粉粒体材料における硬さと靱性のメカニズムを解明〜強度と靱性を持った粉粒体材料の新規開発に期待〜
1 概要
砂場の砂のように、乾燥した粉粒体(砂や粉の総称)は崩れやすい一方で、湿潤した粉粒体は強度が大幅に向上することが経験的に知られています。均一に濡れた粉粒体材料における巨視的な材料強度の発現機構は知られていますが、より現実に近い不均一に濡れた粉粒体では実験的な研究が少ないため、材料強度の発現機構は未だにわかっていませんでした。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の栗田玲教授、藤尾穂香氏(研究当時:大学院生)、横田瑶氏(研究当時:大学院生)、谷茉莉氏(研究当時:東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻 助教、現在:京都大学大学院理学研究科 助教)らの研究グループは、濡れ性が時間に対して安定なシリコーンオイルで被覆された砂粒に着目し、この砂と普通の砂を混合することで相互作用の不均一性を制御できるモデル系を構築しました。その結果、混合比が60%以上でのヤング率(注1)の急激な上昇は剛性(注2)のパーコレーション転移(注3)によるものであること、結合ネットワークの再形成により変形能の高い壊れにくい材料になることがわかりました。残りの40%は他の粉粒体を用いても機能性は変わらないことから、殺菌作用の強い粒子を混合するなどの工夫が可能であることを示しており、新奇粉粒体材料の開発が期待されます。また、このモデル系は、引力相互作用や剛性パーコレーションの効果が未だ不明であるガラス、エマルション、泡沫などのジャミング系(注4)の特性の理解につながることが期待されます。
■本研究成果は、1月9日(現地時間)付けでNature Publishing Groupが発行する英文誌Communications Physicsに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(基盤B No.20H01874)の支援を受けて行われました。
2 ポイント
・濡れた粉粒体材料において、強度と靱性を兼ね備えた材料開発は強く望まれていました。
・濡れ性が時間に対して安定なシリコーンオイルで被覆された砂粒を用いたモデル系を構築しました。
・濡れた粉粒体における強度の起源は、剛性パーコレーションであることを解明しました。
・濡れた粉粒体における靱性の起源は、結合ネットワークの再形成であることを解明しました。
・強度と靱性を兼ね備えた新奇機能性粉粒体材料の開発が期待されます。
3 研究の背景
コンクリートやセメントなどの粉粒体材料は、建築物や道路など様々な場所で利用されています。このような材料は重い物質を支えるため、高強度であることが必須となっています。一方、地震などの大きな振動において、単に強度が大きいだけでは、ひび割れが生じ、一気に崩壊してしまいます。ひび割れに対して粘り強さ(靱性)も同時に発現できる粉粒体材料が強く求められてきましたが、メカニズムがわからないためになかなか実現できずにいます。
粉粒体とは、熱揺らぎが無視できるほど大きな粒子の集まりの系のことをいいます。乾燥した粉粒体は、支える力がないため、崩れて砂山となります。一方、水分を適量に含む湿潤した粉粒体では、砂の間を水が架橋し、お互いの砂を引き合います。この引力相互作用によって砂の城を作れるほど、湿潤した粉粒体では強度が大幅に向上することが経験的に知られています。また、湿潤した粉粒体は亀裂が入ってもなかなか進展しない靱性の高い状態です。これまで理想的に均質に濡れた粉粒体材料における巨視的な材料強度は理論的に求められてきましたが、現実に近い不均一に濡れた粉粒体材料は、条件を整えることが困難であり、実験が困難でした。そのため、現実系における材料強度、特に靱性の発現機構は未だにわかっていませんでした。
4 研究の詳細
・不均一に濡れた粉粒体のモデル系の構築
近年、シリコンオイルコーティングされた砂が子供用玩具として販売されています。濡れた砂の場合は、液体の重力や蒸発の影響により、安定的な相互作用を保つことが難しく、さらに不均一な状況を制御することは困難です。一方で、この子供用玩具の砂の場合には、経年変化が少なく、安定的に力学特性を制御することができます。このコーティングされた砂と通常の硅砂を混合させ、混合比による力学特性の変化(図1)を調べました。
図 1 コーティングされた砂の混合比が(a)0.0、(b)0.3、(c)0.5 のときの様子。白線は 50 mm に相当。
・ヤング率の上昇
図2(a)のように、各混合比で作成した粉粒体ブロックを圧縮し、そのときの圧縮率に対する反発力を測定し ました。図2(b)は、圧縮率に対する反発力の大きさを示しています。圧縮率が小さいときの傾きから、ヤング 率を計算することができます。図2(c)はヤング率の混合比α依存性を示しています。α ∼ 0.6でヤング率が急 激に大きくなり、α ≥ 0.6 でほぼ一定となることがわかりました。
