光学科教授/博士(環境学)

 

専門分野:観光学/自然共生システム /ランドスケープ科学

研究キーワード:自然観光資源管理/持続可能な観光/エコツーリズム

著書・論文等:世界自然遺産登録地小笠原の観光ガイド制度の実態把握に基づく資源管理モデルの提案、東京都式根島の海水浴場における混雑度が利用者の混雑感及び満足感に与える影響(共同研究)

 

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TOYO SDGs News Letter

https://www.toyo.ac.jp/sdgs/

 

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