混合比による粉粒体材料の内部構造の変化を調べるため、数値シミュレーションも行いました。図3(a)と(b) はα = 0.5とα = 0.6における剛性状態のクラスターの量を表しています。クラスターの大きさを色で表現し ており、紫色はクラスターが小さく、黄色では大きなクラスターになります。α = 0.5では、領域全体が紫色と なっており、小さいクラスターが点在している状態です。一方、α = 0.6では、領域全体に大きなクラスターが 広がり、パーコレーションしています。図3(c)はシミュレーションで測定したヤング率の混合比依存性で、実 験とよく一致しています。このことから、α = 0.6におけるヤング率の上昇は、剛性クラスターがパーコレーシ ョンしたため、と結論づけられました。
図2 (a)ヤング率の測定方法。各混合比で作成した粉粒体ブロックを上から圧縮し、その反発力を測定する。(b) 応力と歪みの関係。歪みが小さい領域の傾きからヤング率を計算した。(c)混合比とヤング率の関係。混合比が 0.6 を超えると、急激にヤング率が大きくなる。
図3 (a)混合比が 0.5 の剛性クラスターの分布。(b) 混合比が 0.6 の剛性クラスターの分布。色はクラスターの 大きさを示している。混合比が 0.6 になるとクラスターが系全体に広がる。(c)シミュレーションで求めたヤング 率と混合比の関係。
・靱性のメカニズム
靭性を調べるために、各混合比で作成した粉粒体ブロックを大きく圧縮したときの様子を観察しました。図 4(a)はα = 0.7の粉粒体ブロックを圧縮率0%、10%、15%で圧縮した場合の画像です。圧縮率15%に おいても亀裂なく圧縮されています。通常のコンクリートでは、数%の圧縮で亀裂が入り、崩壊してしまうこと から大きな靱性を持っていることがわかります。図4(b)は粒子周りの結合数zの確率分布の変化を示しています。圧縮すると、大きなzにシフトしている様子がわかります。これは圧縮に伴って、コーティング砂が衝突し、 新たな結合を作ることを意味しています。実際に、新たに結合した砂の割合と結合が切れた割合を調べたのが 図4(c)です。圧縮していくと、新たな結合(赤)がまず増加し、その後、切れる結合数(青)が増えていくことがわかりました。コンクリートのように固められた砂では、新たな結合を作ることはできません。これらのことから、圧縮した時に新たな結合が形成されることで亀裂が入らず、変形できることがわかりました。すなわち、濡れた砂の靱性の起源は、結合ネットワークの再形成であることがわかりました。
図4 (a)混合比が 0.7の圧縮実験。左から圧縮率が0%、10%、15%。(b) 粒子周りの結合数zの確率分布の 変化。圧縮と共に左にシフトしている。(c) 新たに結合した砂の割合(赤)と結合の切れた割合(青)。
5 研究の意義と波及効果
今回の研究では、湿潤した粉粒体の強度上昇メカニズムと靱性発現メカニズムについて、詳細に調べることができました。混合比が60%を超えるところで、剛性パーコレーションが起こり、強度が上昇します。さらに、大きく圧縮変形したときに結合が切れるだけでなく、再結合することによって、亀裂が入ることなく変形できることを示しました。興味深いことに混合比が60%と100%ではほとんど物性が変化しませんでした。このことから40%は他の機能性粉粒体、例えば殺菌作用を持つ粒子や熱吸収粒子などに置き換えることが可能です。また、ゲルに類似したメカニズムは、コーティングを改良しゲルを模倣することで、優れた機械的特性を持つ材料を開発することにつながります。強度が高く、靱性も高く、さらに機能性を持った新奇粉粒体材料の開発が期待されます。
さらに、学術的にも引力相互作用や剛性パーコレーションの効果がいまだ不明であるガラス、エマルション、泡沫などのジャミング系の特性の理解につながることが期待されます。
【用語解説】
(注1)ヤング率:構造の硬さの指標の一つで、圧縮歪みに対する反発力の大きさを決める。1次元であれば、バネ定数と同じとなる。
(注2)剛性:微小な力が加わっても変化しない構造のこと。例えば、正方形は斜めに力を加えると変形するが、対角に一本支えが入ると、変形しなくなる。
(注3)パーコレーション:ネットワークが系全体につながること。
(注4)ジャミング系:粒子などが高密度に充填された系であり、構造変形する時に必ず有限な力を必要とする系のこと。
【発表論文】
<タイトル>
“Gel-like mechanisms of durability and deformability in wet granular systems”
<著者名>
Honoka Fujio、 Hikari Yokota、 Marie Tani and Rei Kurita
<雑誌名>
Communications Physics
<DOI>
DOI: 10.1038/s42005-023-01518-0
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